+ Holiday


 とても天気のいい日だった。
 日曜日、ふかふかに乾いた洗濯物を取り込んで急いで部屋に入った。外は寒いけれど、部屋の中は暖かい。
 そのまま洗濯物と一緒に床に座って畳み始める。この部屋は床下暖房がきいているから、どこに座っても暖かい。それでも涼さんはここにコタツを置きたがった。結婚する前、涼さんはわたしの部屋のコタツをとても気に入っていて、それをそのまま二人の新居に持ってきたのだけれど、この広い部屋には笑ってしまうぐらい小さすぎて、結局物置の中に入ってしまった。
 その涼さんは今にも眠ってしまいそうな体勢でソファーに横になって、なんとなくテレビを見ていた。不意に目があった。そしてにっこりと笑う、そんな日曜日。
 涼さんがわたしのそばに来た。
「手伝ってくれるんですか?」
 涼さんはうん、と言って洗濯物を片付け始めた。二人して向かい合って洗濯物をたたむ、そんな日曜日。
 あっという間に洗濯物は片付いて、と思ったら涼さんはその積まれた洗濯物をいそいそと脇に退けた。そして、
「す、涼さん!」
 ごろん、と涼さんは、正座していたわたしの膝の上に頭を乗せて、横になる。
 ひざまくら。そうか、これが目的で手伝ってくれたのか。涼さんはそうすることが当然のように、何も言わず何も断らず、またテレビに目を向けた。当然、わたしはその体勢から動けなくて。
 もう、子供みたいなことしないで下さい。
 それでもそのままでいるのは、それはそれでなんだか幸せだからだ。そんな日曜日。
 改めて涼さんが何を見ているのかなぁとわたしもテレビを見た。教育テレビ、碁。……渋い。しばらくわたしもテレビを見てというか、眺めていたのだけれど、わたしには良くわからない。
 涼さんが急に身体をくるっと動かして、わたしを見上げるような体勢になった。まじまじと顔を合わせてしまった。
「あ、あの……囲碁はもういいんですか?」
「うん、もう勝負は見えたから。白」
「え?」
 再びテレビを見た。それからしばらく何手かが交わされて、本当に「白」の方が勝った。囲碁とか将棋とか、相手の何手も先を見越して勝負するっていうけれど、涼さんはその先を見越してしまったんだ。
「すごいなぁ」
 素直に感嘆符が漏れる。
「すごいでしょう?誉めてください」
「え?」
「ご褒美」
 そう言って、わたしの首筋に手をかけて、ゆっくり引き寄せて、キス。
「……あ、あの」
「ん?どうしました?」
 何事も無かったように。もう、本当に、この人は。
 涼さんはそのままわたしを見上げていた。恥ずかしいじゃないですか、と目線を逸らせようとしたら
「ねぇ?」
「はい?」
「ヤツカは僕のどこが好き?」
 な、何を聞いてくるのだ。だけど答えるまでは決してその目線を外してはくれそうにもない。真摯ともいえる眼差しでわたしを見上げるから、わたしもまたまじまじと見下ろしたまま考えてしまった。
 とはいえ、改めて聞かれても困る。
「……全部?」
「そうじゃなくて、もっと具体的に。それになんで疑問形なんですか?」
 唇を尖らす。そう言われても。
 たとえば……と、思わず手が涼さんの髪を撫でた。そう、涼さんの柔らかいこの髪は「好き」だ。わたしは別に面食いではないけれど、涼さんの顔も好きだなぁと思う。その手でその鼻筋をそっと撫でた。そのラインが好きだった。そして頬に触れる、その感触も好き……かなぁ。そして見上げる涼さんの目、わらうときゅっとなる目。そのままついっと、首筋に指を這わす。涼さんの鎖骨に触れる。涼さんの筋肉質な胸、服の下のお臍とか……いやだ、わたし何を考えているんだろう。涼さんが、わたしの視線をたどってにやにやと笑っている。
「じゃ、じゃあ涼さんは?涼さんはわたしのどこが好きなんですか?」
 聞いてみて、恥ずかしくなった。でも涼さんはさらりと答えた。
「全部」
「それじゃあ、わたしと同じじゃないですか。ずるいです」
「だって僕はヤツカと違って、ちゃんと具体的に言えますよ?」
 涼さんの手が伸びてきてわたしの目元に触れる。
「ヤツカの意思の強い目が好き」
 わたしの耳たぶに触れる。
「ヤツカのすぐ赤くなる耳たぶが好き」
 わたしの唇に触れる。
「ヤツカの柔らかい唇が好き」
 わたしの頬に触れる。
「ヤツカの笑った顔が好き」
 わたしの顎に触れる。
「ヤツカの声が好き」
 そして
「ヤツカのあの時の……」
 うわー!何て事を言い出すんだ!まだ昼日中なのに!
 その言葉に続いたものに思わず驚いて、いや恥ずかしくて思わず立ち上がってしまった。
 涼さんの頭が、結構な音を立てて床に落ちる。そしてまた驚いて慌てて
「きゃ、大丈夫ですか?」
「いたたたた……」
 しゃがんで涼さんの顔を覗き込む。本当に痛そう……ごめんなさいと開いた唇を涼さんが奪った。
「……」
 そして涼さんの唇が、涼さんが好きなわたしに順番に触れていく。わたしの目、わたしの耳たぶ、わたしの唇……。目は口ほどにモノを言うけれど、涼さんのキスも口ほどにモノを言う。まるでわたしに話し掛けるような、好きだと言われているような。
「全部……キスしていい?」
 わたしの全部が好きだから、と。
 わたしは首を振った。涼さんは素直に諦めて、残念そうな顔をした。わたしはそんな涼さんにキスをした。わたしの唇が、わたしの好きな涼さんに順番に触れていく。好きだと言えない代わりに口付ける。
 涼さんが、傍らに放りっぱなしだったリモコンを手にとってテレビを消した。
 そんな日曜日。全部ふたりの日曜日。


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 割とスランプです(えー?)。(2004.03.20)