+ Bouquet d'Amour


 帰宅した涼さんを出迎えたら、いきなり大きな花束に視界をさえぎられた。華やかに色とりどりに香りたつ。
「うわー!どうしたんですか?これ?」
 パーティでもあったのかしら?と聞いたらヤツカの為にですよ、と。
「今日は国際女性デーなんです」
「は?」
「ロシアではこの日、女性に敬意を表して妻や恋人や同僚に男性が花を贈るんだそうです」
「は?」
「エレナに教えてもらいました。向こうではこの日だけ花の相場が2倍になるんだとか」
 ……いやだってここ日本ですし!とツッコむ気力もなく、ああ、また涼さんの「プレゼント大作戦」が始まったと思った。
 独身の頃からわたしは涼さんから色々なプレゼントをもらっている。その金額はとにかく桁違い、とにかくゴージャス。結婚してからもそれは続いて、辟易したわたしが一度強く言ったら、今度は金額は減らして回数で勝負をかけてきた。カレンダー上の、歴史上の、そしてわたしたちの間の、それこそ「初めて○○した日」とかいう「記念日」を持ち出してはプレゼントをくれるのだ。一時期は「今日もヤツカがかわいいから」と訳のわからない理由からプレゼント。何度言ってもやめてくれない。涼さん?プレゼントはたまにだから嬉しいんですよ?そりゃ嬉しくないと言ったら嘘になるけれど、でもなんだかあまりにも幸せすぎて怖くなる、いやそんな独白なんかじゃなくて!とにかく不経済、ありえなさすぎる。
 呆れ顔のわたしを、涼さんは気にもとめずににこにこと見ている。……ここでガツンと一発言わなくちゃ、夫の素行は妻の責任でもあるのだから。
 でも、言えない。辛うじて反論はしてみる。
「そ、そんな…気持ちだけで十分なんですよ?」
「気持ちだけじゃ、足りないから」
 うわ、そんなさらりと。赤くなった顔を思わず花束に埋めた。不意にふわっと薫る春の匂い。
 あ、とその花束をよく見ると、きれいに彩りをそろえた花の中に、菜の花があった。黄色い小さな花弁がかわいい。その素朴な花を囲むように、その素朴な花を引き立てるように花々が品よくしとやかにまとまっている。
 お仕着せの花束じゃない、きっと涼さんが自分で選んでくれたんだ。
 その花束が一足先に春をわたしにくれたみたいだ。素敵、嬉しい。思わず顔がほころんだ。
「ヤツカ」
 涼さんが花束を脇によけさせて、わたしを抱きしめた。涼さんからも同じ匂いがした。
 花屋の店先で目を細めながらわたしの為の花を選んでいる涼さん、リムジンの後部座席でわくわくした顔で花束を大事に抱えている涼さん、そんな涼さんが自然と想像できた。そしてそれは多分間違いない現実だ。
 なんだか暖かくなる。
「あの、涼さん」
「ん?」
「あの、ありがとうございます」
「うん」
「嬉しいです」
「うん」
「本当に、嬉しいです」
「うん」
 言葉でも気持ちでも足りないぐらい。
 だからわたしも足りない気持ちをつたえよう。どうしようか迷っていたそのことに、急にはっきり答えを見いだした。
 次の日、帰宅した涼さんをわたしは大きな花束で迎えた。さすがの涼さんもこれにはびっくり。
 わたしは言った。
「涼さん、お誕生日おめでとうごさいます」
 涼さんはあ、という顔をした。そう、今日は涼さんの誕生日。何週間も前からずっとプレゼントは何にしようと考えていた、思いつくどれもこれもが相応しくないみたいで、ずっと迷っていた。それがようやく昨日答えが出たのだ。涼さんと同じように、気持ちじゃ足りない想いを花束に代えよう、そしてわたしが感じたのと同じように、言葉じゃ足りないくらい嬉しい気持ちを涼さんにあげよう。そう、思ったのだ。
「……男の僕に、花束を?」
 満更でもないくせに、っていうかその顔は明らかに「嬉しい」顔ですよね?
「なんだか……悔しいな」
「え?」
「してやられました……どうしよう、嬉しい……」
 そう言って、ひとつひとつの花びらをいとおしそうに撫でていた。うつむきがちなのは、やっぱり照れているからだ。涼さんはその中の花を一本抜いた。そしてそれをわたしの髪に差す。そしていとおしそうにわたしの髪を撫でる。
「こっちも欲しいな」
 照れた自分を隠すように、いつものようにキザってそんな風にねだった。そう言って、またわたしを照れさせようとしているのだ。でもそれがいつもの大人びた感じじゃなくて、コドモのワガママみたいに聞こえた。そんな涼さんがいとおしかった。
 「こっちも」と言う涼さんに、わたしから口付けた。


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 3/8は国際女性デー、そして3/9は涼さんの誕生日。
 ロシアの風習の話は8日朝のNHKニュースで見ました。そして漏れました。すごい、時事ネタだよ!(違うよ)。(2005.03.09)