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『seasons』 春眠暁を覚えず。 いつものように目覚めると、めずらしくいつもは起きている涼さんがまだ眠っていた。そっと声をかけてもまだ起きない。疲れているのかなぁと思い、そのまま寝かせておいてあげようと、そっとベッドを降りた。 めずらしいことに、朝食ができる時間になってもまだ起きてこない。寝かせておいてあげたいのはやまやまだけど、このままでは遅刻してしまう。涼さんを起こしに寝室に戻ると、やっぱり眠っていた。 「涼さん、そろそろ起きてください」 「うん……まだ、やだ」 ごろんと毛布に包まったまま寝返りをうつ。そんな風にぐずっている姿は初めてで、うっかりかわいいとすら思ってしまうのだけれど、でもそんなこと言っている場合じゃない。 「涼さん」 涼さんをゆさぶってもまだ起きない。もうこうなったら実力行使だ。 「もう!起きてください!……!!」 毛布をはいだ。はいだら、涼さん、パンツ一丁だった。もちろん、いつもの、ブーメラン……なんか、こう、朝日の下で見るには妙に生々しいというか、恥ずかしい。 顔を真っ赤にして口をあけたままのわたしに、涼さんはしてやったりとにやりと笑った。そしてさっと起きると 「おはようヤツカ」 抱き寄せて軽く頬にキス。 「さ、急ぎますよ」 何事もなかったかのように着替えてダイニングに向かう。ももももう朝からなんて冗談なんだろう、その形の良い後頭部を叩いてやりたい、もう本当に小憎らしい!そんな気分でいっぱいになりながら、涼さんの後を追った。 真夏の熱帯夜。 高層マンションの最上階にあるこの部屋は、夜は窓をあけるだけで、結構涼しい風が入ってきた。クーラーなんていらないほど。でも今夜は空気はぴたりと動かない。まんじりとした暑さが部屋を覆う。 さすがに今夜ばかりは、ふたりでダブルベッドの端の方によってお互いに肌をあわせないようにしていた。わたしも涼さんもクーラーがあまり好きではないから、できることならスイッチを入れずにやりすごしたいのだけれど、今夜ばかりは我慢できそうにもない。でもお互いに、自分から入れて後で相手に文句を言われるのはいやだから、とお互いにどちらかが入れるのを待っている。うう……暑い、眠れない。 それは涼さんも同じのようで、何度となく寝返りを打っていた。眠れないのと、翌朝のクーラー冷えのけだるさと、どちらをとるかだ。どうしようかなぁ、クーラー入れようかなぁと思っていたら、涼さんがベッドから抜け出した。いよいよクーラーのスイッチを入れるのかと思いきや、部屋も抜け出した。 トイレかなと思っていたら、戻ってきた涼さんからカラカラと澄んだ音がした。あ、ずるい、何か飲んでいるんだ、お酒? 「何?」 「起きてたの?」 「何飲んでるんですか?」 「氷」 「こおり?」 カランとまた音がした。どうやら本当にグラスに氷を入れてきただけらしい。 「ねざけ、はさけたかったので」 それを口に含んでいるせいか、発音がはっきりしない。 涼さんがわたしに近づいて、キスしたと思ったら、唇越しに氷のかけらが入ってきた。涼さんのぬくもりをすこしだけとどめたそれが、つるんとのどを通りながらそれ自身の冷たさに戻って行くのを感じていた。 「……気持ちいい」 思わずもれた言葉に 「何が?キスが?」 ばか、と言って笑った。そしてもうひとつ、とねだる。涼さんはグラスから口に氷を含むと、わたしに口移しで……と思ったらわざとそれをわたしの鎖骨に落とした。 「ひゃあっ」 すうっと、氷は溶けながら胸の谷間を滑り、お腹を滑り、お臍のくぼみでちょうどいいサイズに溶けてとどまった。抗議をするまえに、涼さんがパジャマの裾を捲って、その氷を吸った。そして、その通り道をたどるように、お臍からお腹へ、お腹から胸へ、ボタンをひとつひとつはずしながら、氷の軌跡を舌でなぞっていく。 「ちょ、ちょっとすず……み、さ、んっ……」 氷のひんやりした感触と涼さんの舌の生暖かい感触がまじりあって、なんだかおかしな気分になってきた。ちょ、ちょっと待って! 涼さんの唇が首筋まで上ってきて、そして再び下がっていく。わたしはとっさにサイドボードに置かれたグラスから氷をひとつつまみ出すと、わたしに顔を埋めている涼さんの襟足から、それをいれた。 「!」 涼さんが飛び上がる。これぐらいの、意趣返しは構わないだろう。 秋の夜長。読書の秋。 読みかけの本をベッドで寝る前に読んでいたら、涼さんがベッドに入ってきた。何読んでいるんですか?もう寝ますよ?という涼さんにもうちょっとなんで先に寝ててください、とくるりと背を向けた。涼さんが後ろから覗き込む。 「ねえ、寝ましょう」 「だから、お先にどうぞ」 「やだ」 「や、やだ?」 構ってほしいとばかりに涼さんがわたしの肩口に顎を乗せる。でももうちょっとなんだもの、もうちょっとで犯人が……そう絡む涼さんをものともせず、わたしは夢中で読み進めていた。涼さんも後ろからいっしょに読んでいるようだった。 「あ、犯人はこの主人公の実の兄ですよ」 「え?」 「だって、さっきの一文。あれ伏線だもの」 慌てて2、3ページ読み進める。あ、あっている。そしてそれはわたしが予測していたものとはまったく別の思いがけない犯人で…… 「って涼さんひどいじゃないですか!」 「え?」 「せっかく、人が、楽しみに読んでいたのに」 「気づいてなかったんですか?犯人」 「ああ、もう、ひどい!」 些細なことだけれど、ひどい。思わず本気で怒ったら涼さんもちょっとむっとして。 「だってヤツカが『寝よう』って言うのに本なんか読んでいるから」 「いいじゃないですか、こうやってせっかく人が秋の夜長を楽しんでいるのに!」 「秋の夜長って言ったって、一日24時間は変わらないんですよ?時間がきたら寝るだけでしょう?」 「それはそうですけれど、でもそうじゃないんです。そういう季節の移ろいを楽しむのが楽しいんじゃないですか」 「ヤツカ、日本語変ですよ」 「もう!涼さんの馬鹿!」 「……わかりました、秋の夜長をちゃんと楽しめばいいんですね」 は? 涼さんはくるりとわたしの身体を自分の方に向けさせて、そして覆い被さってきた。 「なっ!」 「秋の夜長を、楽しみましょう」 「だだだって!今、秋の夜長だって時間は変わらないって言ったじゃないですか」 「ええ」 「だったら」 「本を読むことは昼間でもできることでしょう?それを秋の夜長にかこつけて夜にやるからナンセンスなんです。夜には夜にやることがある、それをやるのなら、秋だろうがどの季節だろうが、道理にはあっています」 「……」 「ね、秋の夜長、なら夜することで楽しまなくちゃ」 うそだ、涼さんのそれに夜も朝も昼も関係ないくせに。なんて屁理屈。それに抗議をするより口付けられる。いつもより長めのキス、甘いキス。ああ、食欲の秋でもあるわけだから……ってわたし、何を言っているんだか。 「機嫌直した?」 「……」 「してもいい?」 「……」 「しよ?」 わたしの額に自分のおでこをくっつけて、間近にそんな風に聞いてくるものだから、思わず笑ってしまった。それを、涼さんは許可ととったようだった。まあ、それは別に間違ってはいないのだけれど。 秋だろうがなんだろうか、結局夜する事はかわらないのだ。 しんしんと寒さが降りてくるような冬の夜。 そろそろ寝ましょう、と戸締りをして、二人で寝室に向った。と、途中で 「あ」 「え?」 「すみません、ちょっと今日中に片付けなくちゃいけない仕事を思い出しました」 「今日中?」 「うん、だから先に寝ててください」 わたしが少し心配げに顔を見上げると。 「大丈夫、すぐに終わる事ですから」 そう言って、見上げたわたしのおでこにキスをした。 そのままわたしは一人でベッドに入る。ひんやりとしたシーツの感触に身震いしながら、すぐに終わるのなら、待っていようかなぁと考えていた。けれども涼さんはなかなか戻ってこない。明日だって早いのに、すぐに終わるって言っていたのに、もう……。 心配しながら、それでも少しずつ眠くなってきてしまって、うとうとしていた頃に、涼さんが戻ってきた。一時間近くは過ぎているんじゃないかしら、もう……。 涼さんがベッドに潜り込む。もう、待ってなんかあげなければよかった。涼さんに背を向けたまま、わたしはなんとなく腹立たしくて、特に何も声をかけなかった。 と、その時涼さんの足がわたしの足に触れた。 「ひゃっ!」 思わず声をあげるぐらい冷たかった。ああ、涼さんまた裸足で歩き回っていたんだ。涼さんの意外な変な癖で、あまりスリッパをはかないのだ。普段なら床暖房が入っているから、気にしないのだけれど、今夜はもう切ってしまっていたから。それにきっと涼さんはお仕事に夢中になって部屋の暖房すら入れずに「すぐに終わる」はずの仕事を寒い書斎でしていたのだろう。 「ヤツカ、あったかい」 涼さんがわざとのように足を絡めてくる。 「もう、だからスリッパぐらい履かないと、風邪引いたらどうするんですか?」 「ヤツカがあったかいから、いい」 そうして後ろからわたしに抱きついてきた。 「ちょっと、涼さん」 「あったかーい」 甘えた声を出しつつも、手はちゃっかりとわたしの胸を掴んでいる。もももう!軽くセクハラですよ!そう、その手を引き剥がそうとしたら 「……」 その手も驚くくらいに冷たかった。 思わずわたしはその手を握った、でもそんなんじゃ足りないぐらいに冷え切った指先。わたしはとっさに、パジャマのボタンをひとつ開けて、涼さんの手を差し入れさせた。わたしの胸と手のひらで、涼さんの手を挟むようにして、涼さんの凍えた指先を暖めたくて。 「……ヤツカ」 とっさとはいえ、冷静に考えてみれば恥ずかしい。それにこれじゃあまるで誘っていると思われかねない、もちろんそんなつもりはないのに、 そんなわたしの逡巡をまるで無視して、涼さんがぽつりと言った。 「あったかい……」 しばらくして静かな寝息が聞こえてきた。そのまま、すぐに眠ってしまったらしい。振り返ってみたかったけれど、その眠りを妨げたくなくて。ただそのまるで安心しきった寝息に、どんな顔をしているのか割と簡単に想像がついて 「……」 涼さんの指先がだんだん温かくなっていくのを感じながら、わたしもまるで安心しきって、眠りについていった。 | |
| 2005.11.30 | |
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