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ところで僕達のベッドはダブルベッド、というかキングサイズのベッドです。最初これを部屋に入れたときにはヤツカは唖然としていました。 「こっ、こんなに大きくなくたっていいじゃないですか」 「でも部屋の広さを考えたら、これぐらいが妥当でしょう?それに」 「それに?」 「これだけ広ければ、何しても大丈夫ですよ?」 そう言って、ヤツカを黙らせてしまいました。ヤツカが顔を真っ赤にしていたのは言うまでもありません。 でも、僕にはヤツカにも言っていない別の思惑がありました。 実は実家の僕の部屋、僕が幼い頃から使っている部屋の、そのベッドも同じキングサイズのベッドです。なんというか、僕らの世界では時として頻繁に「必要最大限」を求める事があるのです。それですら経済の活性化に繋がるわけですから、別段非難されることでもないでしょう。もっとも幼い僕にそんなものをあてがった親の意図は全くわかりません。 僕は、そのベッドがとても苦手でした。では何故同じものを新居にも入れたのか。 僕は物心ついた頃からそのベッドに寝かされているのに、ちっとも馴染めませんでした。僕は、いささか神経質な子供だったようで、物心ついた時から「眠れぬ夜」を何度も数えてきました。ある時は怖い夢を見て、またある時は漠然と夜中に目覚める。 暗闇。そこにはただ広い空間が広がるだけで。そこにはただ僕がいるだけで、どんなに手を伸ばしても、足を伸ばしても、寝返りをうっても、誰もいない。 当たり前です。そしてだからと言って何を求めるわけではありません。最初から誰もいないのですから、それが当たり前なのです。ただ僕は奇妙な事に、そうやって目覚めると二度と寝付けなくなるのです。その癖は大人になってからも続いて、目覚めると、そのまま暗闇でまんじりとせずに過ごします。ただ暗闇の中で何もせず何も考えず何も感じず。ただ、目覚めた時に「ああ、やはりひとりなのだな」という当たり前の事実を確認して。いや、それを確認するために僕はわざわざ目覚めているのかもしれません。 わかっています、それが僕がどうしても口に出せないある一言からくる、いわゆるトラウマであることは。わかっていて、そこまで分析しているのに、その癖は一向に直る事もなくなることもなく。大人になった今でも数えつづけている「眠れぬ夜」。 これはひとつの実験でもありました。 同じベッドで眠り、同じベッドで、同じように夜中に目覚める。けれどもその時ひとりでないことを確認できたら、まるでひとりであることを確認するかのように目覚める僕の「眠れぬ夜」が終わるのではないかと思いました。ひとりではないことを確認すれば、ひとりであることを確認する必要は、もう、なくなるはずですから。 新居で初めて目覚めた「眠れぬ夜」。僕はいつものように、ひとりであることを確認しようとしました。けれどもその動作に一瞬ためらいが生じました。もし、またひとりだったらどうしよう、いやそんなことはありえない、僕はヤツカと結婚して、こうして同じベッドで寝ているのす。ヤツカと同じベッドで、子供の頃と同じベッドです。 僕は寝返りをうちました。そして手を伸ばしてひとりでないことを確認しようとしたら 「……」 寝返った目と鼻の先にヤツカの寝顔。こんな広いベッドなのに、まるで身を寄せるように僕のすぐそばに、ヤツカ。 おかしくなってしまいました。わざわざそんなにくっつかなくても、スペースは充分あるのに。でも一番おかしくなったのは、そんな自分自身でした。そんな実験じみた賭けをした、ひとりであることを確かめようとした自分自身でした。 そして僕は呟きました。ずっと言えなかったあの一言を。 僕は「さびしかった」のだと。 もう「眠れぬ夜」を数える事はないでしょう。僕はゆっくりと目を閉じました。 | |
| 2005.12.08 | |
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