ビバテラメリクリ2004
『涼さんとヤツカのクリスマス』
クリスマスは、外で食事でもしましょうか。
と、涼さんが言ったから、その日わたしはとても気合を入れて、念入りにおめかしした。久しぶりに外でのディナーだったし、久しぶりのお出かけ。久しぶりに、涼さんの為に装うわたし。
日々の生活を共にするのは、とても素敵で安らぐものだけれど、けれどもたまには非日常を、たまには綺麗なわたしを……いや、綺麗になろうとしているわたしを見て欲しいなぁと思うなんて、我ながら乙女だなぁと思ったりして、それが自分でもおかしくて、そして心浮き立つ。
いつもはちょっと派手かな?と思うドレスを着て、いつもとは違う香水をつけて、それから、下着も……そういえば、涼さん、部屋もとっているのかしら?いや、いやいや。
そんな風にウキウキと、涼さんからの連絡を待っていた。仕事が終わるのに合わせて涼さんがますみさんを迎えによこしてくれるはずだった。
……はずだったのに。
そんなの、珍しいことじゃない、良くあることだ。けれども涼さんから仕事が忙しくて、今日は無理そうですと連絡が入ったとき、厳密にはその連絡が入ってすごく申し訳なさそうに電話口であやまる涼さんに気にしないでくださいディナーはいつでもできるじゃないですかと言って電話を切ってから、ちょっとへこんでしまった。仕方ない事だけれど、でも自分でも思いがけずへこんでしまった。
自分でも言った通り、ディナーならいつでも出来るし、クリスマスだからって一緒に過ごさなくちゃイヤ、だなんて付き合い初めの恋人同士みたいな青いことは言うつもりない……いや、やせ我慢しても仕方ない、それにやせ我慢したってひとりはひとりだ。
すごく楽しみにしていた、すごく残念、すごくがっかりしたー!
涼さんはお仕事だから仕方がない。
こんな風に子供みたいに駄々をこねるのも、まあ仕方がない、よね?
そして、もうおめかししていても仕方がない。
「……」
そう、仕方ないのだから。
念入りにした化粧を落そうとして、でもせっかくだから涼さんに見せようとチェキに撮った。うん……そんな冷静さが残っているのがちょっとおかしかった。
そのまま服を脱ぎ捨てて、お風呂に入った。温かい湯船の中で、素のままのわたしに戻っていく。綺麗に着飾ったさっきとは別人みたいだ。そんなわたしに戻っていきながら、少しづつわたしは寂しい気持ちを埋めて、少しづつ落ち着いていった。
お風呂からあがって、髪を乾かす。そうしていたら、突然バイク便で荷物が届いた。涼さんからだ。
もしかしてクリスマスプレゼントをわざわざ贈ってくれたのかしら?と思って開けたら、高倍率のオペラグラスが。涼さんの走り書きのメモも一緒で、「ベランダから南西の方角を見てください」と。なんだ?でも言われたからにはそうするし、そうしない理由もない。パジャマ姿だったけれど、近くにあったひざ掛けをぐるぐるっと巻いてベランダに出た。
涼さんと一緒に暮らすこの高層マンションは、眺めの良さもひとしおで、都心の夜景が普通に見えてしまう立地だ。そこから南西の方角をオペラでのぞいた。確か、この方角だと涼カンパニーの本社ビルの一部が見え……
「……」
そのビルの窓に、いや壁一面に浮かび上がる「メリークリスマス。ヤツカ」の文字。電気がついたり消えたりしている窓の、一つ一つをモザイクにして浮かび上がる文字。ビル一面のクリスマスカード。それは次第に、サンタの模様になったり、クリスマスツリーの模様になったり。
開いた口がふさがらなかった。まるで電光掲示板を見ているように滑らかに変わるクリスマススライドショーに、一体どれだけの手間と、人手と、お金がかかっているんだか。というかいつの間にこんな事を用意したんだろう……多分、これは涼さんなりの精一杯のお詫び、そんな涼さんのお詫びにわたしはいつもいっぱいいっぱいになる。綺麗だけれど、すごいけれど、
「どうですか?僕からのプレゼントは?」
突然、後ろから抱きつかれた。涼さん!帰ってきたんですか。今日はもっと遅くなるのかと思っていたのに
「間に合わせにしては、よく出来ていますね」
涼さんはそのままわたしの手からオペラを取ってそのショーを確認していた。
「どう?」
「……驚きました」
「嬉しい?」
……嬉しいというか、その。
けれども、わたしはちゃんとわかっているつもりだ。
確かに「おかねもち」の涼さんはやることなすことスケールが大きくてゴージャスで訳がわからないぐらいスゴイのだけれど、そんな涼さんの「想い」はとても純粋で、もっというなら単純で、まっすぐだ。その表現方法は理解しがたいことが多いのだけれど、そんな目先のものに惑わされずにその装飾を取り払えば、そこにはただ純粋に、涼さんの「想い」があるだけなのだ。まっすぐまっすぐ、わたしに向けてくれるただひとつの涼さんの想い。
今日だって、クリスマスの約束を破ってしまったという涼さんのお詫びの気持ちが最初にあって。そしてわたしを喜ばせようとするその「想い」……そう、そういう涼さんの中の「想い」がわたしは嬉しい。
だから惑わされずに、その「想い」にまっすぐに向き合いたいと思う。
「……嬉しいです」
涼さんの腕の中、わたしは振り返って涼さんにキスをした。涼さんがぎゅっと、嬉しそうに目を細めた。
「ヤツカ……唇が冷たい」
「あ……」
そして涼さんが、そのぬくもりをうつすように、わたしにキスをした。暖かい、そして、嬉しい、そしてしあわせだ。
唇が離れて、わたしは涼さんの首にぎゅっと抱きついた。その時、涼さんの肩越しに部屋の中の様子が見えて。
「……」
絶句。
部屋の真ん中には大きなクリスマスツリー、さっきまではもちろん無かった。ダイニングのテーブルは厚いテーブルクロスがかけられて、その上に置かれたアンティーク調のクリスタルの燭台に火が灯り、きれいに並べられた真っ白な食器、銀のカテラリー、ご丁寧に照明まで雰囲気ある間接照明に取り替えられえて、そしてそこに並んでいるのはどうみても「コックさん」と「ソムリエさん」。こちらの光景に、ちょっと目のやり場を失っている。
ああ、七面鳥のいい匂いまでしてきた。
「せっかく予約したのに、もったいないと思ってお持ち帰りしてきました」
お持ち帰りって、何もかもすべてまるごとお持ち帰りですか!
やっぱり涼さんのスケールは大きすぎるゴージャス過ぎる訳がわからない。
「さ、ヤツカ。遅くなったけれどディナーを始めましょう」
「で、でもわたしパジャマですよ?」
ああ、ありえない、こんな格好で一流ホテルのディナーを自宅でなんて、何もかもありえない。でも涼さんは全く動じない。
「何言っているんですか、ヤツカはどんな格好をしていたって僕のヤツカですよ」
……あ。
そうだ、わたしが涼さんのありのままの「想い」にちゃんと向き合いたいと思うようになったのは、ありのままの私を見てくれる涼さんに気付いたからだ。わたしは今だって涼さんの周りを取り巻くものに惑わされてしまうのに、涼さんはいつだって、わたしを、素のままのわたしを見て、そして好きだと言ってくれる。多分、出会ったときからずっと。
そう、そうなんだ。
何にも飾らず、何にも惑わされず。互いに寄り添う合うふたつの心。
涼さんがうやうやしくわたしの手を取り、エスコートしてくれた。
ありえないクリスマス。けれども誰よりも互いにありえるわたしたち。その「想い」だけは間違いないのだから。
メリー、メリー、クリスマス。
* * * * * * * * * *
まずは軽くすずやつで(軽くないから)。
涼さんがヤツカにプレゼントした壁一面のクリスマスカード、ちゃんと伝わるかなぁと心配しているのですが(その前に己の文才のなさを恥じろ)、先日涼茶に行ったら、向かいの赤プリがまさにそんな感じでしたよ!(ガッツポーズ)

(わかりにくいかしら)
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