ビバテラメリクリ2004
 『立樹さんとちーくんのクリスマス』




 クリスマスがなんだ。

 そうは思っていても街はどこもかしこもクリスマスで、隅々までクリスマスで、あまつさえ事業部だってクリスマスで。
「ねぇ〜ももちゃん、クリスマスのご予定は〜」
「えっ!あっ、べっ、別に!」
「その割には今日化粧気合入っているじゃん〜」
「あっ、そ、その、これはコスプレ!そんちゃんのコスプレ!」
「馬鹿言っているんじゃないわよ、馬鹿ももか」
「あー!馬鹿って言ったな!馬鹿っていう方が馬鹿なんだよー!」
「っていう方はもっと馬鹿って言うわよ」
 ……そう、あのももかまでもがクリスマスで。
 今年のクリスマスイブは平日だけれど金曜日。そんな感じに朝からどこか浮ついている。別にオレは何もないけれどな、でもそんな風にどことなく楽しい雰囲気に混じれないのは、ちょっと損した気分になる。彼女がいるいない以前の問題で。負け惜しみじゃない、オレ、騒ぐの好きだしね。
 よし、今日は立樹でも誘って飲みに行くか!と思って終業後、隣の部を見るともう立樹はいなかった。
「あれ?立樹は?」
 麻園さんに聞いてみた。
「あ、もう帰ったよ?」
「ええ?」
「そう言えば最近、毎日帰るのが早いんだよねー」
「あ、そう言えばそうですね」
「彼女でもできたかなぁ」
 ええ?
「え?クリスマス用?」
「でも立樹さん、そういう人じゃないですよね」
「うーん、でも立樹くんも男の子だしなぁ」
 のほほんと繰り広げられる麻園さんと嶺とまりえちゃんの会話をよそに、オレ的には結構衝撃だった。そうか、立樹彼女できたのか……。その衝撃が、立樹に彼女ができた事がなのか、立樹がそれをオレに言わなかった事がなのか、それとも単純に今日のクリスマスを結局一人で過ごすことになった事がなのか……まあ、そんなに衝撃って訳じゃない……けれど微妙にへこむ。微妙にだけどな。
 仕方なく一人で家路につく。他に誰かを誘おうかとも思ったけれど、あの立樹ですらクリスマスなんだから、きっとオレ以外はみんなクリスマスなんだ。
 なんだ、クリスマスがなんだ。
 いつものように駅までの道を近道しようと、会社の近くの大きな公園をつっきろうとした。けれど公園に入ってすぐに後悔した。ああ、こんなところまでクリスマスクリスマス。ベンチというベンチはカップルだらけだった。お前ら寒くないのか、そうか寒くないほどおあついのか!……そう思う自分がかなりむなしかった。
 もやもやした気持ちを抱えたまま、足早に公園を去ろうとした。と、その時花壇の端に腰掛けている浮浪者が目に入った。普段なら、見ないふりをするのだけれど、さすがの公園居住者の皆さんも今日ばかりは表に出てこれないんじゃないかと思った傍だったから、その男がやけに目立って目に付……まて、そのコートには見覚えがある。よく見るとそんなに汚いなりじゃない。
 その男が顔をあげた。
「あ、ちーくん」
「た、立樹!!」
 あろうことか、オレは立樹を浮浪者に間違えたのだ。いや、すまん、いや、だって仕方ない、いやそもそもお前、なんだってこんなところにいるんだ?
 大きな身体を縮こまらせて座っていた立樹、その胸元からなにやら白い塊が出てきた。なんだ……。犬だ、子犬だ、小さな小さな白い子犬。立樹はそれを大事そうに抱えていた。
「立樹、それは?」
「うん……一週間まえぐらいかな、産まれたの」
 いや、過去の事はどうでもよくて。オレが知りたいのは、こんな寒空に、こんなところでお前はそれを何しているんだ?
「この間の帰り道にね、ここを通りかかったら、きゅうきゅうこの子が泣いている声がしてさ」
 うんうん。
「それで、気になってそこの茂みをのぞいたら、この子のお母さんがこの子を産んだばかりでね」
 うんうん。
「それで死んでたんだ」
「し……」
「他にも生まれた兄弟はいたみたいなんだけれど、皆死んでいてね、中にはカラスとかに連れ去られちゃったのもいたのかもしれない」
「……」
「この子だけが、生き残っていた」
 少しづつ、事情がわかってくる。
「それでお前がこの子を拾って連れて帰った、って訳か」
「うん、でも俺のアパートペット禁止だろ?で、こっそり面倒見ようかと思っていたんだけれど、この子があんまりきゅうきゅう泣くからバレちゃってね」
 そうだ、立樹のアパートは、大屋さんが下の階に住んでいる。
「で、そうやって捨て犬とかを連れ込んだのって、初めてじゃないんだ」
 ……そうだろうなぁ、立樹、そういうの放っておけない奴だし。
「で、今回ばかりはすごく怒られちゃってね。犬を入れるならでていけって言われちゃったんだ」
 何度か顔を合わせたことのある、あの温厚そうな大家さんが怒るんだから、多分立樹は初めてじゃないどころか、何度も何度もそうやって拾ってきた犬やら猫やらを連れ込んだんだろう。
「他にこの子を頼める人もいない、でもこの寒空に放り出すこともできない。そんな事したら、すぐに死んじゃうか、保健所の人に連れていかれちゃうかじゃないか」
 うん、そうだ。
「だからね、これをね」
 立樹が指差した茂みの中には、小さなダンボールとぐるぐるに丸められた毛布の切れ端。
「こうやって、小屋を作ってあげて。で、事あるごとに様子を見に来ていたんだ。せめて、俺がここにいてやれる時間は、この子を暖めてあげたくて、守ってあげたくて……」
 淡々と語る立樹。事情は良くわかった。
 それでお前は毎日ここに来ていたんだな。終業と共に飛び出して、おそらくは終電までずっと子犬を暖めて……。なんだ、お前なんて奴なんだ。オレの鼻の奥がつうんとした。だってこんなこと、普通はできないだろ?
 立樹の胸元で子犬がきゅうと鳴いた。思わずオレは、あやすようにそこに指を伸ばしたら、立樹の頬に手が触れた。
 冷たい。
「立樹、ここで待ってろ。いいな」
「え?何?」
「いいから待ってろ!」
 オレは涙を見られないように、くるりと踵を返して駆け出した。近くのコンビニに駆け込んで、ああ、ここもやっぱりクリスマスだ。、けれどもそんな事はもうどうでもいい。オレは持てる限りのあったかいもの、缶コーヒーやらおでんやら肉まんやらを買い込んで立樹の元に戻った。
「とりあえず腹ごしらえだ」
「ちーくん」
「オレも今夜は付き合うからな」
「……ちーくん」
「よし、冷めないうちに食おう、な!」
 立樹が感謝の言葉を言おうとしているのを遮るように、オレは肉まんにかぶりついた。立樹もいただきまーすとおでんを食べ始めた。男2人、こんな寒空でこんなところでメシ食っている。通りかかる人がいぶかしげに見ていくけれど、オレは構わなかった。お前らなんかに、こんな寒空に子犬を抱えている立樹の事が、そしてオレの気持ちがわかってたまるか。
「あ、そういえばそいつに何も買ってこなかった」
 子犬の食べ物がないことに、自分の腹が膨れてから気付く。
「あ、この子は大丈夫」
 立樹は傍らから牛乳のパックを取り出した。それを口に含んで少し暖めてから、自分の指先につけて子犬に吸わせた。子犬は懸命に立樹の指を吸っている。懸命に立樹の服にしがみつき、ちゅうちゅうと吸っている。立樹がそれをやさしい目でみつめている。ダメだ、オレはまたしても泣きたくなってきた。なんというか、言葉がみつからないけれど、オレはそれがとても、その、「きれい」って思ったんだ。
「……お前、えらいよ」
 オレは立樹にそう言った。立樹はそんなことないよと謙遜した。
「いや、お前すごいよ」
「……………………そんなこと、ない」
「立樹?」
 今度の返事は謙遜に聞こえなかった。
「結局、俺のやっていることは自己満足にすぎないかもしれないじゃないか」
「立樹?」
「だって結局俺はこの子の面倒を最後までみれないかもしれない」
 そういう立樹の声が少し苦しそうだった。
「子供の頃は、そうやって捨て犬を拾っていくと親に怒られた。最後まで面倒見られないんだから、最初から優しくしちゃダメなんだって。それは本当の優しさじゃないんだって」
 立樹の言葉が次々と溢れていく。
「本当にこの子を救いたいと思うのなら、それこそ今の家を出てでもなんでもすればいい。でも俺はそれをしない。中途半端に、こうやって……」
 立樹の声が段々低くなっていった。
「そんなの、自己満足だよ。多分明日この子が死んじゃっても、それで俺はきっとすごく泣くだろうけれど、けれども最後には『やれることはやった』って言って自分を納得させるんだ、そうする為に、今、そうしているに過ぎない。……自己満足だよ、自分でも嫌になるよ」
 立樹の声はどんどん乾いていった、まるでオレの知らない立樹みたいに、最後には自分のことなのにひとごとみたいに……驚いた。でもそれ以上にオレは頭にきた。
「バカ!」
「え?」
「お前バカだろ?本当はバカなんだな、そうだな」
「なんだよちーくん、いきなり」
「自己満足なんかじゃない、少なくともお前がそうやって子犬を抱いている間は、その子犬は生きているじゃないか、お前がそうしてやらなかったら、その子犬はもっと前に死んでいた。その間、こいつが生きていたのは無駄じゃないだろ?ちゃんと生きていたんだろ?だからお前のやっている事は無駄じゃない、オレはそういうお前が好きだ。だからお前がお前に愛想をつかすな!」
「ちーくん……」
 カーっと頭に昇って一気にそこまで言った。立樹は驚いた顔でオレを見ている。そして一瞬泣きそうな顔になって、それから慌てて目を伏せた。子犬が、またきゅうきゅうと鳴いた。立樹のかわりにないてるみたいだ。オレは立樹の胸の中からそっと子犬を取り出した。子犬は暖かかったけれど震えていたから、両手でそっと包むように抱きしめた。立樹がぎゅっと子供みたいに目元をぬぐっていたけれど、それには気付かない事にしてやった。
「ねえ……その犬、君たちの?」
 その時突然、声をかけられた。中年のサラリーマン風の男の人。オレが答えあぐねていると、立樹が
「ええ、俺たちのです!」
 立樹がオレごと子犬を後ろに隠した。なんだよ、と小声で抗議したら「だって保健所の人かもしれないじゃないか」と小声で返してきた。立樹の背の後ろでその人の姿は見えなかったけれど、
「そうか、君たちのか……」
 とても残念そうな声がした。ため息とともに。オレと立樹は顔を見合わせた。そして、二人してその男の人を見た。その人は弁解するように
「あ、いやね。ウチで飼っていた犬に似ていたものだから……」
「飼っていた?」
「……うん、この間伝染病にかかって死んでしまってね……」
 どうやら、いやどうみても保健所の人ではないらしい。立樹が警戒を解いたのがわかったのか、
「ごめん、少し抱かせてくれないかな?」
 立樹が頷いて、オレがその人に子犬を渡した。その人の手は暖かく、そして眼差しは優しかった。
「ああ、似ている。子犬の頃にそっくりだ」
 オレたちはどう声をかければいいかわからなかった。
「……ウチの娘がね、今年のサンタクロースにはコロが、いや死んでしまったウチの犬なんだけれどね、欲しいって言っててね。ウチの子は四つになるんだけれど、ちゃんとコロは死んだということを言い聞かせたつもりだった。けれども、やっぱりまだ上手く繋がらないんだろうね。いや、死んでしまったことはわかったみたいなんだ。けれどもサンタクロースなら、その「死」すら越えてくれると思っているみたいでね……。ワガママな子なんだけれど、サンタさんにお願いするために、毎日毎日ウチのお手伝いをして、毎日毎日、サンタさんに手紙を書いて……。あまりにもいじらしいから、妻と相談して、クリスマスには子犬を買ってあげようと思って。けれどもどのペットショップを見ても、似た子はみつからなくて、いや、そうすることが本当に正しいのかわからなくなってね……」
 話しながらその人はずっと子犬をあやしていた。子犬は大きな掌の上で、怯える事無く甘えた感じに鼻をならしていた。
 立樹がオレを見た。オレも立樹を見た。
「こちらの話ばかりですまないね……いや、正直に言おう。この子を譲ってもらえないかな?本当に、通りがかりで見ず知らずでずうずうしいのはわかっている。けれども、本当によく似ているんだ……」
 その人の目にうっすらと涙が浮かんでいるのを、オレたちは見た。立樹は意を決したように「実はその犬、俺たちの犬じゃないんです」と言った。うん、そう言うだろうと思ったし、そうするのが自然だった。立樹はこれまでの事情を話した。そして「よろしくお願いします」と、頭を下げた。
「ありがとう……きっとウチの子も喜ぶよ」
「でもお願いがあります。……ちゃんと、お嬢ちゃんにその子が『コロ』じゃないんだということを、教えてあげてください。その子はその子です」
「うん、わかっているよ。大丈夫だよ」
 立樹の顔が嬉しそうにほころんだ。
 渡りに船、だなんて言葉じゃない。その人は本当にこの子犬を必要としていた。そしてこうして会話している間にも、どれだけ犬が好きなのか、家族を愛しているのかがわかった。立樹もこの人になら、と思ったのだろう。これは奇跡だ、クリスマスイブに、サンタクロースがくれた奇跡の出会いなんだ……なんだ、今日のオレはなんだか涙もろい。そのオレの涙がひっこんだのは、隣で子犬との別れを惜しんで泣いている立樹のせいだった。
「立樹、泣くなよ〜」
「だって〜」
 まあ、立樹はこういう奴だもんな。オレは慣れているけれど、この人には笑われているんじゃないかと思って顔をあげたら、その人もちょっと泣いていた。……いい人だ。みんないい人だ。その人は何度もお礼を言って、そして、是非ウチに遊びに来て欲しいと言った。子犬に会いに来て欲しいと。立樹は一も二もなく頷いた。
「よかったな……」
「うん……」
 何度も何度も手を振りながら去っていくその人を見送りながら、オレ達は随分長いことこの寒空の下にいるはずなのに、なんだかとても暖かかった。なんとなくセンチな気持ちになったから、オレはさっき思った言葉を言った。
「きっとクリスマスだから、神様がお前にプレゼントをくれたんだよ」
 出会いと言う奇跡を。我ながらキザだなぁと思っていたら
「あれ?今日ってクリスマスだっけ?」
 たーつーきー!……お前と言う奴は。
「あー、そっかー、もうそんなになるんだー、今年もあと少しだねぇ?」
 しかももう今年の総決算か!
「あ、でもちーくん。俺につきあってて良かったの?今日はクリスマスイブだから大事な人と過ごすんじゃないの?」
 お前、わかって言っているだろう?
「あ、そっか。ちーくんさっき言ってたもんね『俺の事が好きだ』って」
 うわー!なんだよお前きっちり覚えているのかよ!蒸し返すな!つうかそんなに勝ち誇った顔で言うな!なんだ、なんだお前は!
「でも俺も好きだよ、ちーくんのこと大好きだよ」
 ……一気に脱力。お前、今真顔で言っているぞ。
「ちーくん」
「……んだよ」
「ありがとう」
「…………よし、今日は飲むか!」
「うん!」
 そう言って笑った立樹の笑顔は、いつも以上に眩しく輝いていた。……オレにとってのクリスマスプレゼントは、この立樹の笑顔かもしれな……ってうわー!うわー!今のナシ!ナシ!なかった事にしてくれー!!
 オレの心の中の恥ずかしい独白と狼狽に立樹は気付くはずもなく、「行こう」とオレの手を引いた。二人とも笑えるぐらいに冷たい手だった。


 メリー、メリー、クリスマス。



* * * * * * * * * *
 しぃちぐが読めるのはビバテラだけ!(いばら道)
 多分立樹さんはちーくんの想いをわかってやっているんだと思います。つかちーくんの「想い」って何よー(笑)。
 いや私本気でしぃちぐのちぐになりたいと思う今日この頃です(ひとりでやってなさい)。

2004.12.27