ビバテラメリクリ2004
 『大真くんと仙堂さんのクリスマス』




 最初は、ちょっとからかうだけのつもりだったの。

 いつもつけていた指輪をなくした。そういう事ってあるんだ。
 お昼にはつけていた記憶があるから、間違いなく庁舎でなくしたんだ。どうしよう。少しだけ、そう少しだけは探してみようか。
 終業のチャイムはもうとっくに鳴っていて、今日はクリスマスイブだから、皆早々に帰っていった。そう、クリスマスだから、こんな探し物なんてしている場合じゃないのに。変な話だけれど、その時のあたしは「惰性」で探し物をしていた。自分の物なのに、別に探さなくてもいいと思っているのに、なんとなく探すのをやめられなくて。
「あれぇ?どうしたの?」
 人気のない庁舎で、意外な人の声がした。
「大真?大真こそどうしたの?」
「それがこんな日に限って残業でさぁ、で、仙堂は?」
 そう、大真にとっては「こんな日」だ。きっとあの「ぼくのだいすきなももかさん」……年上の彼女との約束があるんだろう。でも、聞かれたからには答えない理由も無い。
「指輪をなくしたの」
 そう、端的に言ったつもりだったのに
「ええ!指輪って、いつもしていたあの指輪?」
 よく気づいていたわね、と感心するよりひどく驚いた大真にびっくりした。
「そりゃ大変だ、大事な指輪なんだろ?どこか思い当たることはないの?いつからないの?」
 「大事な指輪」を肯定する隙も、思い当たる節を言う隙も、答える隙も与えられなかった。
 そんな風に真剣になってくれた大真を、ちょっとからかってみたくなった。さっきまであからさまに「きょうはももかさんと……むふふ」な顔をしていたのが、ちょっと癪に障ったのかもしれない。
「どうしよう、そりゃ大変だよねぇ」
 大真はしきりに大変だといいながら、一生懸命受付の周りを探し始めた。
「……いいわよ、大真」
「いいって」
「きっと、縁がないって事なのよ」
 思わせぶりに意味深に。きっとそう言われたら普通は曰くありげだと思って、きっと同情してくれる。でも今の大真は急いでいるから、困った顔をするにちがいない。
 目の前の大真はその離れ目の眉間を寄せながら、ひどく悲しそうな顔をした。
 そこまでの反応は狙っていなかったのに。
「よし、僕探すの手伝うよ」
「え、でも」
 一応ポーズでそうは言ってみる。でも簡単にひっかかってとも思う。いや、騙しているわけじゃないもの。指輪をなくしたのは本当だもの。少しだけ、涙目。それもポーズ、多分。
 けれども大真はそんなあたしにまったくかまわずに
「トイレとか探した?あ、今日お昼はどこで食べた?食堂?」
「え、うん」
「じゃあ僕食堂を探してくるよ。仙堂は……あ、更衣室?更衣室とか探した?」
「ううん、……まだ」
「じゃあ手分けしよう!」
 大真は食堂に駆け出した。
 何よ、何をそんなに真剣になっているのよ。
 急いでいるなら、あたしになんかかまわずに行けばいいのに。
 別にもういいってあたしは言っているんだから、何勝手に探しているのよ。何ひとりではりきっているのよ。なんだか、バカみたい。前々からそうは思っていたけれど。
 仕掛けたのは自分だけれど、あまりに大真が素直な反応なので、なんだか急に興ざめしてしまった。
 仕方なく、あたしは更衣室へ向かった。誰もいない更衣室はひんやりとしていた。自分のロッカーから人前では吸わない煙草を取り出した。更衣室の窓を細く開けると、冷たい外気が入ってきて。その風に消されないように気をつけながら、煙草に火をつけた。
 「……」
 なんで、大真はあんなに一生懸命なのかしら。意味がわからない。
 あたしの事なんて関係ないのに。なんで……。
 バカみたい、バカみたい……………………。


 本当は、わかっている。
 多分あたしは大真がこうしてくれることをわかって、わざとしたのだ。わかっていて、こうやって大真を引き止めて、困らせて。それ以上は自分が惨めになりそうだったから考えるのをやめた。だって今日はクリスマスなんだもの、惨めな思いはしたくないの、それだけ。
 随分と長い時間がたった。まさか大真も諦めて帰っただろうと思いながら、タバコをロッカーにしまった。その時、扉を開けたら何かがひっかかった。見ると、扉の下の溝のところに指輪があった。
「あ、……」
 良かったとも嬉しいとも思わなかった。ただ、あったと思った。
 受付のところに戻ると、大真がしょんぼりと受付の机によりかかっていた。きっとあちこちを探してくれたんだろう、聞かなくてもわかった。そして「諦めて帰って」しまうはずもないのだということもわかっていた。わかっていたのに。
「あ!仙堂あった?」
 あたしは首を振った。自分でも驚いた。なんで嘘を。
 いや本当はわかっている。わかっているから嘘をつくのだあたしは。わかっていたのにあたし。
 そしたら大真はまたしょんぼりとうなだれた。
「もう、いいわよ」
「でも大事な……」
「やっぱり縁がなかったのよ」
 今度は思わせぶりじゃない、きっとそれは事実、ようやくそう思う事が出来た。
 大真はやっぱり悲しそうな顔をする、自分のことじゃないのに。
「いいのよ、また新しいの買ってもらうもの」
 あんまりにも沈む大真がかわいそうで、あたしはわざと明るくそう言った。これも嘘。そう言ったあたしがかわいそうなんだろうけれど、それは表に出さなかった。
 大真の顔が安心したようにぱっと明るくなった。
「あ、そうか。そうだよね!」
 ……なんだかあたしも嬉しくなった。ちっとも嬉しくなんかない話なのに。なくしたのは、指輪をなくすよりもっと前だったのに、それに気がついただけなのに、けれども、何故かあたしは笑うことが出来た。
「ほら、大真。大事な約束があるんじゃないの?」
 時計を見るともう9時になろうとしていた。
「うわ!やばい!」
 慌てて走りだそうとする大真をあたしは慌てて呼び止めた。
「大真!」
「何?」
「……ありがとう」
 心からそう言葉がでた。あ、こんな風に誰かにありがとうっていうの久しぶりだ。でもこの気持ちは嘘じゃない。
 そのとき、あたしはどんな顔をしていたのかわからない。けれども大真はひどく珍しいものでも見たような顔をしていた。
「あ、いやあの」
 子供が照れるときみたいに、頭をかいてうつむいて。けれども急にぴょんと顔をあげると
「メリークリスマス!!」
 いつも以上にその目を細めて、大真が叫んだ。そしてまたくるりと踵をかえして、走り出した。
「メリー、クリスマス」
 あたしは小さく呟いた。
 守衛さんに見咎められて、あたしも慌てて庁舎を後にした。駅に向うまでの間、あたしはコートのポケットの中の指輪を弄んでいた。思い出したように、それを取り出す。けれどもその時手が滑って、指輪はあたしの手からはじけ飛んだ。そのまま転がっていって、排水溝の穴に落ちた。聞こえるはずのない、水面に指輪が落ちる音が、あたしのなかで水琴窟のように響いた。その余韻が消えるのをじっとまって。そしてあたしはきっと顔をあげて歩き出した。


 メリー、メリークリスマス



* * * * * * * * * *
 大真×仙堂です。おおどぅ?(何て略せばいいんだ)。
 こんなタイミングであれですが、仙堂さんを大真くんに絡ませる構想はかなり前からあったんです。でもその度に「じゃ、仙堂さんはどうよ?」と思っていたのですが、書きながら設定が固まりました。きっと仙堂さんはそのモテテクを発揮することのできない、道ならぬ恋に落ちているのだよ。道ならぬ恋、妻子もちとか同性とか(ええ?)……となみ×仙堂?(えええええええ?)。
 さて、これでテラリウムサイドからのクリスマス企画は終わりです。最後なのに重くてごめんなさい。つうか「ない、ない!大百がない!」(笑)。
 ※この続きはビバリウム姐さんの「秋園さんとももかさんのクリスマス」でどうぞ。是非に。

 とりあえず、こんな時期まで(笑)お付き合いありがとうございました。

2005.02.02