Otoko no Bukiya 5th anniversary
『あまいおくすり』
「明日は遠足〜ももかさんとディズニーランド〜」
と、訳のわからない歌を歌ってゴキゲンだった金曜夜の大真くん。
お休みはいつも引きこもりだったから、たまにはどこか出かけようと言ったら、大真くんは即答でディズニーランドと答えた。え?ランドなの?アタシまだシーに行ったことないからそっちがいいなぁと言ったけど大真くんは譲らない。なんかこだわりがあるみたい。ま、まあ初デートの思い出の場所ではあるけれど……しかし時がたつのって早いなぁ。あの頃はまだ大真くんがこんな絶倫だったなんて知らなかったしなぁ……と、大真くんちで大真くんの腕の中でつらつら考えていたら、大真くんに「もうー!集中してくださいよ〜」って怒られた……。そんな感じに、金曜の夜から大真くんちに行って、明日は朝からディズニーランドという計画。本当は早く寝たいんだけれどな、明日朝からだから疲れそうなんだもんな……もちろん、大真くんはいつものごとく元気だ。というか元気すぎるぐらい元気だ……これも明日が楽しみな興奮の表れなのか。
「ももか……さんッ」
また集中しろと怒られるのかと思ったら、もう大真くんはそれどころじゃなくなっていたみたい。そしていつものようにアタシも強引に、それどころじゃないところへ連れていかれていった。
それが良くなかったのか、いや、でもそんなのはいつもの事だから、よっぽど興奮したせいなのか。翌日、朝早く鳴った目覚ましに「早く止めてよ〜」と寝惚け眼で大真くんを叩き起こそうとしたら、触れた大真くんの肌がすごく熱かった。
「大真くん?」
慌てて起きると、大真くんがぼんやりとした目でアタシを見上げた。額に触れる、うわ、すごい熱。大真くんちに体温計はなかったけれど、明らかに高熱だった。
「やだ、大真くん大丈夫?」
大真くんは緩慢な動作で頷いた。嘘、これで大丈夫な訳ないじゃない?どうしよう、お医者さんにみせたほうがいいのかしら?大真くんは掠れた声で「大丈夫です……」と言うけれど。でも今日は休日だから、病院は少し離れたところにある救急病院しかないみたい……とりあえず、額に冷たいタオルを乗せてあげて、それから薬をあちこち探してどうにか見つけて飲ませてあげて、えっとあとは、あとは何すればいい?
「……ももかさん」
「何?気持ち悪い?頭痛い?大丈夫?」
「……ごめんなさい」
「え?」
「ディズニーランド……」
「あ、」
そうだ、突然の事にすっかり慌てて忘れていたけれど、そういえばそうだった。
「バカ、こんなに熱だしてて、ディズニーランドもないでしょ?」
「……うん」
その目が寂しげに揺らいだ。アタシは別に気にしていないけれど、きっと大真くんががっかりしているんだろうなぁ。あんなに楽しみにしていたのに。そんな風に興奮して熱だすなんて、コドモみたいだ。でも目の前でしゅんとしている大真くんを見ると、コドモみたいと笑い飛ばすより、それがなんだか切なかった。熱のせいで潤んだ大真くんの目が切ない。
「……また、行けるでしょ?」
「……うん、ごめんなさい」
「バカ、あやまること、ないじゃない」
「うん……」
一番残念がっているのは大真くんなのに、しきりにアタシを気遣って謝る大真くん。
「大丈夫?」
「……大丈夫です」
そう言って、弱々しく笑う大真くん。……こんな時だったら、それこそ病気をたてにして、もっと甘えてくるのかと思っていた。いつもがいつもだし。でも実際には病気なのにアタシを気遣ってくれて、心配かけまいと大丈夫だと言いつづける。
本当にバカなんだから。
でもそれがたまらなく切なかった。きゅっと胸が痛む。そして、いとおしかった。
だから今日は一日大真くんの看病だ、大真くんに優しくしてあげたい。いっそ甘やかしてあげたい。アタシがそうしてあげたい。
「おなかすいた?」
大真くんが首を振った。
でも何か食べさせてあげないとなぁと思って冷蔵庫を覗いたら、笑えるくらい何もなかった。そうだよなぁ。大真くん、休みの日どころか平日だってアタシのウチ来ているし。とりあえず買い物に、と行こうとして大真くんに聞いた。
「大真くん、何か欲しいものある?」
大真くんは首を振った。
「すぐに戻ってくるからね?大丈夫?」
大真くんは頷いた。そして弱々しく笑った。……もう、無理しないでよ。
バタバタと身支度を整えて、出かけようとした。ふと玄関から振り返ると、開けっ放しだったドアの隙間から、寝ている大真くんが見えた。大真くんのウチはワンルームだから、そんな構造なのだ。その目が、アタシをじっとみていた。まるで捨てられた子犬のように、じぃっとアタシを見つめていた。……いやだ、なんて目をしているのよ。
急いでコンビニに駆け込んで、必要そうなものを買い込んだ。もちろん、料理はできないからお粥はレトルトパックだけれど。こういう時はお水をたくさん飲ませたほうがいいんだよね、とポカリスエットを買い込んで、それから、3連プリン。欲しいものはないと言った大真くんだけれど、大真くんの欲しいものなんて、ちゃんとアタシわかっている。それにこれなら食欲なくても食べられそうだし。もちろん薬局に行って、症状を話して、間に合わせじゃないお薬を買って……なんだか妙に焦って急いでしまうのは、出掛けに大真くんのあんな目を見たからだ
。早く帰ってあげないと、アタシがいないとダメなんじゃないかと思わせる……いや、それは自意識過剰かも。あんな目をされると弱いのは、昔も今も変わらない。
大真くんの部屋に戻ると、大真くんはアタシが出かけたときと同じ様にじっとドアの方を見つめていた。いや、ずっとそうしていた訳ではないとは思うのだけれど、それがアタシの帰るを待っていたかのようで、それにまたきゅうっとなる。
「大真くん?大丈夫?」
やっぱり頷く大真くん。忘れずに買ってきた体温計で計ると、9度以上あった。うわ、数字でみるとすごいなぁ。大真くんに無理矢理お粥を食べさせてあげて、そしてお薬を飲ませる。これで効くといいんだけれどなぁ。アタシと目が合うとふにゃと笑う大真くんだけれど、明らかに辛そうだ。お薬を飲んだ時だけ、苦い、とつらそうな顔をした。もう……甘えていいんだよ?つらいって言っていいんだよ?いつもはバカなのに、なんでこんな時ばっかりそんな風に我慢するのよ。それが大真くんのいいところであるのは十分わかった上で、アタシは心の中で何度もバカと言った。
「……なんか、まだ苦いです」
「りょーやくはくちににがし、でしょ?じゃ、ちゃんとお薬を飲んだからねえさんがご褒美をあげましょう」
プリンを出すと、大真くんの顔がうわ、と綻んだ。そこだけいつもの大真くんでアタシはほっとした。
起きるのもちょっと辛そうな大真くんに、さっきと同じようにスプーンで食べさせてあげる。
「美味しい?」
大真くんが頷いた。
「じゃー、ねえさんもご相伴ー」
と、自分の口にもスプーンを運ぼうとしたら、大真くんが慌てて止めた。
「ダメですよ」
「え?」
「風邪、うつっちゃいますよ」
「えー?大丈夫だよ、それぐらいー」
「ダメです、絶対にダメ」
「えー?」
妙にはっきりとした口調で言う大真くん。……本当に、それどころじゃないはずなのに。
「……じゃ、キスもできないね」
言ってからはっとした。いやだ、アタシがキスしたいって言っているみたいじゃない。
大真くんは何も言わなかった。うわ、なんか空気が恥ずかしい。なんか言ってよ。と思ったら大真くんは薬が効いてきたのか、眠ってしまっていた。
……ここなら、大丈夫だよね。
アタシは眠る大真くんの額にキスを落とした。そしてタオルを取り替えて、そっと大真くんの側を離れた。
なんだか落ち着かなくて、できるだけ静かにしながら、片付けたり、冷蔵庫の中身をチェックしたり。洗濯物がたまっていたけれど、音で起きちゃうかなぁと思ってしなかった。あ、そうだ、次に起きたらパジャマ替えて上げなくちゃ。替えのパジャマはあったかなぁとクローゼットを探したり……静かにしているつもりが、どうにも落ち着かなくてバタバタしていたら、それで起きてしまったのか、大真くんがやっぱりじっとこちらを見ていた。
「あ、ごめん……起こしちゃった?」
大真くんは首を振った。
アタシは大真くんの側に行って、その額に手を当てた。うーん、まだ熱いなぁ。
「……あのね、ももかさん」
「え?何、お腹すいた?」
「……僕がコドモの頃、風邪を引くと、お母さんは決まって僕を二階の子供部屋から、僕を居間のソファーに移してくれたんです。ちゃんと即席のベッドにして。家事をする間に、こまめに様子を見れるからっていうのもあっただろうし、僕が退屈しないようにテレビのある部屋に寝かせてくれたっていうのもあると思うんです。でね、僕は病気になるとそうやってソファーから、忙しく働くお母さんをじっと見ていたんです。僕が学校に行っている間の、僕が知らないお母さんです。そんなお母さんを見るとすごく安心しました」
いきなり饒舌に話し出した。
「……大真くん?」
「思い出しちゃったんです」
そこまで言って大真くんは一息つく。つく息は熱くて重くて、やっぱり辛そうだった。でもそれを言い切った大真くんは、どこかほっとしたような顔で。
「……大真くん?」
「だから、なんだか嬉しいんです。ももかさんが、いてくれるのが」
そして大真くんはまた目を閉じた。
これは……なんて言えばいい気持ちなんだろう。
けれどもなんだか泣きたくなった。だからあんな目でアタシが出かけるのを見ていたのか、あんな目でアタシの事を見ていたのか。……アタシは大真くんの手を握った。大丈夫、アタシここにいるよ?大真くんが握り返してきた。そして目を開けて、アタシに笑いかけてきた。アタシは思わずキスをしようとして、大真くんに顔を近づけた。大真くんはすぐに察して、唇だけでダメと言った。アタシはまた、そんな衝動にかられた自分が恥ずかしくて、誤魔化すように自分のおでこを大真くんのおでこに当てた。
「まだちょっと熱があるかな……」
「……きもちいい」
「え?」
「ももかさんのおでこ、広くて、冷たくてきもちいい」
「ひ、広くてはよけいでしょー?大真くんだって、おでこちゃんな癖に」
「うん……」
「……早く良くならなくちゃ、ね」
「……うん」
互いの息が触れ合う距離で、互いの姿が瞳に映りきらない近い距離で、そんな会話を交わしていた。いやだ、なんだかアタシまで熱くなってきた。
「あ、そうそう!大真くん、パジャマ替えよ、汗いっぱいかいたでしょ?」
「え?大丈夫ですよ」
「だめだめ、ほら、脱いで脱いで」
身体を起こすとちょっとまだ辛いと言う大真くんを支えるようにして、アタシは大真くんのパジャマを脱がせた。大真くんがぐらり、とアタシにもたれかかってきた。
大真くんの汗の匂いがした。
…………認めたくないけれど、確かに今アタシ……いやだ、そんちゃんじゃあるまいし!そんな、大真くんの汗の匂いに欲……
「ほ、ほらしゃきっとして!さっさと着替えて!」
ふらふらする大真くんに無理矢理新しいパジャマをかぶせると、そのまま布団の中に押し込んだ。
大真くんは何がなんだかわからない顔をしていたけれど、たくさんしゃべって、身体を動かしたからそれで疲れたのか、すぐに眠ってしまった。……多分、今、アタシの顔は赤い。
ああ、アタシが熱を出しそうだ。
夜になって、ようやく大真くんの熱が下がった。その額に手を当てて下がった熱を確認したら大真くんがぷうと膨れた。
「えー、ももかさんつめたーい」
「は?」
「さっきみたいにオデコではかってくださいよー」
……まったく、元気になったらすぐこれか。
でもまあそれがらしいというか。病気になった大真くんはなんだかいつもと違って、そしてアタシもなんだかいつもと違ったみたいだ。ま、まあそんな日もあるよね。
「でも、元気になってよかったね」
「ももかさんの、おかげです」
大真くんが、ぺこりと頭を下げた。
「ももかさんが、一番のおくすりでした」
うわ、何て甘いこと言っているのよ。
「じゃ、元気になった証拠をお見せしましょうかね!」
と、いきなりパジャマを脱ぎだした。
「ば、バカ!何脱いでいるのよ!」
「いやー、僕ももかさんのおかげでこんなに元気、元気」
「バカーーーーーー!!」
全然いつもとは違わない、いつも通り。ああ、もう!アタシは大真くんを殴ろうかと思ったけれど、病み上がりだしと思いとどまった。どうにか横たわらせて、毛布をかける。
「ほらほら!病み上がりなんだから!!……大人しく寝なさいね」
「ももかさんも一緒にー」
「だーめ」
……甘える大真くんを窘める、それすらも甘いような気がした。
「じゃあ、ももかさん、おやすみなさいのキスしてください」
アタシはすっと大真くんの唇にキスをした。
大真くんが驚いていた。アタシも、自分の間髪入れない行動に驚いていた。何なんだ、我ながら。まあ、今日は甘えさせてあげたいと思ったのだし、そんな風に甘えてくる大真くんにこたえているアタシが、何よりも甘い。
「……おやすみ、大真くん」
「……おやすみなさい」
多分、大真くんは恥ずかしかったのだろう。そのまま素直に目を閉じた。しばらくすると、すやすやと、大真くんの寝息が優しく耳に響いてくる。
あとで思い返したら、きっと死ぬほど恥ずかしいと思うかもしれない。
けれども、こんなアタシたちも悪くない。
大真くんを起こさないように、そっとベッドにもぐりこむ。そしてアタシも眠りについた。
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「男乃武器屋」さん5周年記念に捧げます。
真面目な話ナマモノ取扱いジャンルで5年も続くってのはすごいすごい事だと思うのですよ。そんな思いを込めて微力ながらお祝いをと思い、リクエストを聞いたら「甘い大百」ときました。で、コレです。ちからいっぱい甘い設定を定番ネタに押し込んだ気がしなくもないんですが(笑)。
看病ネタは、私自身があまり病気をしないので、割と描写に困ったりします(笑)。
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