『毎日が誕生日』


 今日はアタシの誕生日。
 とはいえこの歳になると誕生日もあまり嬉しくないような。そりゃ誕生日に朝起きたら隣に大沢たかおがいるっているなら、誕生日も嬉しいけれど、ねぇ?
 というわけでいつもと同じように会社に行って、いつもと同じように帰ってきたら、いつもと同じように大真くんが待っていてくれた。
「ももかさん!お誕生日おめでとうございます!」
 誕生日が嬉しいというより、祝ってくれる人がいるのが嬉しいのかもしれない。
「さて、誕生日プレゼントといきたいところなんですが、残念ながら、その僕今ちょっと厳しいんで」
「いいよー別にー」
 それに去年みたいなモノをもらったって困るし。つうか怒るし。
「と、言う訳で今年はももかさんに『モノより思い出』、ももかさんにステキな誕生日をプレゼントしたいと思います!!」
「な、何?」
 期待半分、去年の二の舞への恐怖半分で聞き返すと、大真くんがすかさず本を差し出してきた。
「これです!これ!」
「何?」
 大真くんが手渡してきた分厚い本。見ると『まるわかり世界の風習辞典 民明書房』……何これ。
「世界各地には色々な誕生日を祝う習慣があります。僕はお金がない分、ありとあらゆる国のお祝いで、グローバルにももかさんの誕生日をお祝いしたいと思います!!」
 ……き、きっと、色々考えたんだろうなぁ。
 目の前の大真くんは「どうだ」と得意げにキラキラしている。そんな大真くんのしてくれる「お祝いに」付き合うことになった。


「じゃあももかさん、好きな国選んでください、僕なんでもしますから!!」
「えー、じゃあ韓国」
 一応ブームだし。それに日本に近い国の方があまり外れたネタも出てこないだろうし。
「えーっと、韓国では誕生日にワカメスープを飲むんだそうです」
 えー?あまりに普通だなぁ。
 大真くんは早速近くのコンビニに出かけて「リケンのワカメスープ」を買ってきた。
 まあ、それがお祝いならと一応のってみることにした。
「お誕生日おめでとうございまーす」
「あ、ありがとーございまーす」
 二人してワカメスープをすする姿はなんかシュールだ。
「やっぱりワカメって言うと『♪ワーカメスキスキスキスキー』だよねー?」
「え?なんですか、それ」
「ええ?知らないの?あれだよ、『薄汚ねぇシンデレラ』の人がさぁ?」
「えー?何ですか?」
「嘘、しらないのー?『紙のピアノじゃうまくひけない!!』とかさ、黄色いハンカチつるしたりとかさー」
「??」
 そんな話をしているウチにワカメスープ完食。
 そうか、『少女に何が起こったか』知らないのか……やっぱりジェネレーションギャップがあるんだなぁと、そしてその歳の差が更に広がっちゃったんだなぁと、ちょっとだけ凹んでしまったりする。
 ああ、誕生日、やっぱりちっともめでたくないなぁ。
 別にいいけれど。


「じゃ、次の国はどこですか?」
「ええー?もういいよ、もうお祝いしたじゃないー」
「いや、僕のももかさんをお祝いする気持ちは韓国ひとつじゃ足りません!」
 訳わかんない。
「じゃ、じゃあアメリカ」
 これまたオーソドックスに。多分、アメリカの風習って「ケーキにローソク立ててハッピーバースデー」だよね?それならケーキ食べられるし、何よりごくごく普通の誕生日だ。
「アメリカはですねー『誕生日に歳の数だけお尻を叩かれる』です」
「えええええー?、何それ?」
「僕も初めて知りました……じゃ、とりあえずやりましょうか!!」
 驚きつつも、大真くんが腕まくりをしだした。
「ちょ、ちょっと待って!そんな!誕生日に痛いのイヤだし!」
「大丈夫です、そんなに痛くしないですから!」
「嫌だよ!!そんなの!!」
「それにほら、何か新しい快感が得られるかもしれませんし!!」
「新しい快感って何よー!!つうか、なんで脱がそうとするのよ!」
「いや、直接叩いた方がよりめでたいかと」
 お、大真くんの目が本気になってきている。というかもう鼻息が荒い。なんだって誕生日にこんな目に合わなくちゃいけないのよ、アタシは一気にキレた。
「そんなに言うなら、大真くんが叩かれればいいじゃないーーーー!!」

 (数分後)

 目の前で大真くんが悶絶している。
 アタシは大真くんのお尻を叩きに叩いた。多分、これから取るであろう歳の分だけ。怒りに任せて叩いたのでちょっと反省……。
「も、ももかさんひどい……」
 大真くんがえぐえぐと泣いている。
「でも、ちょっと気持ちよかったかも……」
 大真くんに新しい快感が芽生えてしまったのかも。どうしよう、変な癖がついちゃったら。
 まあ、でも。自業自得。


「じゃ、次はどこいきますかね?」
 懲りないなぁ。うーん、アタシの為を思ってくれているのはわかるんだけれど、どんどんずれていくような気がする。
「えー、じゃあメキシコ?」
 単にアメリカの下ってだけだ。
 大真くんはそのなんとか本をしばらく調べてから
「じゃ、僕ケーキ買ってきます」
 ケーキ?あら、なんだか誕生日らしくなってきたじゃない。
 というか最初からケーキでお祝い、アタシそれだけで良かったんだけれど?
 しばらくして大真くんが帰ってきた。あ、じゃあお茶でも入れようかなぁと台所に立っていたら、大真くんが後ろからアタシを呼んだ。何?お皿いるー?と振り返った瞬間
「…………………」
「メキシコでは誕生日に顔を突っ込んだケーキを皆で食べるんだそうです」
「…………………」
「どうですか!ももかさん!」
 何も言えない、顔一面にケーキで何も言えない。
 ようやくクリームをとりのけると、大真くんがいたずらっ子の目をして笑っていた。
「なかなかできない経験ですよね!!」
 ひどい、騙された。ねぇさんは怒った、今度こそ本気で怒った。その報復をしようとしたら
「ももかさん……クリームだらけ…………おいしそう」
 え?まさか?ええええええええええええええええ!!


 なんてことだ。アタシの顔はきれいに、そのぬぐわれたけれど……すごい消耗した。大真くん、こういう時本気で押さえてくるから、本気で逃げられない。なんで、なんで誕生日にこんなプレイをしなくちゃいけないんだろう……怒る気も失せてきた。まあ、確かにこれも新しい快感ではあるのかもしれないけれど、いや、目的はそこじゃないし!!
「ももかさん次はー?」
 やけにスッキリした顔の大真くん。あーもうどうでもいいー、好きにすればー?と言ったら
「じゃ、僕がぱっと開いたページの国にしましょう……」
 なんだか楽しそうだ、なんだか大真くんだけが楽しいんじゃないだろうか……。
「じゃじゃーん、次はペルーです」
「ペルー?」
「ペルーでは誕生日に小麦粉をかけられるんだそうです」
「小麦粉?」
「これってどんな効果があるんですかね?すべりがよくなるんですかね?」
 ちょっと待って。
「それとも『アタシを食べて』って事ですかね?」
 ちょっと待って、何の、何の話?
「じゃ、ももかさんやってみましょうか!」
 だからちょっと待って大真くん、世界各国の誕生日でお祝いするんであって世界各国の風習をプレイに反映させるんじゃないんでしょー?
 小麦粉片手に既にパンツ一丁な大真くん、アタシはそんな大真くんに今日一番の制裁を加えた。
 バカだ、本当にバカだ。


「じゃ、じゃあ次は何しましょうかね?」
 そうこうしているうちに、日付が変わってしまった。もう誕生日も何もない、ちっともお祝いされている気持ちにならない、なんだか今年の誕生日は、今まででサイアクな誕生日かもしれない。
「もう、もういいよー、明日も会社だよー?」
「いや、僕の気持ちがまだおさまりません」
「もういい、もういや、もう帰る」
 帰るも何もここはアタシの家なのだけれど。すっかりご機嫌ナナメなアタシに大真くんが慌てて
「じゃあ、あとひとつ、あとひとつだけヤリましょう」
 その「やる」は何をやるんだ?
 大真くんがあんまりうるさいから、じゃああと一つの国だけと大真くんのワガママを聞くことに。本当にちっともいつもと変わらない。
「次はどこがいいですか?」
「大真くんが選んでいいよ」
「じゃ、うちの海外交流課のエレナさんにちなんでロシアといきましょう!」
 やれやれ、これで今日の騒動も終わる。で、ロシアのお誕生日は?
「ロシアは『歳の数だけ耳をひっぱられる』です」
 ……よくわからないけれど、変な方向にいきそうにはない内容だからいいか。
 大真くんがアタシの耳をひっぱり始めた。一回、二回……、当然顔をまじまじと見合わせている。大真くんがやけに真剣なので、アタシはなんだかおかしくなってきてしまった。六回、七回……痛くは無い、大真くんは優しくアタシの耳をひっぱる。
 しばらくすると、大真くんが急に神妙な、いやなんだか泣きそうな顔になった。
「どうしたの?」
「いや、なんだかバカバカしいことしているなぁって思って」
 何を今更、というかそれはもっと早くに気付いて欲しかった。でもだったら、なんだってそんな顔をしているの?
「……こうやって、バカバカしい事をしていられるのも、ももかさんが何十年か前の今日に生まれてきてくれたからなんだなぁって思って」
「大真くん」
「それで、僕がうまれてきて、こうやってももかさんと出会って、ももかさんの誕生日に一緒にいられて……」
「……」
「それって、すごい事ですよね」
「……」
「ももかさんが生まれてきてくれてよかった……」
「……」
「ももかさんと出会えてよかった……なんだか、嬉しいです」
 そう言って大真くんは泣きそうな顔を誤魔化すように笑った。
 いやだ、そんな風に急に、イキナリ真面目に、そんなこと。
 多分、アタシもきっと、泣きそうな顔をしていたのかもしれない。嬉しかったから、大真くんがそんな風に言ってくれたのが、なんだか嬉しかったから。こんな風に誰かに生まれてきたことを喜んでもらえるなんて、アタシ……。
 耳を引っ張り終えた大真くんは、しばらくアタシの耳を触っていた。耳たぶをやさしくなでる。その目がいつも以上に垂れて、優しくアタシをみつめている、いとおしむようにアタシの耳に触れている。大事な宝物を見るように、アタシを大切に大切に……。
 大真くんの唇が寄せられる。アタシの耳元で
「お誕生日、おめでとう」
 ささやくようなその声は、今日何度もきいたどの「おめでとう」よりも、アタシの心に染みていった。
「大真くん……」
 アタシは大真くんの頭を抱き寄せた。


 大真くんは優しかった。いつもみたいに力任せでもなく、大真くんだけ先走ることもなく、特別なことも変わったこともなく、ただ優しかった。そんな大真くんに驚きもしたし、新鮮でもあったし。だからアタシも素直に応えた。
 大事にされているんだなぁと、照れるけれど、あ、愛されているんだなぁと思って。
 それにしても、今年の誕生日はめまぐるしく、疲れた。
「どうでしたか?今年の誕生日は?」
 終わって、大真くんが聞いてきた。散々な誕生日。まぁ、終わってみれば楽しかった……かなぁ?
 誕生日。一年に一度しかない特別な日。大真くんとすごした誕生日。
「……でもね、大真くん。アタシは特別な日じゃなくても、誕生日じゃなくても大真くんといられるから、アタシ、幸せだよ。何もしてもらわなくても、幸せだよ?」
 いつかはいなくなってしまうかもしれない。
 いつかはきえてしまうかもしれない。
 けれども大真くんはアタシの隣にいてくれている。
 それが今更ながらに嬉しかったから、そして大真くんの優しさが嬉しかったから、素直にそんな言葉を言った。恥ずかしかったけれど。
「……大真くん?」
 大真くんはもうすやすやと眠ってしまっていた。


 アタシが生まれてきた日。
 幸せな誕生日、幸せな毎日、きっと毎日が誕生日。



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 ももかさんお誕生日記念SS。お気付きの方もいるかもしれませんが元ネタはコレです。
 ビバリウム一周年、ももかさんお誕生日、で何かしましょうかという話になった時、小郷さんから「テラリウムで甘々な大百が読みたい」とのリクエストをいただきました。ごめんオゴリン、ちっとも甘々じゃないよ(笑)。まあでもネタの中に甘々のアクセントということで(笑)。
 ももかさんの一人称語りはやっぱりオゴリンの方が的確ですなぁ。私がやると何かが違う(笑)。


2004.09.13