『サンタが市川(まち)にやってくる』


 クリスマスがやってくる。
 だけど僕の心は憂鬱だ。
 ももかさんと付き合い始めて最初のクリスマス・イブ。そりゃあもうあーんな事やこーんな事を僕なりに僕らしく入念に且つ周到に色々考えていたのに、ももかさんには
「え?何するの?」
「ええー!何もしないんですか?」
「しないよ」
 即答。
「だ、だってイブですよ?恋人達のイブですよ?」
 説得。
「だって平日じゃん」
 一蹴。
「で、でも仕事終わってからとか」
「あー!こっちはね、年末は忙しいの!」
「だって、イブですよ!」
「だから何よ」
 だんだんももかさんが不機嫌になってきたのがわかるけれど、僕は尚も食い下がった。
「だって、ケーキとか、プレゼントとか、シャンメリーとか」
「そんなイベントなんかしなくたって、いつも会っているし」
「でも、クリスマスツリーとか、サンタとか」
「大体ねぇ、そういうイベント事に振り回されるなんて、なんかイヤなのよ。そもそも誰がイブは恋人と過ごすなんて決めたのよ!見ず知らずの外人の誕生日祝ってどうすんの」
「そ、そういうもんじゃないですよ!」
「じゃあなんだって言うのよ!」
 今度は本当に怒りだした。だけど僕だって引き下がりたくなかった。
 で、いつも通り
「もう!そんなワガママ言う子はねぇさん知りません!」
「痛いよねぇさん!」
 ……知らないといいつつ、強打するのはやめて欲しい。
 結局、僕が折れる形でなんとなく仲直りはしたけれど。さすがに凹んだ僕に、ももかさんも言いすぎたかと思ったのか、その後いつもよりサービスしてくれたけれど、やっぱり凹む。
 そして、憂鬱はもうひとつ。
 市役所の忘年会がなんと24日、クリスマス・イブにぶつけられてきた。誰だ、誰の陰謀だ。当然所内でも猛反対が起きた。24日は誰でも予定があるもの、たとえ見栄でもそうしたいものだ。そんな日にぶつけたって、誰も参加しないよと思っていたら、新人は必ず何がなんでも参加しろとのお達しが出てしまった。横暴だ。誰だ、誰の陰謀だ。……もちろん、ももかさんとのラブラブ・クリスマス・イブはなくなってしまったのだから、別に僕の予定としては構わないのだけれど、いや、でもやっぱり僕は諦めきれていない。やっぱりイブはももかさんと過ごしたい。世間に振り回されていると言われたって、僕はいつだってももかさんと過ごしたい。
 ももかさんは、そうじゃないのかなぁ……。今まで僕がつきあってきた女の子たち皆にとって、イブは特別なイベントだったし、僕だってそう思ってそれなりにやってきた。だから、今年も、と思った。いや今年は誰よりもダイスキなももかさんだからこそ、あれやこれやと……。なんだか空回りだ。なんだかちょっと虚しくなってきた。そしていつも通り「やっぱりももかさんって僕の事あんまり好きじゃないのかなぁ」と思って、そしていつも通り「そう思うのは僕が子供だからかなぁ」と思って。
 そんな二つの憂鬱をかかえて、僕は24日当日を迎えた。


 市役所の忘年会は案の定、閑古鳥が鳴いていた。一応出欠を取ったにもかかわらず、ドタキャンで欠席者続出。まあ、新人じゃなくても、一応職場全体の一年の締めの忘年会だ。最初から「参加しない」ではやっぱり障りがある。そしたら後は直前にばっくれるしかない。そしてそれは誰もが考える事な訳で。
 驚いたのは同期の仙堂がいたことだった。思わず言った。
「え?来たの?」
「だって、新人は強制参加でしょ?」
「……う、うん」
 それはそうなんだけれど、仙堂だったらどんな手を使ってでもこの忘年会はばっくれると思っていた。逃げなかったという事は……意外に、本当に意外な事に、仙堂って彼氏いないのかもしれない。もったいないなぁ、結構カワイイのに。いやいやいや、そういう意味ではなくて、僕は心底そう思った。
 ちなみに僕の同期、紫、涼麻、大河。この三人はそうした見栄とかしがらみとか無く、普通に参加しているのはよくわかっている。そして美城だけは「2児の父」という免罪符で忘年会には不参加だ。今ごろドンキホーテで買ったサンタ衣装に身を包んでいるに違いない。
 でもまあ、それはそれで、こうやって飲み会になるのはそれなりに楽しい。同期とはいえ、所属の課はそれぞれだから、最近はこうして集まることも無かったし。それに、いつもならそれなりに職場の上の人に気を遣ったりもするけれど、人数が少なかった分、本当にくだけた感じの飲み会となった。
「あれ?ももとは?」
 鳴海さんが声をかけてきた。鳴海さんの彼女の有無は知らないけれど、今回は幹事の一人だから、当然参加している。
「いや……その」
 忘れようとしていた事を、思い出してしまった。鳴海さんは、その様子だけで気付いたみたいで
「あー、あいつこういうイベント事とか、そういうの気にしないもんな」
「はぁ」
「ま、落ち込むな。せっかくだから楽しんでいけ」
 僕の肩を叩く。じんわりと暖かい。言葉は少ないけれど、そんな心遣いが嬉しかった。
 ふと気になって、鳴海さんに聞いた。
「あ、あの、一体誰がこの日に忘年会って決めたんですか?」
「しのぶさん」
「何でまた」
「しのぶさんが、カレンダーに、ダーツ投げて決めたらしい」
「何でまた」
「なんとなく、らしいぞ?」
 そして皆、なんとなく納得してしまったのだろう。現に僕もそれで納得した。しのぶさんはそういう人だ。


 それから、僕はつとめてももかさんの事を忘れるように楽しんだ。そうこうしているうちに一次会はお開きに。いつもなら強制的に二次会に突入だけれど、後は三々五々解散となった。それじゃあ、同期皆で飲みなおそうと僕が提案したら、涼麻は深夜放映のアニメを見るからと、大河はイブ特別価格になったいつもの所にいくからと、そして仙堂は普通に「帰るわ」と。なんだ、皆で騒ぐ事で憂さ晴らしをしようと思ったのに。……僕が皆が帰ってしまった真の理由に気付いたのは、その数分後だった。
「おおまぁ〜」
 僕の背中にずっしりと重い生暖かいもの。ぐでんぐでんに酔っ払った紫だった。ちなみに頭にはご丁寧にサンタ帽までかぶらされている。
 しまった、僕は紫を皆に押し付けられたのだ。
「めりぃーくりすまーす!」
 すっかり出来上がった紫。そう、これはいつものことだ、こいつは酔っ払うといつもこうだ。いつもの僕なら、この役目は上手く涼麻辺りに押し付けてすり抜けてしまうのだけれど、今日は……ああ、こんなクリスマス・イブだなんてあんまりだ。
 とはいえ紫を置いていくわけにもいかず、紫が一人で帰れるわけも無く、仕方なく僕のウチに連れて帰ることにした。飲酒運転のうえ二人乗りのスクーター。警察につかまらない事を祈りながら、とぼとぼと、そう、スクーターのエンジンまでそんな風に聞こえる。
 紫はすっかり上機嫌で、なにやら歌まで歌っている。
「どーりょーくなんかーしたぁって、むだむだむだそれはむっだ!」
 ……何の歌だそれは。しかもその後に
「へいへいへい!」
 と続いた。だからなんだその歌は。
「努力なんか無駄か……」
 思わずその歌詞を反芻したら、思いのほか堪えてしまった。うう、僕のラブラブ・クリスマス・イブ大作戦もまるきり無駄だったなぁと思いながら。
 江戸川の川沿いの土手を走らせる。川からの風が冷たいけれど気持ちいい。これで紫もウチにつく頃には酔いが覚めるかもしれない。
 途中で吐く、というから止めて下ろしてやったら
「むだむだむだそれはむっだ!」
 良くわかんない動きをしながら一気に川べりに、そして江戸川に飛びこもうとしやがった。
「うわー!」
 もうイヤだ。こいつイヤだ。しかもなんかへろへろしている。なんだか気持ち悪い。だけど紫は相変わらず酔っ払ったままで
「へいへいへい!」
「あーはいはい、わかったからわかったから」
 そんな紫を後ろに乗せて再び走り出す。紫は相変わらずその歌を繰り返している。もう僕もすっかり覚えてしまったから、もうヤケになって
「へいへいへい!」
 一緒になって歌った。飲酒運転、二人乗り、その上騒音公害。警察に見つからなくて良かったと心底思った。
 いつもの倍の時間をかけて、ようやく僕のアパートにたどり着いた。紫を引きずるようにアパートの階段を昇っていくと
「うわぁ!」
 僕の部屋の前に、なにやら赤い物体がいた。そしてその物体も
「うわぁ!」
 声を上げた。その声ですぐにわかったけれど、一体それは……
「あ!サンタさんだー!」
 紫が急にその赤い物体に飛びついた。そう、その赤い物体はサンタクロース、赤い帽子、白い髭、赤い上下に赤い靴の、サンタクロースの格好をした……ももかさんだ。
「サンタさんだ!サンタさんだ!」
 紫は気付いていない。むしろ子供みたいに喜んでいる。ちっとも酔いは覚めていないらしい。
 ももかさんも最初は驚いていたが、
「紫くんは今年一年イイ子にしてたかなぁ」
 妙なしゃがれ声を作って。うわ、芝居始めたよももかさん。
 紫は妙にキラキラとしてももかさんを、いやサンタさんを見ている。嬉しそうだ、新しいモデルガンを手にした時と同じぐらいイイ顔だ。
「はい!イイ子にしてました!」
 イイ子って!お前いくつだ。しかし僕ひとりを置いて目の前の光景は淡々と進んでいく。
「そうかそうか、じゃあ、紫くんにはコレをあげよう」
 ご丁寧にももかさんは、サンタのプレゼント袋まで持っていた。しかもご丁寧にちゃんとその中から、クリスマスに良くお店に並んでいる「お菓子の入ったながぐつ」を出してきた。ええっと、あれは何レンジャーの柄だ?涼麻に聞けば一発なんだけれど。いや、そうじゃなくて。
「うわぁ!サンタさんありが……っても、も、ももかさん!!!!!!」
 紫が叫んだ。ようやく気付いたらしい。
「わ、わしはももかさんではないぞ、サンタさんだぞ」
 ももかさんが紫に気付かれて一気に恥ずかしくなったらしい、それでも、いやだからこそ小芝居を続けていたけれど、それは限度があったというか。
「はぁ、ももかさんお久しぶりです」
「あ、どうも」
 お互いにすっかり何かが抜けた顔をしていた。誰もこの場を収拾できないのかもしれない。
「それじゃ、俺、帰るから」
 紫はくるりと踵を返した。どうしていいかわからなかった僕は、はっとして紫の後を追った。
「紫!」
 意外に早く歩いていった紫を、曲がり角で捕まえた。
「おい、紫……」
「……ラフレシア」
「え?」
「いや、何でもない」
「お前、大丈夫か?」
「うん……お陰ですっかり醒めた」
 だろうな。
「大丈夫か?一人で帰れるか?」
「うん、大丈夫だよ。悪かったな、迷惑かけて」
「覚えているのか」
「ううん、全然」
 そう、こいつは酔った時のことは大抵忘れているのだ。まあ、本当に酔いは醒めたみたいだ。足取りも、目つきもしっかりしている。全く、手間と心配かけさせて。
 そのまま帰るんじゃアレだろうと、かぶっていたサンタ帽を取ってやると、紫はそれに気付いていなかったようで、驚いて、そして笑った。
「まあ、なんというか」
 そして、ニヤっと笑って
「がんばれよ」
 サンタさん相手にか。
「ももかさん、いい人じゃないか。お前の事、ずっと待ってたんだぞ」
 そうだ、こんな寒空の下で、あんな格好……格好で。
 僕はいてもたってもいられなくなって、アパートに戻った。僕の部屋の前ではももかさんがサンタさんのままでつっ立っていた。
「紫くん、随分酔ってたみたいだけど、大丈夫だった?」
 そう、真っ先に心配するももかさんは、やっぱりももかさんだ。僕がうん、と頷くと
「もー、びっくりしたよー!だって大真くん一人かと思ってたのに紫くんまでいるんだものー!」
 そしていつものももかさんが僕をバシバシ叩く。
「お、驚いたのは僕ですよ!大体どうしたんですか!その格好」
「これ?ちーくんに借りたの」
 『ちーくん』とは、ももかさんの同僚だ。
「今日ね、職場のプレ大掃除だったの」
「プレ大掃除?」
「ウチの部はね、いつも御用納めの日の大掃除で終わんないの、まあ、普段から片付けないからなんだけど。それで事前にプレ大掃除。それでね、ちーくんが去年の忘年会の景品の中からこれ見つけてねー」
「それで、着てきたんですか?」
「うん、大真くん驚かそうと思って」
 それにしても……見事なサンタっぷりだ。良く見たらご丁寧に眉毛もちゃんと「サンタさんの白髪眉毛」にしてある。良く見ると、笑ってしまう。
 僕はその眉毛を取って、そしてさっきからもごもご邪魔にしている髭をとって。
 そして、ももかさんにキスをした。
「な、なによぅ!」
 ももかさんがちょっとだけ慌てる。
 僕は嬉しかった。ももかさんが来てくれた事も、僕の為にこんな格好をしてくれた事も、そして今、僕と一緒にいてくれる事も。
「大真くんは、今年イイ子にしてたかな?」
 ももかさんが僕の腕の中で、またしゃがれ声で小芝居を始めた。僕は元気良く答えた。
「はい!」
「嘘をつくんじゃない」
「は?」
「君はイヤがるももかさんにいつもムリさせておったではないか」
「え?」
「サンタさんはちゃんとねぇさんから聞いておる」
 僕は小芝居に乗るのをやめて、真顔でももかさんに聞き返した。
「イヤだったんですか?」
「あ、イヤ、その……」
「イヤなら、何で最初にももかさんは言わないんですか?」
「い、いや……とにかく、おーまくんが悪い、悪い子なのー!」
「じゃ、プレゼントは?」
「当然、ナシ!」
「えー?」
「……じゃあ、来年はイイ子にする?」
「はい!」
「じゃあ、大真くんにはコレあげよう」
 ももかさんがサンタ袋をごそごそするのに、後ろを向いたところを僕はがっしり抱きしめた。
「ちょ、ちょっと」
「プレゼント、いただきまーす」
「ちょっと!そんな事一言も言ってない!」
 僕は器用に部屋の鍵をあけるとそのままももかさんを部屋に押し込んだ。


 サンタが僕のところにやってきた。
 メリークリスマス。


* * * * * * * * * *
 やっぱりSSは書き出すタイミングを失うと、ダメですね(うなだれ)(いやダメって言われても)(私的にはすごく重要)。

 というわけで今回も無駄に長くなってしまいました。無駄に脳内で精製させすぎました。
 ちなみに紫くんの描写は、私が東京王家で見たまんまをそのまんま再現(笑)。もとい、その時から「忘年会ネタで紫くん江戸川ダイブ」を考えていました(早!)。

2004.01.13