ビバテラメリクリ2004
 『ちかとかつきのクリスマス』




 ちかが欲しいものはなんだろう?

 12月に入って突然ちかが言った。
「ねぇ、かっちゃんはサンタクロースにお願いするもの決まった?」
「え?」
「サンタクロースはいるんだよ、だからちゃんと考えなくちゃね」
 最初は何かの冗談かと思った。次に、まさかちかはまだサンタクロースを信じているんだろうかと思って、その次にこれは遠まわしにわたしに「クリスマスプレゼント」をするためのリサーチかと思った。けれども
「ねえ?かっちゃんはサンタに何お願いするの?」
 数日後、また同じ質問。目の前のちかはからかっている風でも探っている風でもない。
「そ、そんじゃちかは何をお願いすっと?」
「ナイショ、でももう決まっているもん」
 ちかの中には、まだサンタクロースを信じるちかがいるのだろうか。それともちかには『サンタクロース』がいるのだろうか。いや、それだったらわたしと一緒にデパートやらコンビニやらで集めてきたカタログで、24日に取りに行くクリスマスケーキを選ぶことはしないはず。
「ねえ?決まった?」
 それからちかは何度も同じことを何度も聞いてきた。なんだかわからなくなっていたから
「ちかが教えてくれないなら教えなか」
「そんなこと言って、まだ決まっていないんでしょ?」
「そ、そげなこと」
「嘘だー、かっちゃんの嘘はちかすぐわかるもん」
「ち、ちかこそ内緒にするのは、本当は決まってないからじゃないと?」
「違うもん、決まっているもん、でもこういうことは言わないものなの」
「じゃあ、なしてこっちに聞くん?言わないものなら、こっちだって言わなか」
「違うの、違うの!ちゃんと考えなくちゃいけないの、ちゃんとサンタさんにお願いしないといけないんだもの、誰にも知られないように、お願いしなくちゃ意味がないんだもの」
「そ、そげなこつ言われても」
「だって、クリスマスの朝起きて、ちかにはちゃんとプレゼントがあって、かっちゃんになかったら、かっちゃんがかわいそうだもの。そんなのイヤなんだもの」
 ますます、わからない。ちかは本気でサンタクロースを信じて……いる訳ない、と思いたい。
「ねぇ?かっちゃん決まった」
「決まった、決まったと」
「ほんとに?」
「本当たい」
「嘘つかないでね、ちかに、嘘つかないでね」
 ……半分は嘘。ちかがあまりにしつこいから、わたしはとりあえずクリスマスにサンタクロースに欲しいものを、ちかの言うとおり「ちゃんと」考えた、ことにした。
 わたしがサンタクロースを信じていたのは、いつの頃までだっただろう?思えば物心ついた時には、サンタクロースはいないとわかっていたし、それはそれで両親からもらうプレゼントで満足していた。大人になってからは、誰かから貰うプレゼントで、それで立派なクリスマスだったのだ。ちかは……ちかは今までどんなクリスマスを過ごしてきたのだろうか。誰からプレゼントをもらっていたのだろうか。……いや、それは別にわたしが考えることじゃないし。
 そこまでにサンタクロースにこだわるちか、あるいは信じているかもしれないちか。じゃあそのちかの欲しいものはなんだろうか。寂しがり屋で、甘えん坊のちか。皆にちやほやされるのが大好きで、それゆえに皆よりも寂しがり屋のちか。そんなちかは常にわたしを求めている。きっと本当は他にも色々求めているのかもしれないけれど、ちかはわたしの息が止まりそうなぐらいに求めてくる。わたしだけじゃない、それはわたしにだけじゃない、そう何度も言い聞かせるのは、『ちかがわたしだけを求めている』その事実がひどく甘く、わたしを蝕むから。愛情?優越感?わからない。そんな風に確かにわたしを手に入れているちかが、欲しいもの。わたし以上に欲しいもの……いやだ、何を考えているんだか。
 気を紛らわせるために、クリスマスの街に出た。ちかに何かプレゼントを買ってあげようと思ったのだ。もしちかが本当にサンタクロースを信じていて、そしてそれがかなわなくて、それに悲しんだ時にあげられるように。そう思うと、少しだけうきうきとした気分になる。それに、クリスマスという雰囲気は、やっぱりうきうきとするものだし。
 だけど、結局ちかの欲しいものなんてわたしにはわからないのだ。気が付くと、自分の好みでプレゼントを買っていた。よくあることだなぁと、思わず自分で笑ってしまった。でも、これはわたしが欲しいものなんだろうか……ちかの前では、とりあえず決まったことにした「サンタクロースにお願いしたいもの」……わたしが欲しいものは、本当に欲しいものはなんだろう。
 結局、ちかの欲しいものも、わたしの欲しいものも、何もわからないまま、クリスマスイブをちかの部屋で過ごした。ちかの料理を食べながら、クリスマス気分なバラエティー番組をなんとなく見ながら、そしてなんとなく予想はしていたけれど。
「ち、ちか、何すっと?」
「ちかと一緒に寝よ?」
 うう、いつもの展開だ。別に嫌いじゃないけれど、でもやっぱり最初ぐらいは抵抗したい。それもいつもの展開なのだけれど。
「そ、そげなこと言って、せっかくのクリスマスとね?もうちょっとゆっくり……」
「だって、サンタクロースさんは『待ちきれないでおやすみした子に』だよ?」
「……」
「だから、かっちゃんと寝るのー」
 ちかは相変わらず強引で、そしてわたしを追い詰める。
「ちか、そんな……」
 ちかは相変わらず、ちょっと意地悪だ。
「そ、そげな事して、ちかは悪い子たい、悪い子にはサンタさんはこないとね?」
「なんで、ちか、悪い子なの?」
「だって、そんなこと」
「かっちゃんがイイことしているのに?ちかは悪い子なの?」
 ちかの目が真っ直ぐにわたしを見つめる。ちかはわかっている、そんなカワイイ振りして、わかってやっている。そういうちかに、わたしが弱いことも。
「ちか……は、悪い子とね」
 せめて抵抗ぐらい……何の意味も説得力も無いのだけれど。
 目が覚めると朝だった。射光カーテンでびっしりと遮られたちかの部屋は、こんな時間でもぼんやりとしか視界がきかない。だるい身体を無理矢理起こして、着替えようと昨日脱がされた服を探す。あちこちバラバラに、拾いながら着ていくのは結構間抜けな光景かもしれない。
 結局、サンタクロースは来たのだろうか。いや、サンタクロースなどいないし来ない。だからちかの欲しいものを考えることもないし、わたしが欲しいものを考えることも、もうないのだ。
「ん……」
「ちか?起きた?」
 ちかが目を擦りながら起き上がる。薄暗闇の中、懸命に目をこらしてわたしを見て、そしてはっとした顔をした。そして、
「サンタクロース、来てくれたみたい」
「え?」
「だって、ちゃんとちかの欲しいものプレゼントしてくれたもの」
 わからない、という顔をしていたら、ちかがわたしの足元を指さした。
「あ……」
 気付かなかった。わたしが今履いている靴下は、昨夜ちかが枕元に置いていたものだ。サンタクロースからのプレゼントを貰うために。
 ちかがわざとそう仕組んだのか、それともわたしが取り違えたのかはわからない。
 でも、ちかは言った。「欲しいものをプレゼントしてくれた」と。
 ちかがわたしに抱きついてきた。
「かっちゃんは?かっちゃんにはちゃんとサンタクロースが来てくれた?」
「うん……」
「そう、良かった」
 ちかはそれ以上何もいわなかった。わたしはちかを抱きしめ返した。
 ちかが欲しかったもの。
 そしてわたしが欲しかったもの。
 なんだ、そういうことなんだ。それでいいんだ、そうだったんだ。
 やっとわかった。
 ちかの暖かい身体を抱きしめたまま、わたしはサンタクロースからのプレゼントに口づけた。

 メリー、メリー、クリスマス。





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 同時期に開催されていた、おごりんちの「かのちカーニバル」献上品。
フォルダ掃除をしていたら出てきたので、せっかくなのでここにリンク。ちなみに本日2009/7/12(笑)