◇1
夜毎の喧噪から遠ざかる街外れで、あやしげな兵士の姿を見つけた。いくら平和な世とはいえ、見捨てる事はできないほど挙動不審だった。
「おい、そこの兵士」
メレルカが声をかけると、びくりとその男が固まった。しかしそれは警戒ではなく「やばい,
」という、どこか緊張感のないものだった。ますますあやしい。
「どこの隊のものだ?こんなところで何をしている?」
詰問に逃げ出さないのを確かめて、メレルカは近づき男の手を高くねじりあげた。闇夜でわからなかったが男は小柄で、腕の長さがメレルカより短いせいか、さらに高く腕を引き上げると、少しつま先立ちになり、ぐいっとメレルカの鼻先にその顔が近づいた。ふわっと優しい香りが漂う。月明かりに、男の顔がはっきり見えた。いや
「……!おまえ女か?」
握る手首が道理で華奢なはずだ。しかしそれならなおのこと怪しいと、メレルカはその手を緩めなかった。
女はくすくすと笑った。
「女、何をしている?」
「ほんの戯れでございます。アムネリス様をお慰めする宴席の一興ですわ。誰かが、街にでてこの変装がばれないか試してみようと言いだして、それで興が乗りすぎて道に迷ってしまいましたのよ?」
アムネリス様、と聞いてすぐにメレルカは思い出した。彼女の顔は確かにアムネリス付きの女官の中にいた顔だ。もちろん、名前は知らない。
「ここでメレルカ様にお会いできて助かりましたわ。わたくし、困っていましたの」
いや、少しも困っても焦ってもいる風情はなかった。むしろこの「迷子」を楽しんでいるような…。艶然と笑う女官にからかわれているような気になって、メレルカはその事は言わずに代わりに
「私のことを?」
「ええ、よく存知あげておりますわ。先の凱旋を、わたくしたちアムネリス様と一緒にお迎えしましたもの」
何もかも見透かされているようで、けれどもメレルカは女官の顔しか知らなかった。ますますからかわれているような、自分のほうが不利なような気になって、妙な焦燥感におそわれる。けれどもそれを悟られたくはなかった。
「では宮殿までお送りしましょう。この辺りはまだ物騒な輩がうろついていますから」
メレルカは、女官の頭から兵士の装束を取り、自分のマントをとってその服装を隠すように肩に掛けてやった。確かに良く変装できているが、その身体の線はまさしく女性のものだ。もっともそれに気づかなかったのは自分なのだが。
「帰ったら他の女官たちに自慢してもいいかしら?あのメレルカ様にも見破られなかったって」
またしても見透かされた。女官はまた笑った。よく笑う女だ。宮殿ではすました顔しか見かけなかったのに。
街中を二人は寄り添うように歩いた。もっともメレルカは少し離れたかったのだが、夜のにぎわいのなか、二人がはぐれないようにする為には身体を寄せあうしかなく。兵士の装束を隠した女官は、すれ違う男たちが振り返るほどに艶やかな美貌だった。
女官は饒舌にいろいろな、そして障りのないことをしきりにメレルカに話しかけていた。メレルカはあいまいな言葉しか返せずにいた。
「どうですか?おふたりさん」
ひとめでわかる逢い引き宿の客入れが声をかけた。女官はそれをわかっているのかいないのか「何かしら?」と足を止めた。慌ててメレルカはその手首をつかんで引き寄せ足早にその場を逃げた。女官はまたしてもくすくすと笑った。
「にぎやかですわね」
女官はうれしそうに辺りを眺めていた。その横顔がメレルカには眩しかった。通りに並ぶ屋台の明かりのせいだと思おうとした。
「これが、『平和』になった証なのでしょう」
当たり障りのない受け答えをした。
「メレルカ様は、『平和』になって良かったとお思いになります?」
間髪いれずに女官が切り返した。メレルカは一瞬答えにつまったが
「さあ、私にはよくわかりません」
そう言って笑い飛ばそうとしたら、女官に先に笑われた。
「何がおかしいのですか?」
「だって、兵士であるメレルカ様は、『平和』の為に戦っていらしたのでしょう?この『平和』は勝利の結果ではないかもしれないですけれど。それなのに『わからない』だなんておかしなこと」
核心をつかれたような、またしても焦燥感に襲われるメレルカ。なんだ、この女官は……。
「それにみんな言いますわ、『平和』になって良かった、戦わなくてすむからいいって、命を落とさなくてもいいって」
メレルカは何も答えられなくなった。その焦燥感は今目の前の女官に感じているものと、あのエチオピア開放宣言からずっと感じているものだ。『平和』とは、何だ。今まで戦ってきたことはなんだったのだ。これが正しかったのか、友は、正しかったのか……。自分は
「ご存知?わたくしどもの『ご主人様』も、『平和』になって良かったとは思っていらっしゃらないらしいの。毎日物思いにふけられて、うかない顔をされてわたくしどもも心配で……今日だってそんなご主人様の為の座興ですのよ?ねぇ?メレルカ様?何かご主人様をお慰めするような事はないかしら?」
女官の言葉の終わりはまるで世間話であったけれど、その最初の言葉をメレルカは聞き逃さなかった。アムネリス様が……けれども何故、この女官はこんな話を、この女官は何を考えているのだろうか。
「貴女は?貴女はどう思われますか?『平和』になってよかったと思われますか?」
メレルカに逆に切り返されて、女官は少し驚いた。
「何故そんな事をお聞きになるの?」
「では何故わたしに聞かれたのです?貴女は……」
「貴女、ではありませんわ」
「え?」
「イトネーン」
「イトネーン?」
「わたくしの名前です。以後、お見知りおきを」
「ではイトネーン殿、貴女は『平和』を」
イトネーンはメレルカに近寄るとその指で、メレルカの唇をそっと押さえた。
「まずは、ご自分のお答えをだされたらいかがですか?本当の、あなた様のお答えを」
「……」
「そしてそれをお聞かせください。そうしたら、わたくしの『答え』をお教えしますわ」
「……からかっておられるのですか?」
「いいえ、ただメレルカ様のお答えをお聞きしたいだけですわ」
「それがイトネーン殿にとって何か意味がありますか?」
「ありますわ、とても。知りたいのです、メレルカ様のことを」
「わたしのことを?」
「そしてあなた様がご覧になっている世界のことを」
まるではぐらかされているような言葉。けれどもイトネーンの目は真摯にメレルカを見つめていた。その目にメレルカは吸い寄せられるように、そっと指をイトネーンの顎に触れさせて……。
遠くからイトネーンを見つけたと声がした。他の女官の声だろう。いつの間にか宮殿のすぐ近くまで来ていた。
「メレルカ様、ありがとうございました」
「イトネーン殿、わたしは……」
答えを出すまでは会えないのか、不意にそんな想いがわいて去ろうとするイトネーンを引き止めるメレルカ。しかし言葉は続かない。
「またいずれ、お会いしましょう。メレルカ様がお答えを見つけられても見つけられなくても」
また、見透かされた。
「いずれ?」
「近いうちに。今日のお礼もさせてくださいませ」
マントを脱いでメレルカに返す。そして他の女官たちに迎えられながら宮殿の中へと戻っていった。そのマントを羽織ると、ふわりとイトネーンの香りがした。それに包まれる不思議な感覚に酔うように、ひとり『平和』な街を抜けて家路についていった。
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メレイト(真顔)。
そこまでして組ませたいか!(うん)(割と即答)。
マシンガンで熱弁していた観劇印象よりは、少し年齢が下がっているのはSS仕様というか大百仕様というか。
つうかそこまでして書きたいか!(うん)(割と即答)。
観劇中につらつら浮かんだなんて言えやしない、帰りの新幹線の中で携帯でこれを打ち込んでいたなんて言えやしない(埋没)。
※あでもメレイト言い出したのは私じゃないです(うわぁ、逃げた)。
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