『船乗りと花売り娘』



 ねえ、もうすぐ。ほら、もうすぐ。
 あなたはわたしをみつけると、すぐにまっすぐ走ってくるの。出迎える人、旅立つ人、物売る人、物買う人、いろいろな人たちでごったがえすこの港町で、たくさんのいろいろな人たちの中から、わたしを見つけてただまっすぐに走ってくるの。顔を真っ赤にして、息を切らせて。ひとつの航海が終わるたびに、この港に船が戻ってくるたびに、あなたはわたしのところへくるの。
 おかえりなさい船乗りさん。
 お花はいかが?
 あなたはわたしの差し出す白い花を受け取ると、いつも同じ言葉を言うの。
 ただいま。
 にっこり笑うから、わたしも笑うの。
「もう行かなくちゃ」
 短い休暇はすぐに終わりが来て、その日あなたはいつものようにわたしのところへ来て、白い花を買ってくれて。そしていつもと同じように今日が出航なのだと告げた。いつもと同じ繰り返しに、わたしはとてもいらだっていた。「ねえ、他に言う事はないの?」
「え、ええ?何」
「ねえ、他にすることはないの?」
「だってもうこれ以上花は買えないよ?僕、そんなにお金ないよ?」
 それでも最後の日だからと、あなたはいつもより多く花を買ってくれた。ううん、違うの、わたしが知りたいのはそんな事じゃないのよ。
 どうしてあなたはいつもわたしのところに来てくれるの?
 どうしてあなたはいつもわたしのところで休暇を過ごすの?
 どうして……答えが知りたいのに、わからない、いらだちと不安。
 きっとわたしは怒っているように映ったのだろう、あなたはとても不安そうな、子供のように怯えた顔をした。でもきっと、わたしの知りたいことは何も教えてくれないんだわ。だから、わたしも教えてあげない。
 どうしてわたしはあなたに会うとどきどきするの?
 どうしてあなたを待ち焦がれているの?
 どうして……だなんて教えてあげないんだから。
 ほら、もう行けばいいじゃない、と突き放したら、あなたはほんとうに突き放された悲しそうな目をして。ちくんと、こころが痛んだけれど、でももういいの。だって彼はまた長い長い航海にでてしまうんだもの。そんなこと気にしない。
 汽笛が聞こえた。船乗り達を呼び戻すための汽笛だ。彼は慌てて
「え、あの、その、またね、また来るね、また来るからね!」
 そして彼はわたしの手をつかんで引き寄せると、わたしの耳元にキスをした。 どうして?
 彼はそのまま駆け去ってしまった。


 だめだ、きっとだめだ。
 僕きっと、あの娘を怒らせたんだ。
 船に戻っても、船が港を離れても、あの娘から遠く遠く離れても、あの娘の最後の顔が消えやしない。
「やあ、僕ちゃんにしては浮かばない顔をしているじゃないか」
「僕ちゃん、じゃありません。いい加減子供扱いはやめてください」
「僕ちゃん、だよ。まだまだね。それで今回はあの娘とどうだったんだい?」
 そうだ、この人に文句を言わなくちゃ。だって僕はこの人に「女の子はこうすると喜ぶよ」と教えてもらったのだ。別れ際にあの娘の耳元にキス。彼女があんまりにも怒っていたから、だから僕は一生懸命それを取りなしたかったから「女の子が喜ぶこと」をした。けれども、最後に彼女が見せた顔は怒った顔。まるきり逆効果だ。
「それで?」
「だから彼女、すごい怒っていて」
「怒っていた、ってなんでわかったの?」
「そりゃもう顔を真っ赤にして、目をぐわっと見開いて、何か言いたげに口をぱくぱくさせて……僕に嘘を教えたんだ。全然、喜んでくれなかった」
「本当に子供だなぁお前は」
「何がですか」
「ま、それはさておき。で、お前はどうだった?」
「え?」
「キスをして、どう思った?」
 ……それがなんか変、なんだかすごいドキドキしちゃって、なんかカァって熱くなっちゃって。
「もしかしたら、僕、病気だったのかもしれない。だからあの娘を怒らせるような事をしちゃったんだー!」
 ああ、後悔ばかりだ。航海中にしてもしょうがない後悔だ。
「本当に子供だなぁお前は」
「だから子供扱いは」
 その人は、僕の頭をぽんぽんと撫でた。ほら、子供扱いしないでくださいと反論しようとしたら、こう言って去っていった。
「よく考えてみるんだな」
 考えるって何をだ?
 だって、僕が彼女を怒らせたのは変わりないのだから。
 ああ、なんだか胸まで苦しくなってきた。やっぱり僕病気なんだ。
「やあ、元気ないね、どうしたの?」
 いつもお世話になっている先輩が、大きな口をにっこりあけて笑いかけてきた。そうだ、この人なら、どうすれば彼女を怒らせないかを教えてくれるに違いない。あの人にはもう聞かないんだ、僕。
 僕はかくかくしかじかと話しはじめた。話しているうちに思い出してきて、今度は気持ちまでゆううつになってきた。ああ、これもきっと病気だからだ。
 けれども先輩は、僕を病気とは認めてくれなかった。どうしてですか?僕こんなに苦しいのに。
「お前、本当に気付かないのか?」
「何がですか?」
「それって、恋だよ」
「こい?」
「お前はその娘の事が好きなんだよ、きっとその娘もお前の事が好きなんだよ」
 そして僕の頭をぐしゃぐしゃっと撫でて、そしてまた笑いながら仕事に戻っていった。子供扱いしないでくださいと言うよりも、僕の中をその言葉がぐるぐる回る。
 恋?
 好き?
 ぐるぐる、ぐるぐる。ああ、太陽がまぶしくて。
 僕はその場にばたんと倒れてしまった。
 ああそうか、僕。


 ねえ、もうすぐ。ほら、もうすぐ。
 わたしあれからずっと待っているの、あなたの帰りを待っているの。あなたがわたしのもとにまっすぐ向ってくる前に、わたしがあなたのところへ走ってゆくの。だってあなたがひどいから、わたしあれからあなたの事ばかり考えているのよ、あなたのことを考えるとかあっと熱くなって、なんだかふわふわ浮ついて、でもなんだかすごく寂しくて泣きたくなって。きっとあなたのせい、あなたが悪いの。だから一番最初に文句を言うの。
 わたし、怒っているの。あれからずっと、とても怒っているの。
 だからあなたに会うのが待ち遠しいの、もうずっとずっと待っているの。
 わたしはあなたをみつけたら、すぐにまっすぐ走っていくの。出迎える人、旅立つ人、物売る人、物買う人、いろいろな人たちでごったがえすこの港町で、たくさんのいろいろな人たちの中から、あなたを見つけてただまっすぐに走っていくの。
 走って行ったわ、そしたら彼も走ってきたわ。
 おかえりなさい船乗りさん。
 お花はいかが?
 いつもと同じその言葉がでたのは、あなたがわたしにキスをしてから。
 ただいま。
 いつもと同じその言葉がでたのは、わたしがあなたにキスをしてから。


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ちがうよ!私のドリームが炸裂しているんじゃないよ!
ほんとにふたりともこれぐらい可愛かったんだよう!
……いいんです、私にはこう見えたんです(そして辛うじてこの場面を見ていた人に
は「あ〜むっさんにはそう見えていたんだ〜」と全員撤収必然)。


船乗りみらんにチッス(チッス言うな)を教えたのはもちろん船乗り涼です(多分実
地訓練)(は?)。
で、大きな口の先輩船乗りはもちろんシィ班長です(だめ!それむっさんちのキャラ
じゃないから!)(笑)。