◇3


「ほら、ケペル、大丈夫か?」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
「お前、飲みすぎだぞ?」
「いいんだよー、へいわなんだからいいんだよー」
 酔っぱらってすっかりいい気分なケペル。それを困った奴だな、という顔をしながらそれでもふらつく身体を力強く支えてやるラダメス。そしてそれを黙って見つめているメレルカ。
 酒場の隅の3人の男たちは、どこにでもあるような光景だった。誰も彼らがあの戦士である事は知らなかった。
「たのしーなぁ、」
 すっかり酔っぱらったケペルは、そう呟くと崩れるようにつっぷした。おい、とラダメスが声をかけると、返事の代わりに寝息を聞かせた。
 そんな有様ではあるが、彼らがここに来てからほんのひと時しかたっていない。
「……寝ちまったよ、なんだ、こんなにはしゃいで」
 呆れた声が暖かい。それをメレルカは目を伏せて聞いていた。顔をあげると、ラダメスと目線が合った。ラダメスが呑むか?と問い、メレルカは眉を少しだけあげて答えた。琥珀色の液体が注がれて、それが喉を焼いていく。メレルカが呑むか?と問い返し、同じようにラダメスが微笑んで答えて、注がれた酒を飲み干した。
「だいたい飲み過ぎだよな、こいつ、弱いのに」
「嬉しかったんだよ」
「そうか?男と飲むことがそんなに嬉しいのか?」
 からからとラダメスは笑った。
「……俺も……嬉しかった」
 そう呟いたメレルカの声は、ラダメスには聞こえなかっただろう。
 不思議な安堵感がメレルカを満たしていた。酔いも手伝って身体がふわふわする。ああ、本当はこんなに単純なことだったんだ。確かめたのは、ラダメスの言う「戦士の名誉が永遠」である事ではない。ただ、信じていればいい、信じてやればいい。今、目の前にいる友は紛れもなく「友」なのだから。
 それがまた失われるかもしれないとわかっていても。
 ラダメスが酔いつぶれたケペルの髪を撫でていた。
「はしゃぎすぎだよな」
 嬉しそうに目を細める。
 そうか、お前も嬉しかったか。それも確かめられたのだから、それでいい。
 だからメレルカは言った。
「『待ち合わせ』はいいのか?」
「こいつを放っておけないだろ?言ったじゃないか?朝まで飲むんだろ?」
 そういうラダメスの言葉には何の迷いもない。本当はないはずないのに、そう言ってやっぱり笑うラダメスに、メレルカは更に言った。
「いいさ、ケペルは俺がみているから」
「でも」
「いいから」
 まっすぐに見つめてくるメレルカの目。有無を言わせない、これ以上の問答はゆるさないというその目に、そしてその陰にある思いやりにラダメスは頷いた。その顔が少しだけ違ったように緩む。
「大事なひとなんだな」
「ああ」
 まっすぐに答えるラダメス。
 戦士の名誉より、戦いより、平和より、俺たちよりも大事な……そんな言葉が出そうになったメレルカは、ひとり苦笑した。それは確かめなくてもいいことだ。
 けれど。
 ラダメスが立ち上がった。思わずメレルカも立ち上がった。ラダメスが「ん?」という顔をして、メレルカを見た。ラダメスの方が少しだけ背が高い。
 信じていいんだな?そう、もう一度確かめようとした。けれども自分を見つめるラダメスは、昔も今もちっとも変わらない。
「…………信じているぞ」
 口を出たのはその言葉だった。
「信じているぞ、俺も、……私も、」
 メレルカから出たのは、確認ではなく、ただその言葉だけだった。
 ラダメスがくしゃと笑って「ああ」と答えた。そしてメレルカの肩を力強く叩いた。


「おい、いい加減にしないか」
「あ……?ラダメスは?」
「とっくに帰った」
「え?なんでだよ、今日は朝まで」
「お前が言うな、朝まで寝ていそうな勢いだったくせに」
 ケペルを立ち上がらせようとしたら、やはりまだ足がおぼつかない。仕方ないなと肩を貸すメレルカ。大人しくそれに身体を預けるケペル。自分より少し長いその腕を持て余すように、メレルカはケペルを抱えなおした。
 ケペルがふわりと笑った。
「なんだ?」
「いい夜だな、今夜は」
 ケペルを肩に預けたまま歩く、人気のない真夜中の道。二人の影が伸びていた。空にはまだ満ちたりない月が煌々と輝いていた。
「楽しかったな、お前も、俺も」
「……まあな。お前が面倒かけなければな」
「なんだよ、無理しちゃって」
「何をだ何を」
 こんなに酔っているのに、言葉は何故かはっきりとしていた。それでも酔っ払いには代わらないケペルを引きずるように歩いていく。
 そういえば、いつかにもこんな事があった。あの時戦場で、傷ついた友を支えて砂を踏みしめて歩いていた。あの時支えられていたのは、ケペルかラダメスか自分だったか。あの時支えていたのは自分かラダメスかケペルだったか。それがわからないぐらいに、はっきりと何重にも重なる急によみがえった記憶。ただあの時と違うのは、自分もケペルも剣を下げていない。
 今、あの時と同じようには腰に下げた剣が触れる揺れる音がしない。その音が絶望の中でも希望の中でも、共に歩みを進める為の音楽のように聞こえていたことまで、はっきりと思い出せるのに……。
 それもまた、平和というものであるのだろうか。
 メレルカには、やはりわからないままだった。


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 ラダケペメレ(学年順)。
「お前の都合なんか忘れろ」に続く居酒屋三つ巴トーク(違ってはいない)。
【はみだし大真に捧ぐマシンガン】
 「そうとも時代は変わった〜」の場面、ケペルもメレルカも剣を下げてはいないのですが、この時のメレルカが、よく左側(剣を下げるほう)のマントをたくしあげて、腰骨のところで止めるように手を当てていたんです(伝わりにくい)。単純に「男役としての綺麗な映り」としてのポージングだったのかもしれないですが、それが私には剣を下げていない事の強調、剣が無いことへの違和感のための無意識の癖、に見えたんですってむっさんいきなり始めないで!

 よっぱらったおかっちさんを書くのがどうにもこうにも楽しくて仕方ないです(へろへろ)。つうか登場以来ケペル素面じゃないよ!(爆笑)。
【はみだし大真に捧ぐマシンガン】
 で、「お前の都合なんか忘れろ!」とラダメスを連れて行くメレルカの「ほら行くぞ!」なアドリブ(?)が、割と今までの大真みらんさんにはないカテゴリっぽい言い方で、妙にツボりましたっていきなりはじめないでなんですかまだいいたりないんですかつうかなんのサブリミナル効果を狙っているんですか!

 ラダメスはいいなぁ。こんなにメレケペに愛されていて(むっさんおおきくなったららだめすになるー!)(はいはい)。
 言い忘れましたが、メレケペは戦場ではラダメスに対しての敬意から一人称は「私」という設定です。戦場は職場でラダメスは上司なんですよ(真顔)。


(2005.02.25)
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