フェアウエル20090426













GOSKIP
























































































『ねこ曜日』


 たまたま訪れたその街を、彼はすっかり気に入って。
「あすか、ここに住もう」
 その場で不動産屋にかけこんで、あっという間に部屋を決めて、
 とりあえず必要なものだけ、お互いの家で荷造りをして、
 それから、足りない家電とかを買いに行って
 それで今日が引越しの日。
 最初にこの街を訪れたのが一週間前。
「って、ありえなくない?」
「ってあすか、それをツッコむなら最初にツッコまんと」
「もしかして、冗談だったの?」
「うん、まあ」
「ええー?」
「まあ、でも」
 彼はにっこりと笑った。
「結果オーライ、や」


 いつかはそうなると思っていたし、
 いつかはそうすると思っていたけれど、
 わたしたちの所謂「同棲生活」はありえない感じに始まろうとしている。
 それでも
「あすか、見て見て。小学校の庭が見える」
 3階建ての決して新しくはないアパートで、前の道は車が入れないぐらい狭い道で。
 けれども日当たりだけはほんとによくて、周りも住宅街だからすごく静かで。
 窓を開けて彼が指差す先には、確かに小学校が見えて。
 そんなことにはしゃぐ彼がなんだかとてもかわいらしくて。
「小学校、が見えるといいことあるの?」
「子供には、通うのに近いほうがいいやん?」
 さらりと、そんな事を言う彼に、怒ればいいのか何を言えばいいのか。


 今日は引越し当日で。
 一足早く「新居」に来たけれど、引越し屋さんが来るのは夕方、家電量販店から買った洗濯機とか届くのは明日。今日は荷物だけ入れて、とりあえずは帰るつもりだったから、引越し屋さんに合わせてくれば良かったのに、お昼を食べたらすぐに行こうと彼が言うから、午後のまどろみのなか、まだなんにもない部屋にぽつんと二人でいるだけで。
「あー、我ながらいい部屋選んだなぁ」
 そう言って、彼はごろんと床に転がった。確かに日当たりは満点で、でもそんなところに転がらなくても
「ちょっと、掃除だってまだしてないのに」
「不動産屋のクリーニング入っているんだから、平気平気」
 そして手招きをされて、それが何かわかるから、しぶしぶ傍に行って、ちょこんと座ると、いそいそと頭を乗せて膝枕をしてきた。
「で。引越し屋さん来るまで何するの?」
「そうやなぁ……」
「じゃあ、なんでこんなに早く来たの」
「なんでやろうなぁ……」
 彼はいつもこんな調子で、早くもうとうとまどろみ始めた。
 そのやわらかい髪の毛をなでてやると、彼はうれしそうに「にゃあ」と鳴く。


 ほんとうに、もう、ありえないんだから。


 彼の髪を撫で続けながら、この手の震えが伝伝わらないように細心の注意を払いながら。
 この「ありえない」、わたしの心が感極まり震えているのをあなたは知っているのかしら。
 今こうしてあなたといること。
 今ここにあなたと出会えたこと。
 今ここにたどりつくように生まれて来た事。
 すべてが「ありえない」、すべてが奇跡。


 そして「ありえない」ことが「あたりまえ」になっていることに。
 奇跡が必然になっていることに。
 もうあなたと出会って何年もたつのに。
 わたしの心はこうして震える。あまやかな、しあわせな音をたてながら。


 今日は引越し当日で。
 ありえない調子で、あたりまえに始まるわたしたちの生活の始まりで。
 午後の日差しはとても暖かく、膝の上のあなたの頭もあたたかく。
 遠くから聞こえる子供の遊ぶ声、どこかで鳴く鳥の声、さらさらと木々の揺れる音。
 あなたのやさしい息遣い。


 つい、わたしもうとうとしてしまって。かくん、と首が落ちる振動に彼がめざめた。
「あすか?」
「あ、ごめんなさい」
「交代」
「え?」
 そしてあなたの膝枕の上に寝かされる。
 あなたの手がわたしの髪を優しく撫でる。その手がかすかに震えていることに、気付かないではいられなかったけれど、あなたも何も言わなかったのだから、わたしも何も言わなかった。その代わりに、このしあわせを込めて一声ないた。
「にゃー」



 広い広い世界の中に
 たったひとつだけ さがしあてた大切な場所 やすらげる場所
 ほんとのわたしに 帰れるところ



++++++++++

ねこ曜日(@谷山浩子)

ねこ曜日 何もしない
ねころんで まどろむだけ
あなたのひざ 温かい
ほかに 何もいらない

にぎやかな表通り
飾りたてたお店より
ふたりすごす この部屋が
わたしたちの一番

広い広い世界の中に
たったひとつだけ さがしあてた
大切な場所 やすらげる場所
ほんとのわたしに 帰れるところ

広い広い世界のどこか
どんな人にでも 必ずある
大切な場所 やすらげる場所
たとえ今はまだ 気づかなくても


ねこ曜日 何もしない
ねころんで日ざしの中
ややこしい仕事のこと
今は忘れていよう

甘えてね ねこのように
首筋をなでてあげる
静かに夜のとばりが
部屋をつつむ時まで

広い広い世界の中に
たったひとつだけ さがしあてた大切な場所 やすらげる場所
ほんとのわたしに 帰れるところ
広い広い世界のどこか
どんな人にでも 必ずある
大切な場所 やすらげる場所
たとえ今はまだ 気づかなくても



 著作権云々は見逃していただきたく……っ!
 この曲を初めて聞いたとき「なんてとうあすソング!」と心震えたのです。いつかこれでとうあす物語を書くつもりでした。とはいえ著作権的な問題もあるし、トウコさんの関西弁は相変わらずあやしいし(指摘してください直します)、という状況なのですが、やっぱりどうしてもどうしても書きたかった一遍です。
 しあわせなしあわせな、とうあす。
 ちなみにここで同棲を始めた二人がやがて結婚して、35年ローンでマンションを買います。
 それが、かつての星組マンション物語に続きます。
 星組マンション物語
 そのいち、 そのに


 もう、ほんと、なんてとうあすドリーマー!(あたくしが)。







ブラウザバックで戻ってください