9月9日はかけざんの日2008




9月9日はかけざんの日
なぜなら九九だから!



という訳で、九九にちなんで81のかけざん(の一部)をお送りします。




何がでるかな?つきあってられません






















































































『戦場で』
麻樹×舞咲





 我々は、祖国の揺るがぬ正義と自由の為に戦うのだ。
 我々は、真に豊かな社会を創り出すために戦うのだ。
 我々は、そのために命を捧げるのだ。
 我々は、
 我々は、




 敵の一斉射撃に反射的に伏せた。瓦礫に身を投げだす。そして硝煙の中、敵は我々を既に死者とみなして去っていった。実際、そこには死者ばかりだったのだが。
 彼女の鼓動と私の鼓動が、奇跡的に助かったのだと告げていた。
 倒れるときに不自然に、彼女の身体の下になった自分の腕を抜きながら立ち上がる。その腕が赤く濡れている。
 私の血ではない。
「ちょっと!」
 足元にうずくまったままだった彼女を抱き起こす。その胸が血で真っ赤に染まっていた。今も、それは布地を通してどんどん赤く、赤く……
 わかっている、私も彼女も、もう手遅れなことをわかっている。
「我々は」
「ねえ、大丈夫なの?」
「我々は、祖国の」
「いいから、黙って!」
「我々は、正義と自由の」
「いいから!」
「我々の命は」
「ねえ!」
 彼女の目はもう私を見てはいなかった。ただ虚空を見上げるばかり。
 いっそそこに何かあるのならば、そこに彼女が何かを見ているのならいいのに、彼女の目線の先には、ただ青空があるだけだった。
 ああ……そういえば、こんな風に空を見上げる事も久しくなかった。
「我々は……」
 そこで彼女は事切れた。


 物心ついた時から彼女とは一緒だった。
 同じものを見て、同じように感じてきた。喜びも苦しみも同じだけ同じように。
 この国が内乱の戦火に包まれたとき、迷わず革命軍に身を投じた。それからずっと一緒に戦ってきた。ずっと一緒だった。ずっと一緒だった、のに、のに。


「―――――っっ!!!」


 最期まで彼女は「我々」と言った。


 そう、我々は祖国の正義と自由の為に戦ってきたのだ。
 我々の命はそのために……



 違う。



 我々とは、誰なのか。
 失って初めて気づいた。我々とは、彼女と私だった。
 そこには最初から彼女と私しかいなかった。
 だから我々はこんなにも戦ってきた。
 だから我々はこんなにも生きようとした。
 我々が手に入れようとしたのは、
 私たちが手に入れようとしたのは、
 私たちは、
 私たちは、
 私は


 だからもう私は戦うことができない。
 何故なら、そこに「我々」はいないのだから。




 空気を切り裂く乾いた音。

 我々も私たちも彼女も私ももういなくて。
 
 見上げればそこに青空があるだけだった。




++++++++++
ソロモンでその並びに大いに燃えた(そっちの漢字か)麻樹×舞咲です。一応学年順で上下はまだ考察中(はい?)。ちなみに「彼女」が舞咲で、「私」がゆめみねえさんです。
――――って!そんな説明しなくちゃいけないもの書くな!(笑)

まあ、こんな感じに二人並んで戦うのが似合うかなぁと。ことごとくベタですみません。

お気づきの通り、ちらりとマリポーサの戦場背景を借りています。いや、あのなかにゆめみねえさんとマイサキいても違和感ないよ!輝彦君より違和感ないよ!というのはさておき、あのチャモロの演説を聞きながらいろいろ思った事をうすーく重ねています。なんか、やったら自分がやった卒論を思い出したんですよね(笑)……この辺の感覚は東宝で言語化してみたいなぁ。






のこり79のかけざんは、これからのナパームスクエアにご期待ください(笑)。
(というか今まで書いたかけざんで、結構数いきそうだけどね……)



では、いつもどおりにどうぞ→かけざんだいすき。