月が雲に隠れている。
「おい、そこの男」
 ほろ酔い気分で歩いていたさそりは振り返った。そこには目ばかり光った素浪人が三人。
「なんだ?」
「我々は勤皇の志士である。尽国報忠の為、幾ばくかの金子を所望したい」
 この当世によくある手合い。乞食よりも質が悪いとさそりは舌打ちした。
「勤皇にやる金はねぇよ」
「何?貴様幕府側か!」
 浪人がざっと身構え刀に手をかけた。
「テンノウもショーグンも関係ねぇ」
「貴様!畏れ多くも天子様を愚弄するのか!」
 勤皇をかたった雑魚かとおもいきや、いっぱしに思想とやらを持っているようだ。さらに質が悪い。
「もはや捨ておけぬ!」
 一触即発、その時
「おやめなさい、貴方がたのかなう相手ではない」
 この場に不似合いなすゞやかな声。そのとき、不意に雲が晴れ、月が現れた。月夜目にもわかる声の主の明るい色の髪に、男たちがひるむ。
「毛唐か!」
「馬鹿、目の黒い毛唐がいるか」
「は、外国人に身体を売った遊女の子か!不浄の遊び女が」
「な、に?」
 さそりの怒りが発するのと浪人たちが刀を抜きかかってくるのは同時だった。しかし瞬時にして勝負はついた。さそりの一発目の拳は相手の刀より早く骨を砕き、のこりの浪人は突然倒れた。髪の色の明るい男から、細い小束が投げられていた。
「ほら、かなわなかったでしょう?あなたもひどい、少しは加減したらどうです?」
「お前が言うな」
「急所は外してありますよ。全く、こんな喧嘩を買っていたらきりがないじゃないですか」
「……お前が、侮辱されたから」
「傷ついたのは、あなたもでしょう?」
「俺は慣れているよ」

 浪人たちに言われた通り、「彼ら」は唐人行きの遊女の子であった。
 さる外国の高官の落とし胤にして、物心つくまで出島にいた父の記憶と、母親が彼とともに水に身投げした記憶を持つらっこは、その名に反して水を畏れる。
 かたや父も母も知らないさそり、確かなのは彼もまた遠き異国の血をひいていると言うこと。黒髪に黒い瞳、けれども光を宿すと金色に輝く目の色がその証し。
 月が二人を照らしていた。さそりの金色の瞳と、らっこの金色の髪。らっこはその瞳が好きだった。さそりはその髪を気に入っていた。遥か異国の血を引く彼らを、ただ月だけが優しく受け入れて、時代は彼らを受け入れず。それでも彼らは
「行こうか」
「はい」
 二人の長い長い影が寄り添うように歩いていった。先の見えない暗闇へ、先の見えない時代の暗闇へ。





【解説】
 最初に配役(というか役名)を聞いた時に、とっさにひらがなチームのオモロ名前は丸山遊女と外国人の間に生まれた合いの子にして孤児、という設定が浮かびまして(四次元思考回路)。彼らは長崎の街の片隅で、時代の狭間で、親からも捨てられ誰にも守られず、鼻つまみ者として肩を寄せ合って生きていた。そんな孤児達の面倒を見るリーダー格のらしゃと、彼を慕って集まったみなしご達。ゆえに名前もひらがなでオモロという結論に(私の中で)。
 この話をかおりちゃんにしたら思いのほか受け、また乗ってきてくれたので、さくさくっと書いたのが上記テキストです。

 当時、丸山には「唐人行き」という外国人専用の遊女達がいて、しかも彼女らは単なる遊女と言うより現地妻的な存在で、供に暮らして身の回りの世話をしていたそうです。いわゆる吉原や島原で言う遊女よりも、彼女らはもっと明るいイメージだったとか。
 そんな事をぐぐって調べまして、で、らっこの父親は外国の大使か何かで出島にいて、母親はその父親からただひとりの人として愛された遊女、そしてらっこが産まれ、物心つくまでらっこは唐人屋敷で親子三人暮らしていた。けれども父親が任期切れで本国へ帰国。それが最初からの約束と笑って見送った母親は、らっこを抱いて水に身投げをした。らっこが敬語遣いなのは、そういう上流の生活をおぼろげながらに覚えているからなんです。という設定にしておくと涼さんのお金持ちオーラも生かされると思います(生かさなくていい)。
 かたやさそりは、母親も父親も知らず、気が付くと丸山遊郭に捨て子同然で彷徨っていた。時に妖しく光るその瞳は「不吉なもの」として畏れ蔑まれ迫害されて……。そんな世の中に逆らうようにがむしゃらに生きていたところを、らしゃに拾われる、という寸法です。


 つうか長崎ぶらぶら節(違)はこんな話じゃないよ!(ガシャン!)大丈夫、前回(1914/愛)の時は期待しすぎて漏れましたが、今回は期待せずに漏らしてますから!(更に性質悪い)
 誰も気付いていないでしょうし、我々以外の誰も気にしてもいないでしょうが、今回は錫嗄解散公演です(撃沈)………(沈んだところで誰もいないので浮上してきた)。いいんです、かおりちゃんともども最後まで絡みます、いや絡ませます、意地でも(笑)。

2005.05.14