| ニューヨーク・ニューヨーク 〜suzuyatsu_fes.
another_side |
仕事の手を休めて、ふと窓の側に寄った。最上階から見下ろす摩天楼に、ここがNYである事を思い出す。 そんなことを忘れてしまうほど、仕事に没頭する日々。やりがいはあるが、やはり疲れているようだ。時計を見ると一時を回っていた。窓ガラスに写る自分は少し老けたかもしれない。思わずついた溜め息が、その窓ガラスを曇らせた。NYの冬は寒い。 パソコンからメールの着信音がした。こんな時間に僕以外にも起きて仕事をしている奴がいるのかと、受信箱をチェックする。差出人を見て僕はすぐに傍らの電話に手をかけた。 国際電話は、日本へ残してきた恋人のもとへ。メールをくれたという事は、家にいるのだ。そうか、日本では今日は祝日だ。 彼女は僕が寝ていると思っていたからまず電話口で驚いた。そしてこんな時間まで起きて仕事をしている僕を心配し、「ちゃんとご飯食べてます?」と説教を始めて。 僕はそれをうんうんと聞いていた。彼女の声を聞くだけで嬉しかった。その言葉も想いも僕に向いているのが嬉しかった。 「風邪引かないように手洗いうがいはちゃんとして…って涼さん?聞いてます?」 うん、という返事しかしない僕に彼女がいぶかしむように、問い掛けた。 そしてようやく僕に言葉を発する隙を与えてくれたから 「ヤツカ、愛してる」 電話の向こうで絶句する彼女。 「あ、あの。電話代がもったいないから、そろそろ…」 照れ隠し以外の何ものでもない。だいたいこの電話は僕からかけているのに。 「ヤツカは?愛しているっ言ってくれないの?」 そんな言葉を言わせなくとも、彼女の愛はわかっている。僕を心配する彼女の言葉が僕への愛の言葉だ。だけどからかうように、そして甘えるように彼女を問いただす。 「言って、ヤツカ」 きっと電話の向こうの彼女は真っ赤になっているだろう。 「あ、あの」 「ねぇ、言って」 わざと甘えた声を出す。 すると彼女は急に泣きそうな声になって 「な、なんなんですか!そんなにわたしを困らせて楽しいんですか!」 楽しい、と言いそうになった僕を彼女の次の言葉がとどまらせた。 「涼さんひどいです、わたしがどれだけ寂しい思いをしているか知らないで。からかってばかりで!」 ちょっとやりすぎたかもしれないと思うより先に、彼女の口からほとばしるように出た「寂しい」という言葉に僕はぎゅっと心臓を掴まれた気持ちになった。 「ヤツカ」 返事はない。怒っているのでもすねているのでもない、必死に泣くのを堪えているのだ。 「ヤツカ……僕だってすごく寂しい」 そう言った自分の声が驚くくらいか細かった。そうだ、僕は寂しかった。 「……」 「ヤツカ、」 「……」 「泣いていいよ」 「……泣きません」 「……じゃあ、僕が泣いてもいい?」 「そ、それも困ります!」 彼女が慌てて叫んだ。そして、呆れたように笑った。そして 「涼さん」 「何?」 「……あ、あの、愛」 その言葉を遮るように、僕は受話器に口づけた。ちゃんと音が届くように、それとわかるように。彼女はすぐにそれが何の音か気付いたようで 「……もう!人がせっかく!」 「ごめんね、我慢できなかった」 「が……」 「それに、その言葉は直接聞きたい。今度会った時にまっさきに聞きたい」 「……」 「聞かせてくれる?」 「……今度会った時に?」 「そう、今度」 「一番最初に?」 「そう、一番最初に」 「じゃあ、涼さんは一番最初に、何を言ってくれるんですか?」 「今みたいに」 「今?」 「ヤツカにキスしたい」 「……涼さん、きっと寝惚けているんですね」 「起きてるよ」 「ううん、きっと寝惚けているんです。もう寝てください」 そしてまた照れ隠しに彼女が言葉をぽんぽん投げてくる。僕はまたそれをうんうんと聞いて 「それじゃ、またね」 「あ、涼さん」 「何?」 「おやすみなさい」 電話の向こうからそれとわかる音がして、そして彼女が先に電話を切った。 さすがにこれは僕でも照れた。いや、自分がしたことと同じ事なのだけれど。 僕はパソコンの電源を落とした。NYの冬は寒い、だからこのまま彼女がくれた暖かさを持って家路につこう。彼女のおやすみなさいを持って帰って眠りにつこう。きっと彼女の夢がみれるはず。 |
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