| しろくま |
ぱちぱちと、炎のはぜる音に目が覚めた。 少し離れた暖炉の前で、涼さんがしゃがんで火の様子を見ていた。時折火掻き棒でかきまわすと、炎がぱっと立ちのぼり、涼さんの横顔がはっきりと照らされた。ああ、そのまま寝ちゃったんだ、わたし。暖炉の前の、毛足の長い獣の敷物。何の動物か知らないけれど、高いことだけはわかる。それが素肌に触れて気持よく暖かい。 さっきまでそれはわたしの感覚を呼び醒ますものでしかなかった。肌にその毛が触れるだけで、ざわざわと体の芯がざわめいた。今まで味わったことのない感覚を、うまく逃すことができなくて、ぐるぐると体の中を巡って。うつ伏せで押し付けられるような形で、それこそ獣のような−−−−−。 自分があげていた声音まで思い出してしまい、掛けられていた毛布ごとぎゅっと体を縮めた。その気配に涼さんが気付く。 「起きたんですか?」 わたしは毛布を顔の近くまであげたまま、目だけで返事をした。 「起こしてしまいましたか?」 わたしは小さく首を振った。 「大丈夫、ですか?」 その声に、一気に先ほどまでの涼さんを思い出し、顔を真っ赤にするだけだった。 「寒いでしょう?雪が降ってきたんですよ」 「雪?」 思わず、立ち上がって窓のそばに駆け寄ろうとした。がその瞬間、わたしを覆うものが何もなくなって。恥ずかしさと素肌に感じる冷気に悲鳴をあげてしゃがんでしまった。涼さんは笑いながら、傍らの自分のガウンを取るとわたしに着せ、窓の側にうながした。 今更ながら、涼さんはちゃんと着替えてしまっている事に気付く。ずるい。 上質のベルベットの重みを感じながら、裾を踏まないようにして窓に寄る。涼さんはその重い頑丈な窓枠を、北欧風のロッジにふさわしい重厚な窓を開けてくれた。 「うわ」 更に強い冷気、そして暗闇の中浮かび上がる雪景色。雪は静かに淡々と降り注ぎ。 冬の三連休を使って、雪山にある涼さんちの別荘にやってきた。 二人とも、滑れなくはないのだけれど、今年は暖冬で近くのゲレンデも閉鎖。それでも、必要最低限の世話しかしない、干渉しない管理人さんだけがいるこの別荘で、ふたりきりで時間を過ごすのはとても楽しかった。 涼さんは滑れないのなら、狩りでもしましょうかと、銃の手入れを始めたけれど、ここで飼われている猟犬のジョンを、わたしがすっかり気に入って、彼と遊ぶのに夢中になって「お前、ご主人様を差しおいていい身分だな」と涼さんが真顔で言ったのがおかしかったり。 それでも夜はふたりきりで、ロッジというには豪華なつくりのこの建物のなかで、本当に静かで本当にふたりきりで、ふたりだけで。涼さんが何度もこの辺りの雪景色の素晴らしさを語り、わたしも雪が降ったら本当に、ロマンチックだなぁなんて思ったりしてたから。 だから子供のように雪の報せに飛び上がってしまった。 ずっと、降るといいですね、と言っていたから。子供のように無邪気に嬉しかったのだ。 雪は森々と、いや「神々と」と書いてもいいかもしれない。絶えることのないかのように、ひらひらはらはら雪は降る。 とても静かだった。遠くまで静かだった。 不意に涼さんが窓の外に手を伸ばし、窓枠の外側に積もった雪の上辺をすくって、ひょいと口に入れた。まるで子供みたいだったけれど、わたしがそれがとても羨ましくなって、そんな声を上げたら、涼さんはもう一度雪をとってきて、 「はい」 わたしの口に、そっと雪を置く。 冷たい。そしてしゅっと音をたてたかのように溶けてしまった。 味はしない、当たり前だけれど。 わたしの唇に涼さんの指が触れたまま。その指がとても冷たい。無意識にその指を舐める。わたしの唇が濡れている。 つい、と涼さんの指が私の下唇をなぞり、絡みつく私の舌から離れた。涼さんの指が濡れている。 わたしが我に返るより前に、涼さんの唇がわたしの唇を掠める。 短いキスの後、なんとなく二人して顔を見合わせてしまった。そして照れたように顔を背ける。わたしが照れるのはいつもの事だけれど、涼さんが照れるのは珍しい。 まるで、映画のような、小説のような、ありえないような、二人の仕草。 だけどそんな事をさらりとやってしまった。きっとここがどこか浮世離れしているからかもしれない。 部屋にさりげなく掛けられている絵画、あかあかと燃える暖炉、一本木で造られた天井の梁、まるで外国のような、おとぎの国のようなこの世界に、ただしんしんと雪が降るから。 静かだった。あまりの静かさに、自分がここにいる事が不思議になる。どこかふわふわとした、不確かな感覚。どこかに現実の欠片を見つけようとしても、何故かみつからない。さっきと同じだ。熱っぽい浮遊感。毛皮の敷物がわたしの感覚を呼び醒ますのに、巡る感覚と思考。どこかふわふわとして、たよりない、おぼろげだ。 このまま雪がつもって、ここから出られなくなればいいのに。そんな言葉が唐突に浮かんだ。わかっている、この雪は明日にはやんで、明日には管理人さんが玄関の前を綺麗に雪かきをしてくれるのだから、こんなに積もっても、決して埋もれる事などない。それでもそんな事を考えてしまうのは、そして言ってしまったのは、やっぱりどこかわたしの中に現実ばなれした浮遊感があるからかもしれない。 このまま、ふたりで、埋もれてしまいたい。 「……このまま」 「……このまま」 涼さんとわたしの声が、言葉が寸分違わなく重なった。驚いて二人顔を見合わせた。……そしてその言葉に続くのも、やはり寸分なく違わないのだと知る。 やっぱり、映画じみている、なんだか小説じみている、ありえない。 いつにないその感覚に、しっかりしなくちゃと思うのに、今はその中に浸っていたい。 雪は相変らず、途切れない。 涼さんが急にわたしを後ろから抱きしめた。涼さんが、熱い。 「ねぇ、ヤツカ」 甘い声。 「ねぇ……もう一回……」 どこか現実離れしすぎで、どこかに行ってしまいそうだった。それを涼さんが引き戻す。涼さんの熱い吐息、これは小説でも映画でもおとぎ話でもない。 果てしない架空の世界に酔いしれたい衝動を引きずりつつ、わたしは背中に感じる涼さんの「現実」に、どこか安心するのだった。だから 「……はい」 素直に、返事をした。 涼さんはわたしをいきなり抱き上げた。わたしはしっかりと涼さんの首に腕を絡ませた。そう、こういうのは「お姫様だっこ」っていうんだっけ。そんな言葉すら、映画のようで、小説のようで、おとぎ話のようで。 だけど、今わたしの中で目覚める何かは紛れもなく、わたしの「現実」だ。わたしのものだ。 「涼さん……」 「ん?なんですか?」 「今度は……涼さんの顔がみえなくちゃ、イヤです」 「でも、ああいうのも、たまにはイイでしょう?」 「……」 「……素敵でしたよ」 わたしは涼さんにぎゅっとしがみついた。 |
すべてはこの一言から。 「暖炉の前に敷いてる白熊ファーの上とかでやっ ちゃったりするんだろうなぁ」(小郷さん談)(ば、ばらしやがって!)(だから俺が悪いんじゃないんだ!)(責任転嫁は防御の基本!) まあそれだけでここまで漏れる私もどうかとは思うんですがね、いや、病気だな。 でも結構気にいっています。すずやつは基本的におとぎばなしだと思っているので(ええー?)平たく言うと「ありえねぇ!」って事ですな(イキイキ)。 すべては「おかねもちめ」ですんじゃうし(すますな)。 というかこのタイトルか(笑)。 戻る |