| ハッシャ・バイ
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涼さんが、わたしの部屋を見たいと言ったので、家に招待することになった。いや、招待するような家でもないし、涼さんにも「いいですけれど、何もないですよ」と何度も何度も言っておいた。 別に見せて困るものは何もないのだけれど、何となく恥ずかしいと思うのは、わたしの心がどうしても涼さんに引け目を感じているからだ。それは自分でも良くわかっている。その反面、ちょっと嬉しい気持ちもあった。ひとりで部屋にいる時に「隣にいてくれたらいいのにな」と思うことは良くあったし。まあ、複雑な気分といったところだろうか? 1Kのアパート。日当たりがいいのだけがとりえだけれど、その日は生憎雨だった。部屋に入った涼さんの第一声は「かわいい」。別にかわいい部屋ではない。余計な装飾物などない、モノトーンでまとめられた小さなわたしの部屋。そう、その「かわいい」は「ちいさい」とか「せまい」とかいう意味だ。別にひがみではない、それだって涼さんにはものめずらしいものなのだから、まあ、それだけでも「もてなし」にはなるかもしれない。 やっぱりちょっと落ち着かない。 涼さんに「適当に座ってください」と言いつつ、部屋の中に何か落ち度がないか見渡して……チェキ日記はちゃんと隠したし……。涼さんがニヤリと笑った。机の上の写真立て、そしてその後ろに置いたコルクボードに二人で撮った写真やら涼さんの写真やら、ベタベタと貼ってある。うわ、肝心な物を隠していなかった。というかいつも飾っている、そこにあるのが当然のものたちだから、「隠す」ということすら思いつかなかった。いや、別にいいのだけれど、涼さんが嬉しそうに、ちょっとからかうように何かを言おうとするのを遮って 「お茶、入れてきます」 と言い残して台所に逃げた。涼さんをひとりで部屋に残すのは、ちょっとためらわれたけれど。あの人はきっと物珍しさからあちこちに興味を出して見たり触ったりするだろうから。でも、ちょっとあのままいられないぐらい、恥ずかしかった。 ヤカンでお湯を沸かしながら、さて、どんな「お茶」を入れればいいか考える。というか考え込んでしまった。これはお口に合うかしら、これは涼さんにはおいしくないかしら、何か他にないかしら、と。あれこれ出してはしまいしまっては出し。そんな自分が滑稽で、そしてなんとなく悲しくなってしまった。お茶を出しておもてなしをするだけでも、こうやって「世界」の違いを感じてしまうのだ。何をいまさらと思う反面、やっぱり違うひとなんだと思わざるを得ないし、そうやってキリキリしている事が、たまらなく切なかったりする。……ため息をついては、さらに自分が惨めになる。 ねぇ、涼さん?なんでわたしなの?わたしでいいの?……悲観的になるのはわたしの悪い癖だ。 結局、背伸びしても見栄をはっても仕方がない、というすでに50万回ぐらいたどり着いている結論を導き出し、自分が一番おいしいと思う紅茶を取り出して、長いこと蒸気を吐き出していたヤカンの火を止めた。 部屋の方はやけに静かだった。ずいぶん待たせているはずなのに、なんの反応もなくて。うわ、一体なにしているのよーと叫びたい気持ちでドアを開けた。 「……」 静かなはずだ。狭い部屋に無理やり置いてある、ちいさなソファーの上で、涼さんはことんと横になって眠っていた。すごく良く眠っている。できるだけ音をさせないように、お盆をテーブルの上に載せた。そしてそのまま床に座り込む。スペースの都合で、ソファーは片側にしか置いていないから。紅茶の葉が開きすぎてしまうのを気にしながらも、なぜか起こすことができなかった。 すやすやと、まるで子供のように眠りつづける涼さん。身体をちいさく縮めて、そこにいることが当たり前のように馴染んでいた。わたしの部屋にいる、わたしの……。 いつもは大人びた、そしてなにもかも知り尽したような笑顔でわたしを包む涼さんが、無防備に安心しきったように眠っている。その滑らかな頬に触れたい衝動を抑えつつ、沸き上がる気持ちを抑えきれなかった。多分これは、幸せという気持ちだ。さっきまでの悲しい気持ちや卑屈な気持ちはどこかにいって、飽きることなく涼さんの寝顔を見つめていた。宝物のように見つめていた。 ぱちんと、急に涼さんの目がひらかれた。そしてまじまじと目があってしまった。凉さんはふわっと笑って、そしてまた眠そうな目に戻る。はっと時計を観ると3時間は過ぎていた。わたしは3時間も飽きることなく凉さんの寝顔をながめていたのだ。 「ど、どうします?お疲れなら帰りますか?」 だけど、帰したくない。このままここに閉じ込めてしまいたいと思っている自分に「3時間」以上に慌てる。 凉さんはまだはっきりしない顔で、ソファーの上に座っていたが「眠い」とやおら立ち上がり、そこから3歩と離れていない、わたしのベッドに潜りこんでしまった。 「ち、ちょっと凉さん!」 これ以上ないほどに慌てて、そんな涼さんを止めようとする。なのに凉さんったら、まるで寝惚けている甘えた声で「ヤツカ……」と。あまつさえ両手をこちらに差し出して、無邪気にわたしを手招きする。 やだ、ちょっと、そんなのずるい。寝惚けているからってそんなことして、そんなの……。 涼さんに近付くと、ゆるゆるとその両腕に引き寄せられる。眠りの淵に堕ちる寸前の、高い体温に絡めとられるように、ベッドのなかに引き込まれる。結局、凉さんをかき抱くような形で寝床に収まってしまった。 凉さんはわたしの胸に鼻先を押し付けるようにして、早速本格的な眠りに入ったらしい。規則的に聞こえる呼吸音。やだ、このままじゃスカートが皺になっちゃう、いや、そうじゃなくてどうしよう……どうかしたいのはその状況じゃなくて、どうしようもなく溢れるいとおしさ。まるで離したくないとでも言うように、涼さんの頭をしっかり抱き寄せた。柔らかい髪を何度もなでながら、聞こえる雨音と凉さんとわたしの呼吸音に、いつしか深い眠りについていた。 そうだ、カーテンを閉めないで寝たからこんなに明るい。日当たり自慢のわたしの部屋で、涼さんと一緒。 目覚めた時には今度はわたしが涼さんの腕に抱かれるような形になっていた。目の前に、涼さんの意外と逞しい胸、広い胸。息を吸うと、どこか懐かしい涼さんの匂いがする。柔らかな温もりの中、昨日の涼さんをひとつひとつ思い返しては、赤くなったり、幸せになったり。 「涼さん……すき」 不意に、そんな言葉が自分の口から出た。普段なら中々言えないその一言が、とても素直に真っ直ぐにでた。 そしてそんな自分もまた好きになれそうだった。 「何か?言いました?」 少しかすれた声。驚いて見上げると、涼さんが意味ありげに、でも嬉しそうに笑っていた。 嘘、起きていたの?今の、聞いていたの? 「……」 たぶん、わたしはとんでもなく赤くなったのだと思う。 どうしていいかわからないわたしに、涼さんが言った。 「お腹、空きましたね」 「あ、ああ、ええ、そう、そうですね」 「ヤツカ」 「あ、じゃあ、何か、作ります」 ベッドから抜け出そうとする、というか逃げ出そうとすると、涼さんがありえないぐらい強い力で抱き寄せた。 「ヤツカ」 抱き寄せてわたしの耳元で囁く。今まで何度も聞いた台詞。だけどいつもとは違って聞こえた雨上がりの明るい朝。 朝食を作るのは、もう少し先。 |
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正真正銘、すずやつ処女作(笑)。 100の質問(の50問目)までの、ヤツカサイドを読んでいてぼんやりと浮かんだものを書いてみました。 いや、小郷さんの書くヤツカの回答があまりにも的確で震えたものです。 あまり設定が詰まってない頃(6月末頃)に書いた割には、基本は押さえられているんじゃないかと(笑)。 ちなみにこの時、当然のごとく涼さんは、チェキ日記からヤツカ写真をくすねています。これだからおかねもちは(関係ない)。 つうか甘い、甘すぎる。なんとかしてください(自分でなんとかしろ)。 戻る |