ひとめぼれ


 そんなことばは辞書には載ってないけれど。


 学生時代の先輩から、とある著名な指揮者の演奏会のチケットが回ってきた。ちゃんとした格好で来いよ、と言われたけれど、どの程度までちゃんとかわからない。悩んだあげく、春先にはちょっと早い白いワンピースにちょっとよそいきのストールをかけてみた。うん、悪くない。
 わたしは音楽はほとんど素人だけれど、やっぱり生は本物はいいものだ。鳥肌がたつような感覚、体の芯に響く音、震える空気。素人らしく演奏を思い切り楽しんだ。
 幕合にちょうどその先輩をみかけた。
 誰かと話しているようだったけれど、実際に買えば結構な額のするチケットだったから、一言お礼を、と近付いて声をかける。
 先輩が話している相手はわたしの知らない人だった。いきがかり上、わたしをその人に紹介してくれた。慌てて頭を下げると、良く手入れのされた高そうな靴が目に入った。ゆっくり視線をあげていくと見るからに素材のいいスーツ、ちらりと除く腕時計は、どこのブランドだろうか。ネクタイではなくチーフを首もとにあしらって、「うわーおかねもちそう」と思ったところで、やっと相手の顔を見た。ゆっくりと微笑まれて、またわたしは慌てて意味もなく頭をさげた。落ち着いた雰囲気の人だった。男の人にしてはやわらかな印象。歳は多分わたしとそんなに変わらないようにも見えたけれど、物腰は随分大人びて見えた。
「ヤツカ、こちら涼紫央さん。昔仕事でお世話になって」
 「涼さん」が自分の紹介に軽く会釈でこたえる。それだけで、この人の育ちのよさが伺える。
「涼さん、涼グループの御曹司なんだ」
 先輩がちょっと補足を入れてくれた。わたしが納得したように「へぇー」と思わず場違いな感嘆をあげてしまって、恥ずかしさに身を縮めた。涼さんは慣れているのか、軽く苦笑しただけだった。
 急に先輩が誰かに呼ばれたらしく、慌ただしくわたしたちの前を辞した。
 当然二人取り残されて、沈黙。正直困った。何を話せばいいのかわからないし、話す必要があるのかどうかも判断できない。だって、明らかにわたしとは「違う人」だ。
 うつむきがちなわたしだったが、不意になにやら視線を感じる。顔を上げると涼さんがじっとわたしを見ていた。え?わたし何か変な格好している?何かついている?やだ、もしかして透けている?
 白いワンピースを着ていたことを思いだし、思わず自分の姿をそわそわと確認する。
 涼さんは、笑った。
 いや、笑おうとしてすぐにもとの柔和な微笑みに戻った。
 それから何を話したか全く覚えてなくて。
 ただその顔がやけに印象深くて。
 もちろん、涼さんの事も印象深く、わたしの中に残っていたのだ。


 数日後、その先輩から電話がかかってきた。
「あ、先輩この間はありがとうございました。」
 挨拶そこそこに、先輩が
「なぁお前、こないだ会った涼さん覚えてるか?」
「え、あ、はい」
「あの御曹司がお前に会いたいって言ってきてるんだ」
「は?」
 驚いた。
「な、何でですか?わたし何か失礼な事したんでしょうか?」
「さー、金持ちの気まぐれなんじゃね?庶民が珍しかったんじゃねーの?」
 本人がいないと途端に、相変わらず口が悪い。 無責任に楽しんでいるのがありありとわかる。
「ま、お前に任せるよ。向こうも無理にとは言ってなかったし、俺も今は仕事的に彼の機嫌とらないといけない訳じゃ無いし」
 そういわれても困る。じゃあ俺は伝えたからなと、一方的に連絡先を教えられて、電話を切られた。
 さっぱりわからない。
 ただ断る理由も無かったから、結局会うことになってしまった。もしかしたら、気になっていたのかもしれない。


 その日、仕事を終えると待ち合わせの場所に行った。実は行く直前まで結構悩んだ。やっぱり何故わたしに会いたがるのかわからないし。もちろんこの場合、「わたしに好意をもってくれた」と思うのが定石かもしれないけれど、それはありえないとはっきり思えた。だって、何を話したわけじゃないし。何よりもあまりにも違いすぎる。
 先輩の言う通り「めずらしい」であるのなら、それはそれで安心できるのだけれど、意図が読めないのは、なんだか怖い。
 いくつかの断る理由と、やっぱり行こうと思う動機を抱き合わせて、わたしは涼さんに会いにいったのだ。
 涼さんは先に来ていた。向こうも当然仕事帰りだから、きっちりとスーツを着て、ネクタイを締めて。やっぱり見るからに「おかねもちそう」だ。
 涼さんがわたしに気づいて、立ち上がった。そして笑った。
 驚いた。
 こんな風に笑う人なんだ。
 あまりにも無防備で、無垢な笑顔。
 そんな、そんな風に嬉しそうに笑ってくれるなんて。わたしなんかに、どうしよう。
「来ていただけないかと、思ってました」
 丁寧な言葉づかいが、そんな表情に反してひどく大人びた感じがした。
「食事でも、どうですか?」
 涼さんは、最初の印象通り、落ち着いた物腰に戻っていた。だけどわたしの中には、今笑ってくれた涼さんがくっきりと焼きついて。


 今ならはっきりとわかる。
 わたしは、あの瞬間、涼さんが子供のように笑った瞬間、わたしは涼さんが好きになったのだ。


 久しぶりにそのワンピースを着て出かけた。もうそのまま着ていける季節になっていた。
 涼さんは会った瞬間にあ、と言う顔をした。
「覚えているんですか?」
「もちろん、あの時のヤツカ可愛かったから」
 いつものように、さらりという。照れるわたしに
「笑われるかもしれませんが、ひとめぼれだったんですよ、あの時」
 そういって、はにかんだように笑った。そしてちょっと試すような感じで
「ヤツカは?」
「え?」
 問掛ける。ちょっとからかいの色もあった。だけど何か不安げにうかがうようでもあり。
「そうですね……『ふためぼれ』かな?」
 そんな言葉は辞書には載っていないけれど。
 涼さんは「は?」と言う顔して。
「なんですか、それ?」
 そのきょとんとした顔がおかしくて、わたしは笑った。
「涼さん、カワイイ」
 いつも言われてばかりの台詞が、涼さんに向けてわたしの口から出た。わたしは涼さんの手を握った。あまりわたしからはしたことがないから、涼さんはちょっと驚いていた。それからちょっと背伸びをして、涼さんにキスをした。涼さんが、今度は本気で驚いていた。わたしだって自分でも驚いている。だけど今わたしが感じている「うれしさ」とか「しあわせ」を伝えるには、それしか方法がなかったのだ。
「……積極的ですね」
 冷静な言葉は、多分照れ隠し。
 そして、笑う。わたしの大好きな、あの笑顔をみせてくれた。




 すずやつ出会い編(笑)。100質に基づきつつこんな感じかなぁと。というか久しぶりに「すずやつ」書いたんですが、ちょっと調子がでてないような(今までのはなんだったんですか?)(あれは祭以前に書いていてたストックだったんで)(大笑)。
 ヤツカに白いワンピース、というか白を着せるというのが私の念願でした。だから組本は、まんまイメージ通りでガッツポーズでしたよ!(キラキラ)
 でも私がヤツカに白を着せたいのは、退団者だからではなく(つーん)こんな背景があります。
 以前、星組娘役DE戦隊モノを考えたとき、白はヤツカだと思ったんですね。きっと星組娘役だから、色分けはじゃんけんとかくじ引きで決めたんですよ(ですよって)(リーダー・レッドひかちゃんの命令で)。それで「白」をふられてしまったヤツカの第一声が「どうしよう!透ける!」なんですな(ですなって)。もちろん透ける素材じゃないんですが、ホワイトヤツカは毎回毎回敵と戦いながら「透けているんじゃないか」と気が気じゃないんです。そういうのを気にしながら、はにかみながら戦ってくれたらチョー萌える……っていうかむっさんヘンタイです(終身刑)(つうかセクハラだから、それ)。

 涼さんは、つうかすずみんは鼻のあたりにぎゅっと寄る笑い方でカワイイなぁと思います(話題そらし)。


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