溺愛。
「ジ、ジタン…自分でっ、んっ…洗えるって、ば…ぁっ」
乱れた息の間に、懸命に抵抗の言葉を紡ぐビビ。しかしジタンは笑いを含んだ声でからかうように答える。
「何言ってんだよ、全身力入らないくせに」
ジタンはにやにやしながら、その手でビビの左腕を持ち上げ、石鹸の泡で丁寧にこする。
やめる素振りさえ見せてくれないジタンに、ビビが抗議の意志を込めて唸った。しかしその力ない声は、湯気の立ち込める風呂場の中で、甘えたように響くだけ。
ジタンの言葉どおり、ビビはもう一人ではまともに座っていることすら難しい様子で、その小さな体をぐったりとジタンの胸にもたれかけさせている。
完全に力が抜け切って、もう手をあげることすらろくにできないのだ。
丁寧に体をこするジタンの手が、肌の敏感になったところを通るたびに、ビビの唇から吐息がこぼれ、簀の子の上に投げ出されたその細い足がびくりと震える。
ただ洗っているだけのようなフリをしているけれど、ジタンの手は妙に熱心にビビの首筋や脚の辺りをたどっている。…明らかに、意識的にビビの体をあおっているのだ。
そのくせ表情はしらっとしているジタンを見ていると、何だか自分一人で乱れているような気がしてきて、ビビは恥ずかしさで消えたくなってくる。
居たたまれなくなって、ビビはその指の動きから逃れようと身じろいだが、すぐにジタンの腕によって広い胸の上に引き戻されてしまう。
「ほら、じっとしてろよ」
耳元で囁かれる優しい低い声が、腰の辺りでぞくっと響く。一瞬のちに体の奥が緩むと、さっき繰り返し体内に射ち込まれた液体がじわりとにじみだした。その感触にビビは思わず体を堅くする。
そもそもビビがこんな有様なのは、ジタンのせいなのに。
ビビが潤んだ目で精一杯ジタンを睨みつけてやろうとしたが、いざジタンの顔に向かうと、出来なくなって俯いてしまう。
ジタンが、ひどく嬉しそうに、優しく笑っているものだから。
そんな顔されると、逃げようとする気力が萎えてしまう。
けれど、唇から思わず声がこぼれそうになる度、身がすくんでしまうのだ。
――何だかボクの体、変だよ…。
こう言う風に触れ合うようになったばかりの頃は、ただこんな風に人と触れ合う方法があると言う事が驚きで、その肌のあまりの近さが衝撃で、訳も分からずひたすらジタンにしがみついていたのだけれど。
最近、自分の体に何が起きているのか、ビビは気付き始めてしまった。
脇腹をさすりあげる手の動きに、ビビは必死に声を飲み込む。
ジタンに口付けられると、力が抜ける。ジタンの手が体をすべると、体の中でおかしな熱が生まれていく。ジタンの手や唇だけじゃなくて、胸も腕も足も髪の毛の一筋でも、ジタンと触れているところからじわじわと熱が広がって、全身が、どんどん言う事を聞かなくなっていく。
まるで何か悪い病気にでもかかったみたいに。
最近その症状が段々悪化している気がする。さっきなど、その熱に散々かき乱された挙句、完全に足腰立たなくなってしまったほどに。
もうこうなると、どこをどう触られても、びりびりと痛いくらいの痺れが全身を走るようになってしまう。
今ジタンの手がしているように腕の内側に触れる、そのくすぐるような感触にさえ、頭の中がぐらぐら揺さぶられて、気を緩めるととんでもない事を口走りそうになる。
それが怖くて必死で声をかみ殺しているのに、そう言う時に限って、ジタンは必ずそれを突き崩そうとしてくる。
ビビは、いつの間にか自分が湯船にうつぶせにもたれかかるような体勢にされているのに気付いた。続いて、ジタンの腕でそっと腰を持ち上げられ、ビビは身動きのままならない体で、訝しげにのろりとジタンを振りかえる。
「…な、何……?」
その問いにジタンはにぃっと笑って、するりとビビの太ももを撫で上げ、先程までジタン自身を受け入れていた部分に触れた。
「全部出して洗っとかないと、後で辛いだろ?」
言葉の意味を悟って、ビビはぎくっと緊張する。
「そ、そうだけど…あっ、だめ…っ」
ジタンはビビの抗議をさらりと無視して、石鹸の泡ではないものに濡れきった蕾を、2本の指で圧し広げた。思うように力の入らないビビのそこは、ジタンの指に素直にその内側を覗かせる。
途端に、ビビが先程まで懸命に留めていた液体が、とろりと滴った。
「や、見ないで…っ…ふ…、く…ぅんっ!」
自由にならない身体では、抵抗する術もなくジタンから隠れることもできない。ビビは湯船にしがみついて、液体が流動する感触に耐えている。
「大丈夫だって、湯気でろくに見えやしないんだから」
そう言いながらも、ジタンの視線はその液体に注がれていた。
液体は、内股を伝い降りて簀の子に小さく溜まってから、簀の子の下へと流れ落ちて行く。二人の快楽の跡を、ジタンが嬉しそうに眺めていることにビビは気づかない。
小さく震えているビビをその腕でしっかり支えたまま、ジタンは石鹸をよく塗り付けた手でビビの蕾に触れた。
「んんっ!」
つぅっと入り込んだ感触に、思わずそこに力を込めてしまうビビ。そのせいでかえって、入り込んだものの存在感が大きくなる。
ジタンの、指。
「…ぁっ」
入り込んだものを意識した瞬間、じわっとそこが熱くなる。
先ほどの残滓を掻き出す指の動きに、全身砂になって崩れてしまいそうな錯覚を覚えて、足の指先までこわばる。口から溢れそうになるものを押し戻そうと、喉の奥で浅く細かい呼吸を繰り返しながら、ビビは湯船にしがみつく指に力を込めた。とにかく何かにすがっていないと、正気が吹き飛んでしまいそうで。
けれどジタンは容赦ない。ビビが身動き取れないのをいいことに、ジタンはビビの一番弱いところにたどり着き、柔らかくえぐる。
「やっ…ぁん」
何度も刺激されて敏感になりすぎた部分から、衝撃がズキンと背筋を駆け抜ける。思わずこぼれた声が信じられないくらいに高くて、かぁっとビビは頭が熱くなった。けれど、一度戒めが解けるともう押さえる事が出来ない。
「あっ、はぁ…っ」
指から力が抜けて、湯船のふちから落ちそうになっていく。
このままでは、本当に、ねじ伏せられてしまう。
この、感覚に。
目の前がかすんだ。立ち上る湯気より、もっと濃い白に。真っ白い視界が、熱い。ジタンの指の動きに合わせて、体が勝手にびくびくと反り返る。
その瞬間、湯船に散った波紋に、ジタンがぎくりと動きを止めた。
細い肩が、がたがたと震えている。
そっと指を抜いて抱き寄せると、ビビがぽろぽろと涙をこぼしながら、ジタンに訴えた。
「ふえ…ジタン…っ、…ボク、壊れちゃうよぉ…」
すすり泣くビビに、ジタンが『しまった』と言わんばかりに顔色を変える。
「ご、ごめんビビ、調子に乗りすぎた」
おろおろと謝りながら、震える背中をさする。
その、久々に優しいだけの仕草にほっとして、ビビは抱き寄せられた胸にぐったりと体を預けた。
そんなビビのしゃくりあげる音が止むのを待ちながら、ジタンは膝の上でそうっと小さな体を抱きしめている。
やがて、気持ちの落ち着いてきたビビが、ちょっと口を尖らせてジタンを見上げた。
「この前も気をつけるからって言ってたのに…」
その指摘に、ジタンはうっ、と唸って済まなそうにうなだれる。
「ハイ…その通りです…」
どうも最近、ジタン手加減をすっぽり忘れてしまうことがある。普段なら、ビビが疲れてしまわないように、必ず気遣ってくれるのに。時々、まるで物足りないものをねだるように、ビビを離してくれなくなるのだ。
本当なら、…嬉しい、ことではあるのだけれど。こういうことにまったく馴れていないビビでは、とてもじゃないが体がもたない。
しかられる子供みたいに髪の隙間からビビを覗き見るジタンに、ビビはすんと鼻をすすりながら訊ねる。
「もうしない?」
「ハイ…もうしません、今日は」
「…今日は?」
聞き返された瞬間、ジタンがぱっと口を押さえ、目をそらした。
どうやら口が滑ったらしい。ビビはむうっとふくれて、ジタンの鎖骨のあたりに、どんと頭突きした。
すると、ジタンがちょっと顔を赤らめながら、視線を泳がせて言う。
「だっておまえ、最近すごい可愛い声出すんだもん」
途端、むくれていたビビの顔に、ごおっと血が上った。
「だ、だってそれは…」
あんなことされたら、つい。などと、言い訳を探しながらもごもごつぶやいているビビ。
逆にジタンの方は、そんなビビの様子を見た途端、さっきまでのばつの悪そうな表情はどこへやら。にんまりとした笑いを顔に浮かべて、ぴったりとビビの体に腕を絡ませ、小さな耳元にぼそっと囁く。
「気持ちいいから、だろ?」
密着した肌と、ぞくっと響いた声に、ビビが一瞬石化する。
ジタンはくすくす笑いながら、ビビのこめかみに音を立ててキスを落とした。
「おまえが気持ちよさそうだと、嬉しくなっちゃってさ。もっと聞きたいのに、声かみ殺してなかなか聞かせてくれないんだもん。つい、さ」
楽しそうなジタンの言葉に、なんだか恥ずかしいのを通り越して、腹が立ってくる。
「ついじゃないようっ」
再度どんと頭突きを食らわせて、ジタンの胸に顔を埋めてう〜っと唸った。
すると、吹き出したのかため息をついたのか、ビビのつむじの辺りに、ふ、と息がかかる。続いて、洗ったばかりの髪をそっと掻き分けて、ちゅっと頭皮に口付ける感触がした。
さらに、別のところを掻き分けて、軽く吸い上げる音。
3度目のキスで、ビビがやっと顔を上げると、ジタンの顔と間近でぶつかった。その顔が、そっとビビに微笑みかける。
「悪かった。本当に、気をつけるからさ」
微笑みの中に、少しだけ本物の反省の色が浮かんでいるのを読み取って、ビビは小さくため息をつく。
――こんな顔されたら、もう怒れないよぅ…。
ビビが頷くと、ジタンはほっとしたように笑って、ビビのまぶたの辺りをついばんで、最後にもう一度だけ、「ごめん」とつぶやいた。
そして、互いの胸がぴったり密着するようにビビを膝に座らせて、細い腕を自分の首に絡ませる。
されるままになりながらも不思議そうなビビに、断りを入れる。
「石鹸塗っちゃったから、洗い流さないと」
思わず硬くなる背中に、「もうあんな風にはしないから」と言い聞かせ、細い肩にあごを乗せる。恐る恐る力を抜いた背を、安心させるように軽くたたいてから、右手でそっとビビの後孔に触れて、左手で湯をかけた。
「ん…っ」
言葉どおり、ジタンは極力ビビを刺激しないよう、注意を払ってそこを洗い流してくれている。
しかし、散々にあおられたままで収束していなかった熱は、そんな触れ方にさえ反応して、再び湧き上がってくる。ビビは懸命にそれを意識するまいとジタンの首にしがみついた。
けれど、しがみついたところから、ジタンの鼓動が伝わってくる。
その鼓動を意識した瞬間、重ね合わせた胸や、腰の辺りに巻きついた腕の辺りからとろけそうな感覚が染み込んでくる。
体が、熱くなる。
「ジ…タ、…っ」
名を呼ばれて、ジタンは腹の辺りをつんと押す、小さな熱い塊に気付いた。
「やっぱ、出しちまわないと辛いか」
その言葉に、ビビがかあっと赤くなってうつむいた。
「…ごめんなさい」
ぽそぽそ謝るビビに、ジタンはくすりと笑う。
「何謝ってんだよ」
そもそもオレのせいじゃん。などと、けろりとして言う。
ジタンはその体を横抱きに抱えなおしながら、ビビの唇に自分の唇をゆっくり押し当てた。
ビビは、ごく浅いところをなぞるようなキスに、うっとりと目を閉じる。そして、熱を持った部分に長い指が絡みつくのを感じた。
その指の動きから、けだるく溶けた体に甘い波が走る。
唇へ押し寄せた波は、キスの隙間でさらに甘さを増してからかすかな声に変わる。
「ふ…ぁっ」
波間に漂いながら、ビビはぼんやりと思う。
――…おぼれそう…。
それは、さっきのような激しくビビを連れ去ろうとする波ではないけれど。
でも、間違いなく、同じもの。
『気持ちいいから、だろ?』。
その言葉は、正しい。
気持ちよくて、正気も羞恥心も、すべて吹き飛んでしまいそうなほど。
泣き出してしまう理由を、ジタンには『身がもたないから』と言ってあるけど。実は、完全にこの波に流されてしまったらと思うと、不安で仕方ないからと言うことの方が大きい。そうなった時、自分がどうなってしまうのかがまったく予想がつかないから。
そのくせ、この波から完全に逃げ出してしまうこともできない。
ビビを傷つけないように、丁寧に触れてくる指。
しっかりと背中を支えてくれる腕。
柔らかく包み込むような、温かい唇。
自分を壊れ物のように扱ってくれるジタンが、たまらなく嬉しくて、気持ちよくて。心のどこかで、この優しさにずっと甘えていたいと思っているから。
泡の滑りで強く扱かれて、とうとうビビの声が弾ける。同時にジタンの腕の中で、その子供特有のしなやかな身体がびくんとしなった。
頭の中が真っ白になる感覚の後、ずっしりとのしかかってくる虚脱感に、ビビは気が遠くなりかける。
――なんでこんなに気持ちいいんだろ…?
そんな事をぼんやり思いながら、身体に湯を注がれる感触に、ビビは細く息をついた。
ビビの体をきれいにすすぎ終えると、ジタンはビビをそっと湯船へ入れる。
「溺れるなよ?」
――…何に?
などとちょっぴり思いながらも頷くと、ジタンはビビに微笑みかけてから、自分の体を洗い始めた。
少なめに張った湯の中で、ほとんど湯船の縁にぶら下がるようにしながら、ビビはジタンを眺める。
毎日のように触れるジタンの身体。先程までビビがもたれ掛かっていた広い肩、ほどよく厚い胸。やや細身だが、均整の取れた体型。見ていると、いつもこんなことを思う。
──きれいな身体だなあ。
勿論、戦いの中で残ってしまった傷痕なんかが、あちこち残っていたりするけれど。リンドブルムの他の役者なんかは、まるで紙の筒のように凹凸の無い腕をしていた。しかし今石鹸を塗られているジタンの腕は、その小麦色の皮膚の下に、しなやかで無駄のない筋肉が形よく収まっているのが、はっきり見て取れる。タンタラスの人達は皆そうだが、中でもジタンの身体が一番きれいだとビビは思う。
──そっか…こんな身体に抱き締められたら、気持ちいいに決まってるよね。
そんな事を思いついた途端、ぴんと張った胸の中から、その鼓動と躍動とが伝わってくる感触や、からみつく腕の動きをやけにリアルに思い出してしまって、ビビはかあっと頭が熱くなった。
――ボク、何考えてるんだろ。
思わずずるずると湯船に沈みそうになる。
「おいビビ、大丈夫か!?」
湯船の縁から滑り落ちそうになっているビビに気がついて、ジタンが慌てて手を差し出す。ジタンの声に我に返ったビビは、その手に助けられて縁に掴まり直した。
「大丈夫…ちょっと考え事してただけ」
「考え事?」
ジタンに聞き返されて、ビビは焦って「なんでもない」とぶるぶる首を振った。恥ずかしくって話せたものではない。
するとジタンは、「変な奴だな」とくすっと笑って、再び体を洗い出した。
ビビはほっとしながらも、また考え事にふける。
男らしい、ジタンの身体。それに比べて、自分の身体はなんて中途半端なんだろう。
小さな、細い身体。ビビの身体は、9歳程度の外見から成長することはない。それはもう仕方のないことだと諦めているけど。リンドブルムの役者と大差無い腕の形。頼りない細い足首。痩せっぽちの子供の身体を、常々ビビはみっともないと思っている。
──こんな身体に触って、ジタンは気持ちいいのかな。
自分は、ジタンに触れてもらうとすごく気持ちいいけれど。
『おまえが気持ちよさそうだと、嬉しくなっちゃってさ』と言うジタン。でも、彼自身は?
そんなことを考えていると、ジタンがビビの浮かない顔に気がついて、
「どうした?」
とのぞき込んでいた。
ちょっとぎょっとして、一瞬なんて答えようか迷う。しかし、こんなことを思ったのは初めてじゃないから、一度思い切って聞いてみたほうがいいのかもしれないと思い直して。
「……あのね」
上目使いにジタンをのぞき込みながら、ビビは言ってみた。
「ボクが女の子だったら良かったのに、って思ったこと、ある?」
ばちん。思わず握り締めた石鹸が、ジタンの手から逃げ出して、ジタンの顎に直撃した。顎を押さえてうずくまってしまうジタンに、ビビが目を丸くして、湯船から身を乗り出そうとする。
「だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫。それよりおまえ、動かなくていい。まだ力抜けてんだろ?」
言われてビビは、起き上がろうとしたつもりが湯船の縁で身じろいだだけの自分に気づく。おとなしくその言葉に従うビビに、ジタンはすぐに身を起こして、『石鹸じゃ大して痛くもねえよ』と示して見せた。
ジタンにしてみれば、どちらかというとビビの言葉の方が痛い。何だか昔、そんなことで悩んでたころを見透かされたような気がして。
「なんでまた、いきなりそんなこと言うんだ?」
ジタンが平静を装いながら聞くと、ビビはためらいがちに答えた。
「昔、おじいちゃんが言ってたの。『ビビは多分男の子アルから、いつか大切な女の子と巡り会うはずアル』って」
『おじいちゃん』とは、ク族にしてビビの育ての親、クワンのこと。
トレノで、仲の良さそうな男と女が、二人で歩いてるのを見つけた時に言われたのだ。『多分』とか『はず』とか言うのは、ク族には人間の性別や恋愛がよく理解できないからだったのだろう。しかし、まさか『はず』が『はず』のままで終わってしまうとは、当のクワンも思わなかったに違いない。
「本当はこういうことって、男の人と女の人がすることなんでしょう?」
一般的にはその通りなのだが。それを何故今になって、とジタンは思ってしまう。
「……まさか、男のオレとこういうことするの、嫌なのか?」
「ち、違うよっ、そうじゃなくって」
慌ててビビは首を振り、言葉を付け足す。
「ブランクさんが、ジタンは前はいろんな女の人と仲良くしてたって言ってたから…ジタンって、おねえちゃんみたいに胸があったり、腰のくびれた女の人が好きなんでしょう?」
一体、どこまで自分の言っていることの意味を分かっているのだろう?
胸とか腰とか、ビビが口にするとは到底思えない言葉が出て来て、ジタンは面食らった。一体どんな話をしたのかは知らないが、ブランクが植え付けた知識なのだろう。
──ブ、ブランク、あのヤロ〜〜〜っ、ビビに余計なこと教えやがって〜〜〜!!!
もっととんでもないことを教え込んでいる自分の事は、棚にあげたらしい。
思わず引きつるジタンの顔に、ビビがたじろぐ。それに気づいて、ジタンは表面上だけはにこりと笑って取り繕ったが、内心ではめらめらと燃える怒りに震えていた。
──ブランク、今度会ったらぜってーしばく!!
しかし、その必要はない。ブランクはとっくに天罰を受けている。
ブランクとビビの間でそんな話題が持ち上がったのは、ダガーことガーネットが女王として即位するために、アレクサンドリアへ帰った時のこと。その頃、自分のビビに対する思いに整理を付けられず唸っていたジタンは、唯一事情を知るダガーまでいなくなって、完全にふて腐れていた。
そのジタンの悩みの種が、目の前にいるビビだと言うことを知らなかったブランクは、ルビィの小劇場で談笑しているときに、こんなふうに口を滑らしたのである。
『ジタンの奴、ちょっと前まであれだけ女にちょっかい出してたくせによ。本気になるとあそこまで思い詰めるなんて、仰天する女が山ほどいるぜ』
ビビが語った言葉よりたちが悪い。
しかもその後、マーカスやシナまで『ジタンさんの好みって、グラマーな年上だったはずっスよね』とか『いい女とみるととりあえずご挨拶って奴ずら、あれだけフラれてもよく懲りないずらね』とか、もっとさらに色々、お子様の前ではあまりふさわしくない類いの話題で盛り上がってしまったのである。
そこへ、席を外していたルビィが、ビビにジュースを持って戻って来た。
『あんたら!!ビビちゃんの前でなんちゅう話しよんのっ!!』
結局、3人揃ってルビィにしばき倒され、一時間の説教を食らうはめに陥ったのである。しかもその後、言い逃れようとしたつもりが話をこじらせ、ルビィは完全にへそを曲げてしまい、なだめるのに二日あまりもかかってしまったのだ。
当のビビはと言うと、ジタンは女の子が好きらしいということは、それまで行動を共にしていた間に、とっくに分かっていたことだった。それに話の内容自体半分くらいはよく分からなかったのだ。しかしそれでもその時、男の人がどういうふうに女の人を好きなのかと言うことを、おぼろげながらも知ったのである。
「おねえちゃんにだっこされるとね、柔らかくて、いい匂いがして…ボク、よく分かんないけど『お母さん』ってこういう感じなのかなって思うの。男の人って、だから女の人が好きなのかなあって思ったんだ」
そんなことを言われて、ジタンはふと怒りを忘れて考え込んだ。
ビビの言っていることは、ちょっと男女間の愛とは違う気がするが、ジタンはそれを訂正できる材料を持っていない。ビビに『母』がいないように、ジタンにも『母』はいなかったから。二人とも、育ての親はいたものの、どちらも少なくとも『母』ではなかった。
そのジタンが女性に、『母』を求めていなかったとは言えない。欲求不満の処理だけなら男相手でもいいか、とさえ思う程度の感覚だったくせに、恋に落ちるなら絶対女性相手だと無条件に思い込んでいたのは、そんなところに理由があったのかもしれない。
「そうだな…そのせいだったのかも、知れないな」
呟きながら、身体を洗い流す。
けれど、そのせいで、『ビビが女の子だったらいいのに』などと思ったことまで、わざわざビビに話したものかどうか。そんなことにこだわって、自分の思いを認められなくて、自分が好きなのはダガーだと自分を騙そうとしたことまであったのだ。今思えば、馬鹿な意地の張り方だった。
考え込んでふと気付けば、ビビがじっとジタンを見上げている。
その髪に音を立てて口付けて、ジタンは告げた。
「いや、おまえが男でも女でも、関係ないよ」
すると、ビビの顔がほっとしたように緩む。
そうだ。今はこれが心からの気持ちなんだから。わざわざ不安にさせるようなこと、話す必要、ない。
思いながら湯船に入る。
「大体、おまえが女の子だったら、今のビビとは別のビビだったかもしれない。そんなのは嫌だ。……それともおまえ、オレが女だったらいいのにって思ったこと、ある?」
悪戯っぽく尋ねると、慌ててビビは首を振り、それから嬉しそうに金の瞳を細めた。
ジタンは、湯船の中で長々と横たわると、ビビに向かって手招きをした。ビビは湯船の縁を辿ってジタンに近づく。そしてジタンの鎖骨の辺りに頬をつけ、ぴったりとその身体に寄り添った。
そんなビビに目を細め、ジタンは濡れた艶を含むビビの髪に手を添える。
その手の感触や、今は静かに波打つ鼓動が、心地よくてほっとする。軽く目を伏せて浸りながら、ビビは呟くように言った。
「ただね……、ボクが女の子だったら、ジタンがもっと気持ちいいんじゃないかなって思ったの」
元々男性を受け入れるようにはできていない身体。女性のような柔らかい胸も張った腰骨も無い身体。そんなビビの身体を開くために、ジタンはいつもたっぷり時間をかけて愛撫してくれる。
――ジタンは、こんなに優しいのに。
ふと、不安になってしまう。
時々、手加減を忘れてビビを離してくれなくなるジタン。もしかして、ジタンは満足できなくてそんなことをするのではないだろうかとか。なのに、それを受け止めきれない自分に、不満を感じているのではないかとか。
「なんだかボク、ジタンにすごく色々我慢させちゃってない…?」
ビビの浮かない顔の理由を知って、ジタンはちょっと目を見開いた。
ジタンにしてみれば、ひたすら触れたくて触れたくてたまらない気持ちに、ビビが応えてくれることが嬉しくて仕方なくて、気を抜くとすぐ暴走してしまうくらいなのに。
ジタンの方が怒られて当たり前の話なのに、ビビはそんなふうに思って、落ち込んでいたのか。
ビビにそんな風に気を遣わせてしまった自分を情けなく思いつつも、何だかふつふつと嬉しくなってきて、ジタンはにやけてしまう。
「……ジタン?」
沈黙してしまったジタンを、ビビが不安げに見上げた瞬間、
「ちきしょう!好きだぜビビ!」
そう叫んで、ジタンはビビを抱き締めた。ビビの驚きの悲鳴と、跳ね上がった水音が風呂場に響く。
水音が静まっても湯の中でビビを抱き締めたまま、ジタンはため息とともにつぶやいた。
「我慢なんかしてないよ、オレなんか気持ちよすぎてすぐ調子に乗っちまってさ。おまえを壊しちまったらどうしようってハラハラしてんのに」
「……ほんとに?ちゃんと、気持ちいい?」
ビビが自信なさげに聞き返すのを見て、ジタンはにやりと笑うと、ビビの耳元にぼそっと何事か囁く。
それを聞いた途端、ビビがかーっと赤くなって、2度目の沈没を起こしかけた。
ジタンの腕に抱きとめられながら、ビビは囁かれた言葉を反芻する。
『もうおまえじゃなきゃ、勃たないくらいだよ』
のぼせかかっているビビの様子にくすくす笑いながら、ジタンは、胸の上にビビを抱き寄せ、再び寝そべるように湯に浸かる。
「それにああゆうことすんのも気持ちいいんだけどさ。オレ、おまえとこうしてくっついてるのも気持ちよくて好きだ」
ビビの背中をゆっくり撫でながら、ジタンは言った。
この背中の、肌の下の骨の隆起が、手でたどるのにちょうど良くて。腰のわずかなくびれがジタンの腕がうまく収まる形をしていて。抱きしめるには折れてしまいそうに細いけれど、その温もりは湯に入っていてさえ、ひどくしっとりと染みてくる。
寂しく空いた体の隙間を、埋めてくれるみたいに。
「すごく、安心する」
──……うん。ボクも、好き…。
ビビは頷く。
自分の身体を、しっかり抱きとめてくれる長さの腕。ビビが顔を埋める項の形も、そこにかかる髪もひどく心地よくて。
こうして寄り添うと、ジタンの胸から、からめあう足の辺りまで、湯の入り込む隙間もないほどにしっくりと、ビビの身体がはまり込む。互いの身体の境界線さえ、分からなくなるほどに。まるで互いが互いのためにあつらえた身体のように。
気持ち良いから好きなのかな?
――ううん、きっと逆だ…。
「カラダのカタチなんか、どうでもいいよ。こんな風に触れ合いたいと思えるのは、おまえだけだ」
呟くようなジタンの言葉に、ビビはほとんど無意識に頷いた。
そう、ジタンとだけ。こんな風に、全身の力を抜いて、ぴったりと体を預け合えるのは。気持ちいいからこんな風に触れていたいのではなく、こんな風に触れ合うことが出来るから、気持ちいいのだろう。
大好きな人だから。こんなに近く触れ合っていてさえさらに、一瞬でも長く、一寸でも近く、近づきたいと欲するほどに、大好きな人だから。
そんな気持ちが今も、微かに笑みを刻んでいるジタン唇が目に入った瞬間、膨れ上がった。
――キスしたい、な。
思わず自分の中に湧きあがった衝動に、ビビはちょっと戸惑った。けれど、一度意識してしまうと、もう渇きがおさまらない。
息が、苦しい。どきどきと心臓が鳴る。どんどん、鼓動が大きくなっていく。ジタンの唇を自分の唇で感じないと、その鼓動で張り裂けてしまいそうな位に。ビビはそんな衝動に引きずられて、寄りかかった胸を這い登り、ジタンの唇をついばんだ。
ジタンが驚いたようにビビを見つめる。
そんなジタンの顔に、ビビもちょっと照れて目を伏せたけれど、今度はジタンの首筋に腕をからめて、再び口付けた。
小さな唇が、不器用に下唇を軽く食む。開きかけたところへ、おずおずと舌を差し入れて、ジタンの歯の隙間を探って。もっと深いところを求めて、軽くちゅっと吸い上げる。
物慣れない、けれど健気なキスが嬉しくて、ジタンはされるがままになっている。
ジタンが笑顔を浮かべているのを間近で眺めながら、ビビも嬉しくなった。
――なんかちょっと、ボクが気持ちよさそうだと嬉しいって言ったジタンの気持ち、分かる気がする…。
そんなことを思いながら、精一杯のキスを繰り返す。
けれど、もっと深く口付けたいのに、歯列より奥へどう入り込めばいいのか分からない。湿った唇を甘く噛むように舐めながら、ジタンの濡れた髪の中をしきりに探るように、細い指が動いた。
「…ふ…」
もどかしさに堪らなくなって、一度唇を離し、切なげに息をつく。
その途端、今度はジタンの方がビビの唇を追いかけてきた。
「んっ!」
あっという間に、さっきのたどたどしいキスでは届かなかったほど深くまで割り開かれて、ちょっと戸惑ってビビが身じろいだ。
しかし、すぐにその動きを左右からするりと絡め捕る腕の中が居心地よくて、ビビは大人しく安住する。甘く口内を舐るキスに応えて、舌先でそろりとジタンの上あごに触れると、抱きしめる腕に、ぐっと力がこもった。
瞬間、ばっと引き剥がすようにジタンの唇が逃げる。
「あー…ったくよぉ」
ビビを捕まえた腕を何とか解き、はあっ、と息を吐いてジタンが天井を仰いだ。
「ど、どしたの?」
何かまずいことでもしてしまったのかと、ビビが焦って訊く。すると、ずるずると湯船の中に沈みかけながら、ジタンがにやりと笑う。
「今のキス、可愛くてすっげーぞくぞくした」
その言葉に、きょとんとするビビ。
そう言われて初めて、今自分のしたことを冷静に見つめなおしたらしい。やや間があってから、ビビののぼせかかった頬がさらにかあっと上気した。
ジタンは、そんな様子にくすくす笑いながら、恥ずかしさで固くなっているビビを、耐えられないといった様子でぎゅうっと抱き寄せた。
「ちくしょう、危なくまた暴走しちまうとこだった」
そんなジタンの言葉に、ビビがふと視線を泳がせて沈黙する。
「ん?どうした?」
何か言いたげな様子に、ジタンはビビを覗き込む。
すると、視線を合わせないままに、ビビがぽそぽそと答えた。
「…もうちょっとだけなら…暴走、してもいいよ」
「…え?」
聞いたこともないような台詞に、ジタンが思わず訊き返す。
しかしビビは、もう一度言いなおすことも出来ずに、ジタンの胸に突っ伏してしまう。けれど、口で言わなくてもこれだけ密着している状態では、互いの体の状態など相手に筒抜けだった。
ビビも、やや暴走気味なのを感じ取って、ジタンは実に嬉しそうににんまりと笑った。
「マジ?いいの?」
恥ずかしさにきゅうっと小さくなりながらも、こくりと頷くビビ。
その感触の可愛らしさに、ジタンは感に堪えないと言った様子でその髪にほお擦りした。
猫みたいな仕草に、照れながらもビビはちょっとだけ嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、取り敢えずあがろうぜ。これ以上入ってたらのぼせちまう」
ビビが頷くのを見届けて、ジタンはうきうきとしながらビビを抱き上げて湯船からあがる。
そして二人は、バスタオル一枚引っ掛けただけの格好で、浴室から出ていった。
こめんと
事後で、事前。ちょっと生殺し?
目標「明るくて可愛くていちゃいちゃな話を書く」。
しばらくストーリーに沿ったやおいは書けないので、ほんとにただのやらしい話。うけけけ。書いた本人はかなり満足してたり。そりゃあなた堕落じゃ?とか言われたって知ーらなーいもーん。
一応、「その日が来るまでは」の回答編ってことになるみたいです。みたいですって、書いた本人やないんかい。いやその、意識してつなげたんじゃないけど、所詮山月の狭いおつむの中ですから、必然的に繋がってしまいまして。引き出し少ないんですよ、山月。かくなる上はポルノシーンがワンパターンにならんよう気をつけましょう。
ちなみにタイトルの話なんですが。もう一つ、「溺死。」と言う候補があったのです。どっちでも大して変わらんなあ(笑)