with green-eyes
初対面の時から、緑の瞳は前しか見ていなかった。
それだけが必要で、それだけで充分だった。
死武専入学後、職人と武器がパートナーを探すために行われていた交流会の中で、ソウルは手をこまねいていた。正確に言えば、独り部屋の壁際に立ち、互いに自己紹介と軽い雑談を交す生徒の群れを、じっと観察していた。
ソウルがその時探していたのは、「無難なパートナー」だった。
自分は、武器としての才能が発現したのをいいことに、音楽から逃げて死武専に入学した半端者だ。「おちこぼれ」に甘んじるにはプライドが高すぎるが、「一流」を目指すほどの情熱もない。差し当たって望むのは、「無難な学生生活」。この死武専の場合、そのために必要不可欠なのが「無難なパートナー」。一口で無難と言っても色々あるが、差し当たりは試しに組んで相性が悪いと分かったら、後腐れなくパートナーを解消できるサバサバした関係が理想。早めに単位をとるためにも、さっさとパートナーを決めた方がいい。
そんなことを考えながら、声をかける相手を吟味していた時だった。
生徒の群れの隙間をくぐり抜け、ちょこまかと動き回っている少女がいた。手当たり次第に声をかけては、一言二言喋ると次へ向かっている。たまに立ち止まって、しばらく言葉を交わすが、やがて時間を気にして名残惜しげに手を振る。「WEAPON」の名札をつけていることを確認してから声をかけているから、多分職人だろう。小柄で細身、服装も死武専の制服で今にも人波に埋もれて見失いそうだが、ツインテールが彼女の動きにあわせてひらひらと揺れるからどこにいるか一目で分かる。
まさかとは思うが、今日中に武器全員と一通り自己紹介を交わすつもりか。
交流会は今後も何度か行われるし、死武専自体はパートナーを選ぶのに期限を設けていない。単にパートナー必須の講義が受けられないだけだ。現に他の生徒達は、入学したての心細さも手伝って、パートナーよりも学生生活を共にする友人との和やかな会話を求めている。
彼女の行動は交流会の意図に一番沿っていながら、現状では一番場違いだったのだ。
「大丈夫かあの女…」
そんなことを呟いた矢先、少女に声をかけられた武器が面食らって及び腰になった。気の弱そうな武器は、名を名乗った後はむにゃむにゃとなにやら言いわけをして、少女から逃げて群れの中へ姿を消してしまった。
「…あーらら。クールじゃないねぇ…」
少女は、それを見て初めて己の行動を省みたようだ。周囲の生徒達の様子を改めて見回すと、がっくりと肩を落とし、とぼとぼと自動販売機へ向かった。
オレンジジュースの封を切り、ふう、とため息をつく。
次の瞬間、ガバっとペットボトルを傾けた。
余程のどが渇いていたに違いない。ごっごっごっごっ、という音がここまで聞こえてきそうな勢いで、あっというまにジュースは彼女の口中へ消えていった。
ごん、と回収ボックスにペットボトルを投げ込むと、少女はまたがくりと肩を落とし、とぼとぼとソウルの側のベンチにやってきて、どさりと腰を下ろした。
改めてみると、とんだ発育不全の少女である。小柄なのは背丈と横幅だけではない。ブレザー越しの胸も腰も小柄、ミニスカートから延びる足はすらりとして色白だが、やはり肉の足りなさが目につく。うつむき加減の姿を見下ろすと、つかんだらぽっきり折れそうな首筋が丸見えだった。さっきまで元気に飛び跳ねて居場所を主張していたツインテールは、首筋の両脇でたらりと所在無げに揺れている。
「お前、職人だよな?名前は?」
ソウルは、ちんまりとした背中に思わず声をかけていた。
少女が、ぱっと顔を上げる。
てっきりしょぼくれた顔をしているに違いないと思ったら、いきなり顔面を見つめられた。正直、内心たじろぐほどの真っ直ぐさだった。
「…あたしはマカ=アルバーン。あなたは…武器ね。名前は?」
「ソウル」
「フル・ネームは?」
「…ソウル=イーター」
「…ふうん。変わった名前だね」
大きな、緑の瞳。時々ぱちりと瞬きながら、まじまじとソウルを見つめている。彼女の眼は誰よりも真剣に、情け容赦なく相手を「値踏み」していた。
しかも、自分が「値踏み」していることを、隠すそぶりもない。
ソウルは直感的に、マカが自分と正反対の育ち方をした人間だと感じた。
「あたしは、鎌職人志望なの。あなたの武器タイプは?」
よりによって鎌職人か。ソウルは、自分が魔鎌だと正直に答えるべきかどうか逡巡した。このマカという少女は、ソウルにとって絶対に「無難なパートナー」たりえない。
「…真面目に鎌職人目指してんなら、悪いが他をあたってくれ」
「…そか、残念。鎌じゃないんだ」
マカは、ソウルの台詞を素直に解釈してくれたようだ。鎌ではないなら用はないとばかり、あっさりと視線をソウルから外す。
ソウルは内心胸をなでおろした。騙すようなことをして悪いとは思うが、自分と組んでも「優秀な」鎌職人にはなれない。
しかし、この様子からすると、生徒の群れの中でうろちょろしている間も、職人には声さえかけず、相手が魔鎌でないと分かったらすぐに次へ移動していたのだろう。立ち止まって長話していた相手は魔鎌だったに違いない。
魔鎌じゃないと知った途端に目もくれなくなった少女が、少しソウルの癪に障った。
「無難」でありさえすればなどといい加減なことを思っている自分を棚に挙げ、相手が「魔鎌」でありさえすればいいかのようなマカに、意地悪な気持ちが湧き上がる。そんなものの考え方では、パートナーなど見つかるわけがないと。
「今日はもう止めんの?さっきから随分頑張ってたみたいなのに」
くたびれきってベンチに座り込んだままのマカを冷やかすように言うと、狙い通り無遠慮な冷たい視線が飛んでくる。
「何、人のこと観察してんのよ。気持ち悪い」
「別に。ここからだと全員眺められるからな。あそこの髪アップにしてる女なんか、さっきからへらへらした男にばっかり声かけられてるよ」
「そ、そう」
マカが赤くなった。自意識過剰だったと思ったらしく、ますます意気消沈している。
膝に頬杖をついて、生徒の群れを恨めしげに睨みながら呻く。
「これってパートナー決めるための交流会なのに、どうして合コンみたいになってるの?」
「お前さんが始めから飛ばしすぎなんじゃねえの。大体なんでもう鎌って決めてんだ?パートナーに合わせて方向性決めるヤツも結構いるんだろ?」
「ママが、鎌職人だったから」
ソウルは、マカの台詞に一瞬眉をひそめた。音楽一家に生まれながら音楽を捨てたソウルにとって、素直に受け入れがたい理由だった。
しかし、マカはそれをすぐに翻した。
「…いや、ちょっと違うかな。職人を目指してるのはママの影響だけど…適性検査の結果がママと同じ鎌職人傾向だったの。持って生まれた才能を伸ばすのが一番じゃん?そういうとこ妥協したくなくて。だから鎌を探してる」
ふてくされていた緑の瞳が、語るうちに明るく鋭く輝きだす。その輝きは、きらきら、などという可愛らしいものではなく、ぎらぎらというに相応しい情熱を帯びていた。
「あたし、誰よりも強いデスサイズを作って、誰よりも強い職人になりたいから」
その眼は、もう目の前の和やかな生徒の群れなど見ていなかった。鋭く貫くようにして、遠く、けれど手が届くと信じて未来を見据えている。
――なるほどね。素直で可愛い頑張りやさん、というわけだ。
「さぁって、めげんなあたし!もう一頑張りすんぞぉっ」
どうやら浮上したらしいマカは、がばっとベンチから立ち上がり、ぐぅっと伸びをした。
「そんじゃね、ソウル君。お互い、いいパートナーが見つかるといいね!」
「おう」
マカの無邪気な社交辞令に、ソウルはどこか味気ない気持ちを感じながら、短く応えて見送った。
「いようソウル!」
「あ?お前入学式早々にパートナー決まったくせして、何しに来た?」
マカと入れ替わりで現れたのは、ブラック☆スターだった。
「なんだ、オレのファン2号のくせして素直じゃねえなあ!喜べよ!」
「だからファンじゃねえっての」
やたら目立ちたがりの面白いヤツだと思って観察していたら、視線に気づかれて勝手にファン扱いされている。出逢って数日だが、ファン扱いを除けば憎めない少年である。
「まああれよ、こんだけ人が集まってるってのに」
「オレ様がいないなんて華に欠けるだろうと来てやったんだ、か?」
「うお!?貴様、台詞を横取りとはけしからんな!しかしおれはビッグな男だ、オレの思考をトレースするほどの熱烈ファンぶりに免じて許してやるぜ!」
「ファンじゃねえけど、そらどーも…」
こいつのパターンを読めないヤツがいるだろうかとソウルは思う。
「ところでお前、今マカと話してたろ?」
「知り合いなのか?」
「あいつもデス・シティ育ちだもんよ。両親がデスサイズとその職人なんだぜ」
「…親父の方はデスサイズかよ。すげえ家系だな」
「オレ様のビッグさには負けるけどな!…で、もしかして組むの?おまえら」
「いや…アイツだけは、ダメだな」
「なんだよ。鎌職人志望と魔鎌だろ?ダメなとこねえじゃん」
「それ以外がダメダメなんだよ」
――そうダメダメだ。ありえない。
ソウルは自分に言い聞かせた。間違いなく、マカは自分にとって「無難なパートナー」にはならない。そして、自分はマカにとって「最適なパートナー」になれない。
数日後。手っ取り早く探すつもりだった「無難なパートナー」を、ソウルは未だ見つけられずにいた。あの後、何人もの職人と言葉を交わしたし、良い友人になれそうな相手は職人・武器問わず山と見つけたが、友人の延長線でパートナーになれるわけでもない。
いくつか申し込みも来ているのだが、どうにも心が定まらず返事を保留にしていた。まだ職人と組んで戦ったことなどないのだから当然かもしれないが、誰かと組む自分の理想像のようなものが見えてこないからだ。
「くそ…情けねえ…」
要は、尻込みしているのだ。
既にパートナーを決めた者は、魂の波長を合わせる実習を開始している。校舎の屋上からは、演習場でブラック☆スターが早速パートナーと訓練に臨んでいるのが見えた。ここからだと小指ほどの大きさにしか見えないが、ブラック☆スターはアクションが大きくキレがあるのですぐ分かる。パートナーは多変型だそうだが、形態を変化させる度にブラック☆スターがバランスを崩してよろめいている。
「神を越える…っ…オレ様が、こんなこと〜っくらいでぇえぇええ〜〜〜!」
転倒だけは意地でもすまいと足を踏ん張っているので、見ているだけで腰が痛くなりそうだった。
「…いいねえ、テンションの高いヤツは」
ソウル自身は声高に騒ぐのが苦手だが、ブラック☆スターのような人間を見るのは飽きなくて好きだ。
だが、悪目立ちする少年に注がれる視線は、ソウルのような比較的好意的なものばかりではない。
「まったくブラック☆スターってやつはうらやましいな。オレのパートナーも可愛くてスタイル抜群の女の子が良かったのに。中務の入学があと2年早けりゃよ」
歳相応に俗っぽい内容の雑談が聴こえてくる。ソウルと同じく屋上から演習場を眺めている生徒だ。
「女と絡むのは私生活だけにしとけっつってるだろ。パートナーとして一緒に行動するにも限界があるし、仲がこじれると魂集めどころじゃなくなるんだぞ。あいつらだって長続きしやしないだろ」
「オレはお前みてえな失敗はしねえよ。あ〜、巨乳のお嬢さんと組んで公私共に男の包容力でメロメロにしてやりて〜…」
「んなことばっか言ってっからガキって言われるんだよお前は…女って怖いんだぞ」
異性と組むことに下心しか持っていない男を、連れが呆れ顔でたしなめる。
誰とも組んだことのないソウルだが、下心を動機に異性と組むのだけはごめんだ。年頃が年頃だから、下心がないつもりでもついつい女生徒のあれこれに目が行って自分でも苛立たしいのに、パートナーが女では気が散って仕方ない。あれこれ面倒になるのは目に見えている。
ブラック☆スターの場合はかなり特殊だとソウルは思っている。中務を「おとなしいお嬢さんだな」と評したら、「そのワリに下着はすげえエロいのつけてんだぞ」と実際にめくって見せて、ソウルに鼻血を吹かせた。しかし中務にはブラック☆スターのそんな行動を許す度量がある。ブラック☆スターは裏表がなさすぎてスケベ心がまるきり下に隠れてないから、逆に対応しやすいのだろう。多分そうそうパートナー解消なんてことにはならないとソウルは踏んでいる。
あいにくソウルにはブラック☆スターの真似はできないし、中務のようなおおらかさもない。少なくとも人としての性質は真似できない。しかし、武器としてならどうだろう。
演習を開始してから、中務は一度も人の姿に戻っていない。ここからでは会話も聞こえない。二人は武器と職人として、どんなコミュニケーションをとっているのだろうか。
「もちっと近くで見てみるかな…」
パートナーが決まっていない生徒には単位にならない授業だが、見学は自由だ。
演習場へ向かおうとした瞬間、その足が止まった。
既に演習場のそばで見学している生徒の中に、マカを見つけたからだ。彼女もまだパートナーが決まっていない。
交流会の日、ソウルはマカが自分と正反対の育ち方をした人間だと感じた。
いくつか同じ講義を受け、顔見知りになりつつつあるこの数日で、その直感が間違っていないことを確信した。
両親の話をしているのをよく見かける。楽しそうに笑ったり、怒ったりしながら。
仲の良い夫婦の間であふれるほど愛情を受けて育ち、両親が大好きな娘。父親の浮気性のせいで男性不信の気はあるが、そんなものはファザコンの裏返しだ。真っ直ぐな気性ゆえに、浮気の虫に振り回されている父親を許せないのだろう。そんな父が死武専最強の武器「デスサイズ」を名乗っている現実を、筋が通っていないと感じている。努力は報われると信じ、自分の力を試したいと渇望してもいる。
真逆だ。
ソウルは、自分の力など信じてはいない。試すほどの力があるとも思っていない。家族の愛を否定する気はないけれど、家族の素直な音楽の才を妬んでいる。幼いうちは何の不満も無かったはずなのに、いつからか自分の音楽がねじれていると苛立つようになってしまった。苛立ちは他者への妬みを煽り、ソウルの音楽はますます理想から離れていった。そして、その差はもう努力では埋められないものになってしまった。音楽から離れなくては、自分はこの苛立ちに喰われるだろうと思った。
いつかマカも、努力では埋まらない理想と現実の差に打ちのめされるのだろうか。
その時あの少女はどうするのだろう。
授業終了を知らせるチャイムが、ソウルを思考の中から引き戻した。
「んなことオレが心配することじゃねえっつうの…」
だからあの少女の姿を見るのは嫌なのだ。くだらないことばかり考えてしまう。
ソウルは頭を一つ振り、下り階段へ向かった。
「ブラック☆スター、調子はどうだ?」
「よお!ベランダから見てただろ!?オレ様の華麗な武器捌きを!」
こんな会話にも慣れてきたが、あの実習をこなしながらベランダのソウルを見分けるとはとんだ視力である。ブラック☆スターの五感は野生児並みだ。もっと言えば転ぶまいと踏ん張る根性はゴキブリの生命力並みである。
「華麗ねえ…腰傷めてんじゃねえのか?」
「何をぅ!このオレがあの程度の実習で傷むかよ。オレのダチならそこんとこしっかり抑えておいてくれよ」
「オレぁいつの間にファンからダチに昇格したんだ?」
「今だよ。お前から声かけてきたの初めてじゃん。ようやくオレ様のまぶしさを直視できるようになったな。そこがファンとダチの違いってもんよ!」
ニカニカと締まり無く笑っているところを見ると、どうやら嬉しかったらしい。思えば、確かに自分から声をかけたのは初めてだ。
「ほー…そらどーも」
「なんだなんだ。素直じゃねえなあ、もっと喜べよ」
「ファン扱いを止めてくれたのは実に嬉しいね」
皮肉りはしたが、ブラック☆スターの歓迎は悪い気がしなかった。
「んで、中務は一緒じゃねえのか?さっきまで一緒だったろ」
「椿ならシャワールームだ。今行けばばっちり見れるぞ」
ブラック☆スターが手で輪を作って覗き込むのを見て、ソウルは頭痛を覚えた。
「誰が覗きのタイミングを訊いた」
「なんだ、つまらん。椿は夕食の買い物に行くから、オレは先に帰って筋トレすんだ」
「そうか…なら」
わざわざ捕まえてまで、中務と話がしたいわけではない。話を打ち切ろうとした時、二人を横切った風にブラック☆スターが気を取られた。
「おう、マカ!早くパートナー見つけて実習出ろよ!オレ様の引き立て役が少なくて盛り上がらねえから」
「はいはい、鋭意捜索中よ。覚悟しててよね。ソウル君、また明日!」
風はそのまま真っ直ぐ図書室へ向かう。ツインテールはあっという間に階段を駆け上がって消えた。
マカの消えた方を見遣っているソウルに、ブラック☆スターが心底不思議そうに問う。
「お前も早くパートナー決めろよ。マカとかいいヤツだろ?」
「そりゃ嫌なヤツじゃないが、だからパートナーになれるってもんでもねえだろが」
「そうか?おまえよくあいつのこと見てんじゃん」
ソウルの眉間に盛大な皺が寄った。
「オレも鋭意捜索中なんでな。あいつに限らず観察中だ」
「そうかあ?そんな風には見えねえけど」
ブラック☆スターは面白いヤツだが、素でこういうことを言うところが実に苦々しい。
「見えなくてもそうなんだよ。じゃあな。さっさと帰って筋トレに励みな」
「おう!明日のオレは神に届いてるから楽しみにしてろよ!」
「そうさせてもらう」
翌日は体育館で、武器のみの実習だった。武器の姿に変身し、それを維持するという、基本中の基本の練習だ。
新入生の中では武器になることに慣れている中務が、教員と組んで模範演技を行った。
多変型の中務は、教員でも扱いが難しいらしい。実演したのは忍者刀・鎖鎌・手裏剣までで、けむり玉・変わり身は同調率の高い相手でないと使えないそうだ。
他の新入生はパートナーがいるいないに関らず、教員の指示で実習に協力してくれる上級生の職人と組んだ。職人にとっては、パートナー以外の武器を扱うため、柔軟性を養う実習を兼ねているのだ。
変身自体はそんなに難しくない。自転車に乗るのと同じで、一度コツをつかめば簡単だ。不思議なことに、武器になるとぐるぐる振り回されても目が回らない。生身でそんなことされたら間違いなく酔うだろう。
そんなことを思っていると、ソウルと組んでいた先輩が大きく姿勢を崩して、ソウルは思わず恐怖心に駆られる。
どさりと投げ出されたソウルは、反射的に人間に戻っていた。
「ソウル=イーター、取り落とされても武器のままの方が痛くないんだ、なるべく武器の姿を保つようにしろよ。敵の前だと生身になった時が一番危険だからな」
教員のそんな声が飛んでくる。
組んでいた先輩も、ソウルと同じように尻餅をついて苦笑していた。
「バランスにクセがあるね、ソウル君は」
「すんません…」
「あ、いや。波長が合えば気にならなくなるはずなんだよ。お互い精進しようね」
鎌使いだという先輩は人当たりが良く穏やかだが、どこか一つ頼りない。
「中務はすげえな」
結局、実習後半に相手を替えて練習しても、ソウルの反射的に人間の姿に戻るクセは治らなかった。
「ソウル君」
「職人が姿勢崩しても武器のままでいることが、こんなに難しいと思わなかった」
「私は武器の家系で、小さい頃から訓練を受けてましたから…ソウル君もすぐできるようになりますよ」
「いや…昨日のブラック☆スターみたいなのに使われたら、オレ多分逃げちゃうね」
くすりと、中務が笑った。
「ブラック☆スターはどんなに姿勢を崩しても、私を取り落としたりしません。絶対」
「…絶対?」
「はい。絶対」
そうかもしれない。腰を痛めそうな無茶な体勢でも、むりやり持ち直していたブラック☆スターなら。しかし。
「なんでそういいきれるわけ?」
「私がそう信じたからです。『己が身を預けよ』…唯一の武器の心得として、父から教わった言葉です。私は、ブラック☆スターに預けると決めました。もし取り落とされても後悔しません。だから、『絶対』」
にこにこしながら、中務がさらりと語った。
「…そりゃ、クールだね」
ソウルは、自嘲した。
――どんなヤツなら、預けられるってんだよ?
己が身を預けられる「無難なパートナー」。
――矛盾してるよ。
ダメだったら後腐れなく交代してもらおうと思っている相手に、身を預けることが出来るものか。おちこぼれない程度の成績で満足してくれる相手に、身を預けられる訳があるか。
「バッカじゃねえの?やめだ、やめ」
実習を終えて着替えたソウルは、体育館のギャラリーへ向かう。
さっきまで武器が実習に使っていた場所で、職人が武術の実習を受けていた。
「ちょ、マカァ!ウォームアップなのにガチすぎだって!」
ソウルの視線の先には、マカがいた。これまで、なるべく視界に入れまいとしてきた少女が。
「う。ご、ごめん」
抗議の声を上げた女生徒に、一時は申し訳無さそうな顔をする。けれど次の瞬間には、緑の目は相手のガードの緩みを逃さないことに集中していた。教員の模範演技をどう再現するかに意識が戻っている。
相手の足払いをよけて身をよじった拍子に、道着の襟が乱れて白い肌が覗いた。しかし、今のソウルの視界でそんなものは重要ではなかった。
ウォームアップを終えて練習のトーナメントが始まると、周囲の女生徒達とマカの違いはもっと明るみになる。周りでは、まだ同級生になったばかりの相手に遠慮して、怪我をさせまい、みっともない負け方はさせまいと、馴れ合いに近い試合が行われている。そんな中で、マカのモチベーションは段違いだ。既にギアがMAXに入っているマカに正面から見つめられただけで、相手は気圧されて負けていく。
『誰よりも強い職人になりたいから』
その言葉に嘘はない。
けれど、最後まで勝ち残ったマカの表情は、晴れなかった。
――そりゃそうだよな。あんな連中の頂点なんか、お前にとってはアウトオブ眼中だ。
やがて、女子の勝者と男子の勝者で試合をする番になった。
男子の勝者は、当たり前のように体術ではダントツのブラック☆スターである。
「マカ=アルバーン。ハンデとして棍を使いなさい」
男子と女子の体力差…というよりは、相手がブラック☆スターであるという点を気遣って教員が差し出した武器を、マカは首を振って断った。
「いりません」
「マカ、オレは相手が女だろうと手加減しねえぞ。意地張らねえ方がいいぜ」
「知ってる」
マカの返事は短い。
「そ、ならいっちょ揉んでやる。とっとと始めるぞ」
戸惑っていた教員は、ブラック☆スターの声に圧されて掛け声をかけた。
「始め!」
マカは一気に距離を詰めた。体勢を低く構え、ブラック☆スターの足を狙いにいく。
だが、スピードもセンスも完全にブラック☆スターが格上だ。反射的にマカの足払いをかわして、襟を取りに行く。
対してマカは読みが深かった。両腕で襟をガードしてブラック☆スターをはじき返し、身体の柔軟さを活かして死角へ回り込んで引き続き足を狙う。まともな取っ組み合いや、距離をとっての突き合いに持ち込まれたら、一瞬でブラック☆スターのパワーに圧倒されるのが目に見えているからだ。
掴まれまい離されまいと足を狙い続けるマカと、自分の土俵に持ち込もうとするブラック☆スターの小競り合いが続く。
決着が訪れたのは、息もつかせぬ攻防がどれほど続いた後だったか。突然、マカの身体がぽいと浮き上がり、続いてブラック☆スターの裏拳に弾かれて床へ叩きつけられた。
「くそ〜、こんなやり方、BIGじゃねえぜ!」
「勝っといて言うことか、チクショウ!絶対いつか勝ってやる!!」
床にこすられたか、右頬に大きな擦り傷のできたマカが、悔しがって叫ぶ。
「ちょ、今何があった?見えなかったんだけど」
戸惑う生徒達に、教員が説明をしていた。
「マカ=アルバーンが呼吸を乱し始めたところで、ブラック☆スターが足払いをかけたんだ。しかし男子の中にもブラック☆スター相手に30秒保つ者はいなかったからな、大健闘だ。マカ=アルバーン」
「…ありがとうございます」
礼を言ったのは口先だけだった。緑の目はブラック☆スターの強さを睨み続けている。
「ちょっと怖い…あたし次の授業でマカと組み手するのやだよ…」
女生徒たちがこそこそと話し合っている。
マカの目が、一瞬だけそちらへ目が向いたが、すぐ前に向き直った。
「強くなりたくって何が悪い」
声に出さず、唇がそう動いたのをソウルは見ていた。
値踏みを終え、ソウルは音楽室で待っていた。
音楽から逃げて死武専へ来た。その時点で失くすものなどなくなった。死武専を卒業した後の行き先など考えてすらいない。この期に及んで、無難な生活を求めてまで守るべきものなどあろうはずもない。
――そんな状態で、無難に…無為に。そんなフラフラした生活やってられるかよ。
今ソウルに必要なのは、行き先だ。方位磁針のように揺らがず、行き先を指し示す何かだ。
『己が身を預けよ』。それができる、指針。ソウルにとってそれは、緑色をしていた。
待ち人が、ドアを開けた。
「ソウル君…用って何?」
「…はじめまして、『鎌職人』マカ=アルバーン」
「な、何よ、初対面でもあるまいし、改まって…」
戸惑っているマカに、ソウルは右腕を鎌の刃にしてみせた。
「え…か、鎌じゃないって…」
そんなことを言った覚えは無い。
「オレは『魔鎌』ソウル=イーター。だが魔鎌としてはただの駆け出しモンだ」
腕を元に戻し、ピアノへ向かう。
「だから、オレがこれまでやってきたことをしてみせる。オレは、こういう人間だ」
『己が身を預けよ』、その言葉の通りにしてみようとソウルは思った。理想から遥かに隔たってしまった自分の音楽を、もし受け入れてくれるならば。
その覚悟で、今持てる自分の全てをピアノにぶつけた。
マカは、ソウルの演奏をこう評した。
「なんか、『魂の迷走曲』って感じ」
理想とする家族の演奏と似て非なる言葉で、マカはソウルの演奏を語った。
「すごく難しい迷宮を、だー!って駆け抜けてる気分」
ソウルにとっては出口のない迷宮を、あっさり楽しいと言ってみせた。
「きっとゴールにはすっごい宝物が待ち受けてる!」
緑の瞳を輝かせて断言する。
――この瞳になら、命をも預けよう。
ソウルはマカに、手を差し出した。
「よろしく、マカ」
マカは、しっかりとその手を握り返した。
「こちらこそ、ソウル」
オレの相棒は緑の瞳。
青空に髪をなびかせて、前を見据えるのが似合ってる。
コイツが前しか見ないから、オレが斜に構えても
吹くのは必ず追い風だ。
オレの相棒は緑の瞳。すぐに頭に血がのぼる。
やきもち焼きで、負けず嫌いで、
らしくないのも嫌いなら、曲がったことも大嫌い。
だから目指す場所を間違えない。
とびきりHotなヤツだから
手綱を取っててやれる俺でいられたら
それがサイコーにCoolな関係ってヤツだろ?
目指すもののない俺は
お前が目指すところへ行こう。
お前が前を見てるから
オレはお前を見ていよう。
お前を見つめる俺の目から血が引くことはない。
だからお前の相棒は紅い瞳をしてるんだ。

こめんと。
SoulEater二次創作小説。鋼の錬金術師目当てで月刊少年ガンガン買ってるのに小説書き甲斐があるのはコッチ。ハガレンは二次創作の必要がほぼないからな。
着想の原点について→「green-eyed monster」直訳:緑の目の怪物。慣用句としての意味:嫉妬。シェークスピアが「オセロ」などの作品でこの表現を用いている。嫉妬により感情が高ぶり、血の気が引いた顔色を「緑色」と表現したことに基づいた言葉らしい。