寮


 寮と言う奴は、なかなか奇妙な人間関係。
 名前も知らない、話したことも無いような相手でも、どう言うわけか顔だけは知ってるし、「むっ、寮臭い」と思う。
 今日の夜、私は寮の門の辺りで散歩していた。
 そろそろ部屋に戻ろうかなと、玄関に向かって歩き始めた時、寮門へ入ってくる人を見かけた。
 こんな時間に客な訳も無い。
 でも、全く話したことの無い相手。
 一瞬どうしようか迷って。
 それでも、「おかえりなさい」と、目を合わせずに、ぼそぼそと声をかけた。
 するとやや間があってから、やはりぼそぼそと「ただいま」と、返事が帰ってきた。
 足は私の方が早かった。
 玄関に先についた私が、鍵を開けようとしていると、その人が、それを背後で待っている気配がした。
 私は中に入ると、ドアを押さえて待っていた。
 その人がドアを受け取ると、私は無言で自分のげた箱へ向かった。
 その人も無言でドアに鍵を掛け、自分のげた箱へ向かった。
 寮では日常茶飯事の、当たり前の光景なのだけれど。
 私は階段を上りながら、思った。
 もしかして、寮に住んだ事の無い人から見ると、これって奇異な光景なんだろうか。
 これを当たり前のことだと思ってしまう辺りが、「寮臭い」と思う由縁なんだろうか。
 とりあえず、居心地が悪いとは思わない。

山月のはんこ