人喰い鬼の話
昔、人食い鬼がいた。
その性は荒々しく、腕に覚えある武者が己を退治しに来たのを、無造作に掴みあげて千切って喰った。しかし、脚の一本も食い終わらぬうちに目が移り、村の美しい女を握りつぶして口に運んだが、はらわただけ平らげて残りは投げ捨てた。
鬼の名と姿は知れ渡り、人々は皆して石を投げ、鬼を追い払うようになった。
鬼も流石にいちいち皆殺しにするのが面倒になり、うろうろと彷徨って歩くようになった。
ある寒い夏が過ぎ、冬が人々に飢えを運んできた。
人々は食べるものが無く、畑を耕すための牛も、熊を狩るための犬も食い尽くして、倒れた人の肉を口にするほどだった。
おかげで喰い残しがあっても、食ったのが人か獣かはたまた鬼か、見分けなどさっぱりつかなくなった。
人が鬼を追わなくなったので、鬼はとある里に居座り、初めてじっくりと人を眺めた。
そしてふと、一人の女が腐りきった肉を懸命に喰っているのを見つけた。
「もっと死んだばかりの肉の方が美味いだろう」
女は泣きはらした目で鬼を見上げ、腐肉に口に詰め込み、その臭いに込み上げるものをこらえながら言った。
「いいえ、これは飢えの果てに私が刺し殺した私の娘。残して逝くことは出来ません」
女の肌は爛れており、病に深く侵されていることは一目瞭然であった。
女の腹が満ちようとも、余命が延びることはないだろう。
とうに食欲などあるまいに、それでも女は娘を喰らう。
鬼はその様子をまじまじと眺めて言った。
「では私がお前とお前の娘を食ってやる。私の腹の中で娘と共に暮らすがよい」
女は咽ぶあまりに答えることも出来ないまま、鬼に向かって手を合わせた。
鬼は女と腐った肉を平らげた。
その様子を見ていた人々は、次々に鬼に手を合わせた。
次の秋、どうにか一年の糧を手に入れた人々は、里の山に、立派な御堂を作って鬼に住まわせた。
鬼は村で死んだ人間を骨の一欠けらも残さず食べるようになり、死ぬまでその御堂で暮らした。
「自分が何故昔石を持って追われていたのかは未だ分からん。また、何ゆえ今はこうして大事にされておるのかも分からんが、昔よりは心静かに暮らしている」
死ぬ直前に、鬼は通りすがりの旅人にそんなことを話したと言う。
こめんと。
「世は正月だというのに、何故自分の子供の肉を食わねばならぬのか」
何で読んだんだかはさっぱり忘れましたが、近世の飢饉の様子を書いた書物の中の一節。この台詞に対し、救いが欲しくなった。