時々、電波を受信する。
アメフト部で若林が靭帯を切り、担架で運ばれていくのを見たときも、春日に電波がきたのだ。 『にやにやしてやれ』と。普段、突然尻を蹴りあげたり人のノートにいたずら書きをしたりしている悪童に、天罰が下ったんだ。面白いじゃないか。いい気味だと笑ってやるがいい。 何でそんなことが頭に浮かんだのか、春日自身にはさっぱり解らない。 だって、脂汗を浮かべて、時折痛い痛いと呻いている、叫ぶ気力もない。そんな目に合うほど悪いやつじゃないんだ。現に蹴られたことのあるヤツも、いたずら書きされたヤツも、心配そうに若林を見送っている。 だが、そんな心配顔が視界に入るたび、当の怪我人は目をそむけていた。 「若林、大丈夫か」 そう問われるたびに痛みに歪んでいる顔が引きつり笑いに似た形を作ろうとする。 「しっかりしろ、すぐ医者連れてくから」 と声をかけられると、食いしばった歯の隙間から搾り出すように謝罪を繰り返す。
「…スンマセン、スンマセン…」
そんな光景を呆然と眺めていたら『笑うしかないじゃないか』と、電波が来たのだ。 春日は、その電波にほとんど脊髄反射で従った。 その瞬間に、若林と目が合った。 若林は春日が笑っているのを見た瞬間、その表情を完全に苦痛と怒りで染め、盛大に毒づいた。 「チクショウ…ッ」 若林の急変に周りは慌てたが、今の若林に周りの喧騒の変化など届かない。 「痛えんだよっ、畜生!」 皆は、若林は痛みで我を失っているのだと手当てを急ぐばかりで、悪態を咎めようとはしなかった。 担架はスピードを上げて若林を運び去り、グラウンドに静けさが降りた。 「ほ…」 にやにや笑いを作っていた表情筋から力が抜けて、春日はほっと膝に手をついた。 治ったら蹴られるだろうか。さっさと治して制裁を済ませてくれるといいのだが。 でも、何で『にやにやしてやれ』なんて電波が来たのか、やっぱり春日には解らない。 勿論、それを見るまで若林が『スンマセン』を繰り返さずにいられなかったことにも気づかない。
後日、お約束どおり制裁はくだされ、事件は笑い話となった。 それから10年を経た今も、春日は電波を受信しながら、若林の隣にいる。 |