2度目の招待状
ゲカルチ海岸にて…。
「皆、忘れ物はない?チケットは持った?」
「うん!ちゃんと持ったよ」
「ほんとにぼくらだけで行って来ていいの?」
「うん。その代わり帰って来たらお芝居の感想聞かせておくれよね」
「任せてよ、おもしろい土産話も山ほど見つけてくるさ」
「気をつけて行くのよ。船長さん、よろしくお願いします」
「大丈夫だって!心配性だなあミコトは」
「おまえがいっつも無茶ばっかするからだろ」
「何だよ、お前だってこの前…」
「うああん、二人とも、ケンカしちゃやだよう」
「ほら、早く乗ろうよ。船が出てしまうよ」
「あっ、大変!」
「それじゃ、ミコトさん、288号さん、行って来ます!」
「いってらっしゃい!」
アレクサンドリアで上演される芝居のチケットを握り締めた6人の黒魔道士の子供達。彼らを乗せた交易船が水平線の向こうに消えて行くのを見送りながら、288号は隣にいるミコトに話しかけた。
「やっぱり、心配かい?」
「当たり前よ」
短い応えの間も、船の見えなくなった辺りから目を離そうとしないミコト。
「大丈夫だよ。あの船はアレクサンドリア港行きなんだから、迷いようもない」
「でもあの子たちの性格じゃ、町の外も見に行きたがるに決まってるわ…」
やっぱりついて行けばよかった、と言わんばかりに首を振る。そんなミコトの様子に、悪いとは思いながらも苦笑してしまう288号。
「まったく、あの好奇心旺盛さは誰に似たのやら…」
「あなたは心配じゃないの!?」
水平線から目を離して、なじるように言うミコトとは対照的に、288号の言葉は穏やかだった。
「心配じゃない訳ないさ。そう言う君だって、最後には折れたじゃないか」
「それはあなたが『彼らをいつまでも子供扱いしちゃいけない』と言うから…」
ミコトはつぶやきながら、再び水平線を見つめる。
その不安げな様子にひとつため息をついて、288号は懐から小さな封筒を取り出す。
「参ったな。いっそはやめにこれを見せておけばよかったのかな」
「これは…?」
受け取った封筒の表には、ぎこちないけれど丁寧に書かれた筆跡で、『ミコトと288号さんへ』とあった。
「この字は、ビビ…!?」
「そうだよ、読んでごらん」
288号に促されて、ミコトはそっと中の便箋を開く。
『親愛なるミコトと288号さんへ。
二人とも、お元気ですか。
この手紙が見つかるころには、ボクの子供達も少しは成長しているんだろうね。
ボクがこの手紙を書くことにしたのは、その子供達のことでお願いがあるからなんだ。
多分ボクの子供達は、いつか村を出て旅をしたいと言い出すと思う。
もしかすると、自分達だけでとか、6人ばらばらにとか、そんなふうに言うかもしれない。その時には、みんなのしたいようにさせてやって欲しいんだ。
もちろん、あんなふうな子達だから旅先で何をしでかすか分からない。
それに旅は、嬉しいことや楽しいことにばかり出会えるものとは限らない。
今まで村で守られて来たあの子達に、そんな危ないめに遭わせたくないって二人は思うかもしれないけど。
でもね。あの子達なら、大丈夫だってボクは思うんだ。
二人なら、分かるでしょう?
あの子達は、ボクよりずっと強いよ。
ちょっとやそっとじゃ、つぶれないよ。
ボクは、あの子たちを信じてる。
だから、ひろい世界を、あの子達に与えてあげてください。
自分達の力で、いろんな人に出会って、いろんな出来事を乗り越えて、
誰にも教えられないことを、自分達の手で、たくさんたくさん見つける、
そういうことの出来る世界を、与えてあげてください。
そして村に帰って来たら、外の世界で見て来たことを、聞いてあげてください。
どうか、ミコト、288号さん、お願いします。
彼らの旅立ちの日に向けて、
この手紙を、ボクをひろい世界へ連れ出してくれたきっかけ、
大事な大事な宝物の元に託します。 ビビ』
読み終わって、ミコトはぼうぜんとした表情でつぶやいた。
「…これは、どこに?」
「アレクサンドリアからお芝居のチケットが届いた日にね、ビビ君の話を思い出しながら、例のチケットを見ていたんだ。そしたら…」
「まさかあの、偽物のチケットの入った額の中に…!?」
頷く288号。
「まるで図ったような時機に出てきたわね…」
ミコトはゆっくりとため息をつく。
「どうして、今まで見せてくれなかったの?」
「その次の日に、彼らが『自分達だけで行きたい』と言い出したからさ」
それを聞いて、ミコトはさっと顔を赤らめる。その時ミコトは、驚いて『とんでもない!』とすごい剣幕で叱り飛ばしてしまったのだ。
「…これを見せたら、もっと君を怒らせるような気がしてね」
多分、そのとおりだ。
288号になだめすかされて今でこそ落ち着いてはいるが、あの時は心配のあまり感情的になってしまって、冷静に人の話を受け止める余裕なんかなかった。
そんな時に、こんな手紙を読んだら、どうなったことやら。
「これじゃまるで、しばらくあの子達が帰って来ないみたいだものね…」
「やっぱり、怒るかい?」
少しのぞき込むように尋ねる288号。
しばしの沈黙の後、ミコトはゆっくり応える。
「やっぱりついて行けばよかった、とは思うわ」
「…向こうにはジタン君達もいるんだし、そんなに突飛なことは出来ないさ」
「…あの子達が?」
「………」
応えに詰まる288号に、こめかみを押さえるミコト。
「心配しないで待ってるなんて出来ないわよ…でもね、ひとつ思い出したわ」
便箋に目を落として、微かに表情を緩める。
「村に来たばかりの頃、あの偽物のチケットを見て言ったことがあるの、『ただの紙切れにしか見えない』って」
「そんなことも、あったね」
「そのころは、ここがあまりにもテラと違い過ぎていて、ブラン・バルに戻ることばかり考えていた」
「…へえ」
288号は、静かに相槌を打つ。
「なのに最近は、そんなこと思い浮かびもしない…今じゃ、あのチケットを『紙切れ』なんて言えなくなってしまったわ」
二人は目を交わすと、同時に、ふ、と微笑む。
「これじゃ、信じるしかないわね、あの子達を」
うん、そうだね、と288号が頷くと、ミコトの手の中の便箋が、かさ、と笑い声のような音を起てる。
ミコトは船の消えて行った水平線を見つめ、いってらっしゃい、と小さくつぶやいた。
アレクサンドリア城の芝居後のパーティーが始まって間もなく。
「あら?あなたたち、2人足りないんじゃない?」
迎賓室にやって来た黒魔道士の子供達を数えて、ガーネットは首をかしげた。
「ああ、あいつらならさっきチケットスられたって言って、どっか突っ走っていっちゃったんだよ」
「わざわざ取り返しに行ったのか!?」
もう終わった芝居のチケットなんか、とジタンが驚く。
「だってビビもお芝居のチケット大事にしてたもの」
「そういえば…なにやら後生大事に持ち歩いておったのう」
「あの偽物のチケットアルか?食べられないのに何でアルかね」
「はて…?」
「まあ、あの2人ならそのうちひょっこり戻ってくるよ」
「じゃあ、ぼくそれまでカードゲームの相手探してようっと」
「喉渇いたー、ジュースもらってくる」
「おれ新型の飛空挺見たい!エーコ案内してよっ」
「ちょっと、呼び捨てにしないでよっ」
あっと言う間に散り散りになってしまった子供達に、ガーネットはくすくす笑って、
「ミコトがいないと、いつもこうなんだから」
と言い、スタイナーは呆れたようにため息をつく。
「本当にビビ殿の子は思えん」
「そうか?そっくりだと思うけどな」
「外見だけならな」
ぼそりといったサラマンダーに、にやにやとジタンが応える。
「何言ってんだよ、中身もさ」
同時刻、アレクサンドリア城下裏通りで、4本腕の少年が首をさすりながら言った。
「おーいてー、アザになっちまうじゃねーか」
「ごめんね、しめあげたりして」
気弱げに謝っているのは、黒魔道士の子供。
「何でしめあげたこいつが謝らないんだよ!」
「お前がチケットなんかスるから悪いんだろ、なんでおれが謝らなきゃならないんだ」
えらそうに言ったのは、もう一人の黒魔道士の子供。こちらが兄である。
「…あんまり大事そうにしまい込むから、金と間違えたんだよ」
「金ならスって良い訳じゃねーだろ!!」
「あーん、落ち着いてよう」
「ほら、やめやめ」
またもつかみ合いになりかけたところを割って入ったのは、ネズミの子だった。
「全く、兄のジャックに似て手癖の悪い奴だなあ。とにかくここは、おれの顔に免じて許してやってくれよ」
「うん、もちろんだよパック」
チケットを丁寧にしまいながら、黒魔道士の子供の弟の方が答える。
「スられたのはお前のチケットだって言うのに、のんきな奴だよ」
「君が乱暴すぎるんだよう」
見かけだけなら自分そっくりの弟が気弱げに言うのを、ふんと無視する兄。
ネズミの子も、むっつりとふくれている4本腕の少年をたしなめて言う。
「お前ももうスリなんかするなよ」
「でもよパック、金も無いのにどうやって魔の森へ行く装備を整える気だ?」
「おまえら、これから魔の森へ行くのか!?」
急に話に割り込んだ兄の方の黒魔道士の子供に、ネズミの子が答える。
「ああ。最近夜にあの辺で妙な化け物が出るというから、見物に行こうと思ってな」
「おばけ!?こ、怖くないの!?」
「何だよおまえ、びびってんのか?」
からかうように4本腕の少年が言う。
「だ、だって、襲って来たりするんじゃないの?」
「だから対抗出来るように装備を整えるんじゃねーか」
そこへ、話に割り込んでからしばし考え込んでいた様子の黒魔道士の兄の方が言う。
「…その化け物って、黒魔法は効くのか?」
「うわさによれば効くらしいけど…まさかお前」
答えながらも嫌な予感を感じる4本腕の少年。
「よし、おれも行く!」
「げ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!そろそろ皆のところへ戻らなきゃ…」
4本腕の少年は絶句し、黒魔道士の子供の弟が抗議の悲鳴を上げる。
「お前戻って適当に言い訳しといてくれよ」
「ぼ、ぼく嘘なんかつけないよう」
「おい!その前に連れてくなんて言ってないぞ、そうだろパック!」
「いや、おれはむしろ誘おうかと思ってたけど」
にいっと笑って答えるネズミのこの言葉に、
「ちょっと待ってよう、危ないよう!」
「おれはこんな奴と組むのは嫌だぞ!」
二つの悲鳴が同時に裏通りに響いた。
1時間後。そろそろ夜も更けて来た頃。
アレクサンドリアから魔の森へ下る崖を下りて行く、小さな4っつの影があった。
そのうちの2人は、ポケットにしっかりとあのチケットを持っていた。
この長い旅への、招待状を。
こめんと
FF9のエンディング見て、まず最初に書こうと思った話。
山月はあのエンディング、良い終わり方だったと思います。山月がそう思えるのは、ビビの子供達が生まれてたからです。もし生まれてなかったら、2度とエンディング見るもんかと思ったでしょう。
この話は、あの子供達に対するわしなりの祝福です。