FF9小説化/シーン1:劇場艇プリマビスタ
霧の大陸北東の高原に咲いた水路の街、アレクサンドリア。このアレクサンドリア王国の首都たるこの街の中央には、てっぺんに巨大な剣を戴いた白亜の城、アレクサンドリア城がそびえる。
この国は、女王ブラネが治める王国であった。そのブラネ女王には、一人の美しい娘がいる。アレクサンドリア王国の第一王女、ガーネット・ティル・アレクサンドロス17世である。ガーネット姫はアレクサンドリア王国始まって以来の美姫と名高かったが、その母親であるブラネは、とある貴族の言葉を借りると『何とも溢れんばかりのお姿と迫力満点の御容貌』を持っていた。『あのブラネ女王』からあんな美しい姫が生まれるとは、いやはやどんな魔法を使ったものやら、と言うのが専らの評判である。
今日はそのガーネット姫の16回目の誕生日であり、それに併せて友好国リンドブルムの人気劇団タンタラスが、芝居を上演することになっていた。この日だけ城は劇場へ変わり、芝居を見に王国中の貴族や、高い金をはたいてチケットを手に入れた老若男女が集う。年に一度の大イベントに、ここ数日街は大にぎわいである。
大通りは種種雑多な種族の人々が歩いていた。犬族、鳥族、ネズミ族。割合で言えば多いのは人間だが、その人間も様々な地方の顔がそろって、まるでこの国の種族民族見本市である。皆、今日の芝居のためにこの街へやって来たのだ。
日没が近づいたころ、街の大通りを走り回る子供達が、空を見上げて騒ぎ始めた。
「おうい、来たぞ!」
そんな叫び声を合図に道行く人々が、貴族も平民も皆区別無く空を見上げた。そんな人々で混み合う大通りのはるか上を、巨大な影がゆうゆうと通り過ぎて行く。
飛空艇である。しかもその辺の店なら2・3軒入りそうな巨大な船だ。
「相変わらずほれぼれする船だねえ」
作業中の大工も、弟子に向かって言う。
船の名は劇場艇プリマビスタ。今日まさに開演されんとしている芝居の役者たちを乗せて隣国リンドブルムからやってきた、舞台を兼ねる飛空艇である。舞踏会に向かう貴婦人のごとききらびやかな装飾に飾られた、堂々とした巨体。その後部にかかえた舞台は、今はまだ精密な彫刻の施された屋根の冠によって隠されている。
あの冠を上げる時、舞台が目を覚ますのだ。その優雅な姿を見上げて、人々は劇への期待を膨らませる。
そんな人々の存在を知ってか知らずか、天空の貴婦人はしずしずと城へ向かう。
やがて城へ着いたプリマビスタは、専用の貴賓席たる城の客席そばに無事接舷した。
その時のことである。劇場艇を出迎える兵たちの目を盗んで、城の窓からヒラリと船に飛び移った影があった。
その影は、動きやすい服装をし、布で顔と髪を隠して腰に短剣をさげていた。盗賊の姿である。
「へへっ、ちょろいもんだ」
密かに船に乗り込んだ盗賊は、自分に気づかなかった兵たちを見てにやりと笑うと、頭を包んでいた布を解いた。黒い布の中から、薄暗い船内でも光を含む金の髪と、意思の強そうな年若い人間の顔が現れる。しかし、全く普通の人間というわけでもなさそうだった。その少年が、腰のあたりに髪の毛と同じ色をした尻尾を持っているからだ。
布で蒸れたのか、その髪を掻き回しながら盗賊の少年は、堂々と船の中を歩き出す。
この船は大イベントの主役、その乗組員は城にとって重要な来賓である。その船に賊が忍び込んだとあれば、隣国から招いた船である以上、外交問題に発展しかねない。
しかし、そのとんでもないことをしている当の侵入者は、まるで勝手知ったるといった具合の歩き振りだ。鼻歌さえ歌って、とても侵入者とは思えない。侵入者なら侵入者らしくこそこそしているべきだろうに、一体何を考えているのだろう。
案の定、そこへ通りがかった船の乗員の女が、少年を引き留める。
しかし発せられた言葉は、侵入者に対するものではなかった。
「ジタン、お帰りぃ」
「よう、ただいま」
少年・ジタンは、妙な発音で喋る女に、事もなげに応える。彼はこの船の乗員であったのだ。しかし、この船の乗員が、何故人目を忍んで乗船しなくてはならなかったのだろう?
それは分からないが、女は無事船に戻ってきた少年・ジタンに、ねぎらいの言葉をかける。
「お疲れさん。上手いこといったみたいやね」
「ああ。これからバクーに届けに行くところだ」
ジタンは右手に持った羊皮紙を示して答える。
「なら、もうすぐ作戦会議始めるんやね。ウチ連中呼んで来るわ」
「頼むよ、ルビィ」
手を振って女と別れると、ジタンは目的の部屋へたどり着いた。
しかしドアを開けると、部屋には明かりがついていない。
「おかしいな、ここで待ってるっていってたはずなんだけどなあ」
首を傾げながら薄暗がりの中を進んで、部屋の中央のロウソクに火を点ける。
その瞬間、へっぷしょん、という下品なクシャミが聞こえて来て、ジタンはびくりとその方向を振り返った。
「なんだバクー、脅かすなよ」
クシャミの出所は、床に転がって居眠りしていた、どっしりした体型と犬面を持つ男である。男は鼻をすすると、むくりと起き上がってジタンに声をかける。
「ようジタン、どうだった」
「おう、バッチリだぜ」
にい、と笑ってジタンは、起き上がった男に丸めた羊皮紙を投げ渡す。
その羊皮紙は、アレクサンドリア城の見取り図と、今夜の警備兵の配置を書き留めたものであった。今は平和な世の中とは言え、王城の構造が部外者に漏れることは国にとって致命的である。これがこの船の乗員であるジタンが、人目を忍んで乗船しなくてはならなかった理由であった。
「ふむ…だいたい予想どおりだな」
「今ルビィと行き会ったから、他の連中もすぐ来るぜ」
「そうか、なら全員集まり次第作戦会議にすんぞ」
それを聞いてジタンは、扉の近くの壁に寄り掛かって待つ。
作戦会議に、城の見取り図。これから芝居をやる劇団員の会話とは思えない。明らかに彼らは何かを企んでいるのであった。
見取り図に細かく目を通しながら、バクーはジタンに話しかけた。
「アレクサンドリア兵の色香に迷ってヘマ踏んでねえだろうな」
わざとらしく不愉快な顔をしてジタンが答える。
「そりゃねえよバクー、仕事はちゃんとやるぜオレは。髪の毛一本の証拠だって残しちゃいねーよ」
「ガハハハハ、最近おめえの女好きの虫が大人しいもんだからよ。つい、な」
笑いながらバクーは、見取り図を卓の上に置いた。
「そんな虫飼ってた覚えは…」
ジタンがとぼけて言いかけた瞬間、その目がギロッと扉を睨んだ。
次の瞬間、ぎぃん!と激しい金属音が部屋に響く。
音の正体は、今開いた扉の隙間から、まっすぐジタンに向かって振り下ろされた剣の一閃を、ジタンが短剣で受け止めた音だった。
振り下ろされた剣と、受け止めたジタンは、数秒の間そのままの体勢で止まる。
やがて。
「ち、また失敗かよ」
そんな声と共に、扉の影から顔に縫い目の傷痕を持つ赤毛の男が入ってきた。
「今なら絶対油断してると思ったんだがな」
「ガハハハハ、おめえらまだその奇襲合戦やってたのかよ」
ふて腐れて言う男と、その様子に笑うバクー。ジタンも平然とした素振りで、得意げにへへんと笑って見せた。そのジタンの目に、さっきの一瞬の剣呑な光は、もうない。
「今まで全部引き分けっスよ。一体いつになったら決着がつくんスかね」
「うち、決着つくより飽きるほうが早いんやないかと思うわ。賭けてもええよ」
赤毛の男の後ろからそんな声がして、体格のいい男と、さっきの妙な発音の女・ルビィ、そしてさらに数人の男たちが入ってくる。
みんなこの物騒なことを、まるでお遊びのように受け止めているようだ。
「なら、賭けの項目にひとつ足しだな。『決着の前に飽きる』ってやつ」
悪戯っぽく言うジタンと、
「全員それに賭けて賭けにならねえんじゃねえのか?」
と頭を掻く赤毛の男は、ちゃりんと互いの武器を合わせると、鞘へそれをしまった。今の閃きを見ても、それが刃を潰している訳でもない、本身の剣であることは間違いない。
しかし物騒というなら、この集団すべてが物騒だ。きっちりと化粧をして、胸と腰を強調した服を着こなしているルビィはおいておくとしても、他の面子は劇場艇に乗り合わせているにしては、とても役者とは思えない。抜け目ない目付き、がっちりした、あるいは敏捷そうな体格。役者によくいる、顔はいいが力のない優男というイメージの者は、一人もいない。服装は軽装ではあるが、ナイフやブレードと言ったなにがしかの武器を帯びている。そしてこの場で唯一の女性であるルビィですら、それは例外ではない。皆が皆、劇団員というよりは盗賊と呼ぶべき人種の集まりなのである。
「おら、べちゃべちゃ喋ってんじゃねえ。会議始めんど!」
そう怒鳴って集団の中央に立ったバクーもまたしかり。どっしりした体型とユーモラスな犬面にごまかされそうになるが、その目付きは堅気のものではなかった。
掛け声に、その場の全員がいずまいを正す。
バクーはぐるりと集団を見渡すと、太い低音の声で言った。
「よし。これから、『盗賊団タンタラス』本日の計画の確認を始める」
号令に、全員が右拳で左胸を叩く。
そう。この劇場艇プリマビスタの乗員はすべて『盗賊団タンタラス』の団員、『人気劇団タンタラス』とは世を忍ぶ仮の姿だったのである。
バクーが、さっきジタンから受け取った見取り図を卓の上に広げながら言う。
「見たところ、大体1番目の作戦で行けそうだ」
バクーの目配せを受け取って、トンカチを持った小柄な男が続ける。
「おさらいするずら。まずはいつも通りに平然として劇を始めるずら。ルビィ、マーカス、主役は任せたずらよ」
「うっス、バッチリっスよ、任せてください」
がっちりと体格のいい男・マーカスが、それに応える。
「劇の間にブランクとジタンは、チャンバラのシーンで劇を抜け出して、兵士の控室で鎧を奪って変装するズラ」
「そしたら俺が女王の嫌いなブリ虫を王族席にぶちまけるんだろ」
さっきジタンを奇襲した赤毛の男・ブランクが、部屋の隅に転がっている袋をつま先でつついて言った。その袋からは、ぶりぶりと皮をこすり合わせるような音が聞こえる。その音を聞くとブランクは、ぞっとしないという顔で、首筋を掻いた。
「その後は分かってんだろうな、ジタン」
そうバクーに聞かれて、ジタンは応える。
「もちろんさ。王族席が混乱してる間にブラネ女王を眠らせて、転がして船に連れ込むんだろ」
「そう、あのだっぷりと太ったブラネをごろごろと〜ってんなわけあるか!」
バクーに怒鳴られて、軽く肩をすくめるジタン。周りの男達がぷっと吹き出す。
ブラネ女王についての表現では、『とある貴族』の言葉より、バクーの言葉の方が率直で分かりやすい。
「分かってるって。おれがお姫さんを薬で眠らせて、二人でひっかかえて船へ連れ去ったら、エンジンかけてはいさようなら、ってわけだ」
「そうだ!」
つまりこの連中が企んでいるのは、王女ガーネットの誘拐だったのである。
「わかったら細かい経路の確認に入るぞ」
頭を突き合わせて相談を始めた仲間達の横で、すでに見取り図が頭に入っているジタンは、背もたれに向かって椅子に座り、その様子を眺めていた。
その顔がニヤニヤと緩んでいるのを、ブランクが見とがめて声をかける。
「何だおまえ、いやに機嫌が良いな。城下町にいい女でもいたか?」
「いーや、お嬢さん達はみーんなおまけつきだった。あとはもうこれからお目見えのお姫さんが、評判どおりの別嬪さんなことに期待するしかねーな」
そういってジタンは軽く肩をすくめる。こんな浮かれた日には、恋人と繰り出したくなるのが人情である。虫つかず保証付なのは、城の箱入り王女くらいのものだ。
「絵姿だけで見る限りじゃ、えらいオレ好みだったんだよな〜」
にやにや言うジタンに、ブランクは呆れる。
「絵姿なんて美化してるに決まってるだろうが。最近おとなしいと思ったら、またぞろ虫が騒ぎ出したか」
「おまえまでそんなこというのかよ」
ジタンは苦笑する。
「お姫さんと盗賊のロマンスくらい、夢見てみたっていいだろ」
「夢見るような柄かよ。ま、夢見るだけなら止めやしねえけどな。うつつ抜かしてヘマ踏むなよ」
「わかってるよ。それを誰が調べたと思ってんだ」
皆がのぞき込んでいる地図を指さして応えると、肩をすくめてブランクは経路の確認に戻った。
そうそう、夢見るだけなら罰も当たらない。そんなことを考えながら、ジタンはガーネット姫のことに思いを馳せた。
その夢が、実はただの夢では終わらないのだということを、思いもしないままに。
こめんと
「FF9一緒にトーク!」って言う大型サイトさんに、小説投稿のコンテンツがありまして、既に数万件の投稿が寄せられてるんですが、その中に結構FF9の小説化ってやつがあるんですよね。正直わしがやるよりよっぽど面白いんですけど、人がやってると自分も挑戦したくなります。
ま、見たまんま小説化するのも良いんですが、ちょっと自分の解釈で遊んで見ました。ストーリー丸ごと小説化するんじゃなくて、シーンをピックアップして小説化してみようと思います。
さあて、どこまで続くかな?(笑)リンドブルム襲撃(ゲーム中の日付が山月の誕生日と同じ・ちょっと泣)まで行くつもりですが…。