発端


 その日、彼はすこぶる機嫌が良かった。
 彼が降り立ったのは、この大陸に満ちる霧の為に、けして大きいとも盛んに利用されているとも言えない、小さな港であった。
 しかし、今日は良く晴れ、霧も薄いために、いつもより視界が利く。
 彼が目指すものを見つけるのに、さして苦労はしなかった。
 少し湾から外れ気味のところに停泊している小さな海洋艇と、その隣りに横付けしてある旧型の飛空艇・カーゴシップである。
 その二つの船の間を、何やら小さいものがちょろちょろ行き来しているのが、遠くからでも良く見えた。
「おお、クジャ殿でおじゃる!」
「しばらく姿を見ないと思ったら、この大陸にいらっしゃったのでごじゃるか!」
 やってきた彼を迎えたのは、甲高くもしわがれた声の双子の道化師だった。醜い声を持つ道化師達は、派手な原色使いの滑稽な衣装をまとい、矮小な体躯をしていた。その声も、姿の滑稽さもうりふたつの、双子の道化師。
 しかし、そんな見苦しいものがちょろちょろとうるさく動いて近づいてくるのを見ても、気にもならないほどに、彼は上機嫌だった。
「おや?クジャ殿、何か良い事でもあったでおじゃるか?」
「随分ご機嫌でいらっしゃる」
 人の顔色を窺うことに長けた道化師達は、彼の上機嫌を嗅ぎ付けて媚びるように話題を振った。
「ふふふ、面白いおもちゃを2つも手に入れてね」
 一番様になる仕草と、一番絵になる角度で、彼はその美しい銀の髪を掻き揚げて答える。
 彼の上機嫌の理由は、兼ねてから目をつけていたものを、ひょんな偶然から手に入れたからだった。
 それは、最近開発されたばかりの蒸気機関を搭載した、新型の飛空艇だ。今目の前にある無骨な旧型のカーゴシップとは、較べ様も無いくらいに美麗な船である。
 そんなものがどうして護衛もつけずに海上を飛んでいたのかは、彼にとって大した事ではなかった。リンドブルム大公が女に浮かれて大公妃に逃げられたなどという、三流喜劇のような話は興味がなかった。彼にとって重要なのは、その飛空艇に、リンドブルム大公妃ヒルダというおまけまでついていたことだった。
 ひどく不機嫌な顔をした彼女は、刺すような目で彼を睨んだ。しかし、聡明な女性との評判通り、すぐに自分の立場を察して、大人しく投降してくれた。
 やはり頭のいい人物を相手にするのは気分がいいと彼は思った。余計なやり取りがいらない。しかも、長時間対面しても、彼の美的感覚に耐えうるだけの美貌を持っている。当面の話し相手には不自由しないだろう。
 彼自身、腕のいい彫刻師が計算づくで上等の大理石に刻んだような美貌を持ち、またそれに自覚があった。故に彼は、自身の身近に醜悪なものを置く事を好まない。
 だから足元の双子などは、本来外観だけなら論外の存在だった。しかし、何をしても彼の理想通りの反応を示してくれるが為に、彼の視界に入る事を許されているのである。
 そして今もまた、彼が予想した通りの言葉で、双子の道化師が話の先を促した。
「新しいおもちゃでごじゃるか?」
「どんなおもちゃでおじゃる?」
 その一言一句、首の傾げ方さえ予想通りなので、彼は笑いをかみ殺した。思わず、今日手に入れたおもちゃの事を、洗いざらい自慢してやりたい気分になったが、さすがにリンドブルム大公妃を拘束している事など教えるわけには行かない。
 実に楽しそうに、計算し尽くされた謎めいた笑みを浮かべる。
「それは秘密だよ」
 すると道化師達は、残念そうに顔を見合わせると、彼に向き直った。
「してクジャ殿」
「今日はいかなご用事でここに?」
「久々に、麗しの女王陛下にお目通り願おうと思ってね。便乗しに来たのさ」
 そう言って、双子の道化師達が乗り込もうとしていたカーゴシップを指差した。双子達がクジャを出迎えている間にも、数名のアレクサンドリア兵が出港準備を続けている。
「おお、そうでごじゃったか」
「すぐに船室を用意させるでおじゃるよ」
 そう言って、彼をカーゴシップのキャビンへ案内すると、赤を基調にした衣装の道化師は海洋艇に駆け戻り、青を基調にした衣装の方はアレクサンドリア兵に部屋を用意するように指示を出す。
 道化師の命令に、アレクサンドリア兵がやや躊躇してクジャを見た。初めて見る人物を、船に乗せて城へ連れて行くと言う話に、戸惑っているのだろう。
 『何者だろう』という詮索の表情がしばしその顔に浮かんだが、
「とっととやるでおじゃる!」
という道化師の片割れの金切り声に、はじかれたように船室の一つへと駆け込んだ。
「人間を動かすのも面倒な事が多そうだねえ」
 そう話し掛けると、道化師の片割れが恐縮する。
「見苦しいところをお目にかけたでおじゃる」
「いいや」
 楽しそうに彼は首を振った。どんな見苦しいものも、顔に深く刻まれた皺を白粉で塗り込めた道化師自身の見苦しさに比べれば、たいしたことはない。
 とは思ったものの、さすがに面と向かって言う気にはならないので、彼はさり気なく別の話題を振る。
「黒魔道士兵を量産できるようになれば、文句を言わない部下がたくさん手に入るようになるよ」
 すると、道化師は面白いように自慢げな表情へと変わって喋り出す。
「それももう目前でおじゃるよ。今度の試作品こそブラネ様にご満足頂ける出来でおじゃる」
 前にもその台詞を吐いて、やり直しを食らったのではなかったのだろうか?
 そんな事を思っていると、海洋艇へ戻っていった赤い方の道化師が、何やら子供のような姿をしたものを、6人連れて戻ってきた。
「ご覧あれ、クジャ殿!今度のは良い出来でおじゃろう?」
 言われなくても見るよ。思いながら彼はそちらの方に目を向けた。本来なら銀竜でアレクサンドリア城に乗りつけてもいいのに、わざわざこんなボロ船に便乗しに来たのは、本当はあれを見る為だったのだから。
 その子供のようなものは、皆一様にとんがり帽子を目深に被り、きちんと一列に並んで、歩幅さえ揃えて歩いていく。ひょこひょこと大人しく道化師の後ろについていく姿は、親鳥についていく雛鳥を思い起こさせて、彼の笑いを誘った。
「ふふ…確かに出来はいいみたいだねえ」
 その子供のような姿をしたものは、現在アレクサンドリアが秘密裏に制作中のゴーレム、黒魔道士兵の試作品であった。
 黒魔道士兵そのものは、彼の手によって既に完成を見ていた。しかしその技術の提供を受けたアレクサンドリア女王・ブラネが、さらに量産と強化改造を自分の管理下で行えるよう、黒魔道士兵の構造を把握させる為、道化師達に試作品を作らせているところなのである。
 しかし、ブラネが黒魔道士兵の製造技術を完璧に把握したがる理由がそればかりではないことに、彼は気付いていた。
 量産と強化改造の為と言うのが嘘と言う事もあるまいが、何より、黒魔道士兵製造の技術を独占する為である。
 黒魔法による強力な攻撃力を持ち、主人として設定された者の命令は何でも従順にこなし、自身が破壊される事を全く恐れない、破壊されても誰からも非難される事のない、いくらでも代わりの効く人形。
 それを初めて見た時、ブラネの目の色が変わった。
 完璧な兵力が、目の前にある。
 これを使えば、霧の大陸を制覇する事さえ夢ではない。
 野望を持つ支配者が、手に入れたがることは当然の成り行き。そして、それを他国に奪われる事を恐れるようになるのも、全く当然の成り行きだった。
 そんな兵器を携えて突然現れた怪しい男が、他国に同じものを売り込まないとは限らない。いや、やらないわけがない。信用する理由は全くないのだ。
 黒魔道士製造の技術をすべて貰い受けたら、始末してしまうのが、上策。
 もちろん、ブラネはそんなことを考えているようなそぶりを、かけらも見せはしなかった。見事な腹芸は、一国の主として当然のたしなみである。
 しかし、彼にはブラネの考えそうな事がすべからく予想がついていた。予想がついたからこそ、黒魔道士兵を売り込んだのだ。
 彼にとってはあんな玩具、目的を果たす為の手駒の一つに過ぎない。ブラネと言う、少し大きめな手駒を動かす為の、捨て駒程度の道具。
 だから今は、物分りの良い協力者のふりをして、自ら居城・デザートエンプレスを、黒魔道士兵の試作実験施設として提供するほどのサービスの良さを見せている。
 彼の協力に、ブラネも大いに喜んだ。デザートエンプレスの方が機材が揃っている事は間違いない。外側の大陸でなら、機密が漏れる心配も少ない。それに彼の居城となれば、この男の正体を掴む手がかりを得られるかもしれないと考えたはずだ。
 この双子の道化師もブラネから命令を受けて、彼の留守中おおいにデザートエンプレスをかぎ回っている事だろう。しかし、彼に対しては実に愛想よく接し、腹の中で何を考えているかはおくびにも出していないつもりなのである。
 他人に見られて困るようなところに、他人を入れるわけがないのに。こいつらは『いらっしゃいませ』と呼び込む入り口が、実はサメの顎かもしれないとは思わないのだろうか。
 とうに飲み込まれているのに、まだ痛みさえも感じていないこの道化師達が、おかしくて仕方なかった。
 この道化師達も、彼にしてみれば手駒の一つ。いずれもうちょっと役に立つ姿に化けさせて、利用させていただこう。
 そんな事を考えてくすくすと笑っている彼に、青い方の片割れが怪訝そうに尋ねた。
「何がおかしいのでおじゃる?今回の試作品に、何か変なところでもあるでおじゃるか?」
「いいや、上出来だよ。以前とは比べ物にならないね」
 さらりとごまかして、いつの間にか自分の目の前に整列している試作品達を眺める。
 出来がいいというのは、嘘ではなかった。製品よりもサイズが小さいのは、霧の精製の度合いを高くする分、手間を押さえる為である。身長はみな10歳足らずの子供ほどだが、ちゃんと人間らしいプロポーションに仕上っているし、歩くたびにひょろひょろよろけたりしない。
 全く、道化師達がこの仕事にかかり始めたばかりの頃は、大丈夫だろうかと何度も首を傾げたものだ。何しろその頃出来あがったものは、1分間ただ黙って立っている事さえ出来ないほど崩れた形をしていたのだから。魔法で成形すると言っても、術者にある程度センスがなければろくな形に仕上らない。とうとう見かねた彼が、苦笑交じりに基本デザインを作ってやったために、何とかこのレベルまで漕ぎ着けたと言うわけだ。
「これならやっと量産用機械の開発に着手できそうじゃないか」
 その言葉に、道化師達は嬉しそうに胸を張った。
「当然でごじゃる」
「今度こそ規格テストに合格するでおじゃる」
「今度こそブラネ様に褒めていただけるでごじゃる」
 褒めるとはね。本当に褒めていただけると思っているのかい?
 このブラネ女王直々のご検分も、既に6回目を数えるはずだ。
 予定ではとっくに黒魔道士兵量産の全自動機械の開発に取り組んでいなければならないのに。確か、その機械を運びこんで量産を行う予定のダリとか言う村では、既に飛空艇の発着場は出来あがり、機械を設置する為の地下保存窟の拡張もそろそろ終了するはずだ。
 いい加減話が進んでくれないと彼としてもやりづらいというのに、未だに基本型の制作にてこずっている。この二人の無能さにはつくづく呆れる。それで褒めてもらえると思っているとはなんと頭の悪い事か。だが、あの象女に『とっとと量産の開発にかかれ!』と叱り飛ばされる姿を思えば、何とも滑稽で愉快な事である。
 そんな彼の考えを露知らず、再び赤い道化師は試作品達を引き連れて、船倉に連れて行こうとした。
 その瞬間試作品の最後尾が、唐突にポテンと転んだ。平らに張り詰められ、凹凸などろくに見当たらない床の上だというのに。
 上機嫌だった道化師達の顔がぴくっと引きつる。
「またおまえでおじゃるか、6−6号!」
 うつ伏せになったまま動かない試作品を、道化師達が怒鳴りつける。
「とっとと起きて、船倉へ行くでごじゃる!」
 6−6号と呼ばれた試作品は、青い道化師につま先でつつかれて、ようやくのろのろと起きあがり、列へ戻った。
 それを確認して、赤い道化師は試作品達を連れ、船倉へ続く階段を降りていく。
 今転んだ6−6号まで全員姿が見えなくなったのを確認して、青い道化師が取り繕うように彼に言う。
「あの6−6号だけ、ちょっと動きが鈍いのでおじゃる。残りの霧を無理やり詰め込んだせいで、ちょっとバランスが悪いのかもしれないでおじゃるよ。他のナンバーはあんな事無いでおじゃる」
「そう」
 ますます無能だ。
 彼は、この双子に対する評価をまた一段下げたが、表面上は興味の無い振りで短い返事を返した。
 すると、道化師はほっとしたように話題を変えた。
「ところでクジャ殿。確か黒魔道士兵はゴーレムの一種だとおっしゃっていたでおじゃるか?」
 その質問に、彼はわずかに眉を上げた。その言葉から、何を言いたいのか読み取れたからである。
「ゴーレムには見えないかい?」
 不機嫌を装って問うと、道化師は慌てて首を振った。
「そ、そんな事は無いでおじゃる。ただゴーレムと言えば無骨な作りのものという気がしたので、あのようにヒトに似たゴーレムがあることに驚いたのでおじゃる」
 思ったとおり、懸命にどう持ち上げようかと頭を回転させている道化師に、彼は事も無げに言った。
「確かに、あれはゴーレムらしくないよ。剣で突けば血が出るし、鼓動もある。製法だって、人工の卵の中に霧を凝らせて作る。例えば哲学者の卵と呼ばれるフラスコの中に原材料を凝らせて作る、ホムンクルスに近いよねえ」
 あっさりと肯定されて、道化師がうろたえる。
「で、では何故、ゴーレムと呼ぶのでおじゃる?」
「君、『ゴーレム』と言う言葉の意味を知ってるかい?」
 問われて、道化師は予想通りに首を振った。この道化師の無知さは、彼の優越感を満足させてくれる。
「『未だ成らざる者』と言う意味さ。対してホムンクルスは『人造人間』、自分で判断する意思くらいはあるものを示す。あんな風に命令を聞くだけの不完全なものを、人工とは言え生命体に分類するのはミスマッチだと思わないかい?あんなものは、命令に従って動く人形である『ゴーレム』と呼ぶのが相応しいのさ」
 それを聞いて道化師は、納得したと言うように頷いた。
「なるほど。確かにあのように命令を諾々と聞くのみのあれらが、生命体とは思えない。人形の名が似合いでおじゃるな」
 感心したように言う道化師に聞こえないように、さり気なくその口元を形の良い指先で隠して彼は呟く。
「その分類で行くと、君らも人形の仲間入りなんだけどねえ」
 権力者の寵を受けることでしか生きられず、寵愛を受けるためにならどんなことでもハイハイと言うことを聞く。能力以上の事を押し付けられても、従うしかないこいつらが、あの人形達とどこまで違うと言うのだろう。
「何か言ったでおじゃるか、クジャ殿?」
「何も言ってないよ」
 そんなやり取りをしたところへ、船倉から道化師の片割れが戻ってくる。それと同時に、離陸準備の完了を報せに、アレクサンドリア兵がやってきた。
「荷の積み込みも終わったでごじゃる」
「クジャ殿のお部屋も整ったでおじゃるよ」
「離陸前にご案内いたすでごじゃる」
 その言葉に、クジャは首を振った。
「部屋の場所だけ教えてくれれば勝手に使わせてもらうよ。とっとと離陸してくれてかまわない」
「離陸は揺れるでごじゃるよ?」
「座っていた方が良いのでは」
「必要無い。そのくらいじゃ何とも無い」
 普段手綱もなしで銀竜に乗っている彼が、飛空艇の離着陸でふらついたりはしない。部屋を整えたと言っても、掃除して船で一番良い椅子を運び込んだくらいのものだろう。このボロ船ではそれくらいが関の山だ。薄暗い船室にいるくらいなら、このままキャビンにいるほうがはるかに気分が良い。
 案内を断る彼に、道化師達は残念そうに顔を見合わせ、鏡のようにそっくりな仕草で首を傾げた。
「では…このキャビンの最後尾の扉が、クジャ殿のお部屋でごじゃる」
「ごゆっくりどうぞでおじゃる」
 そう言って、道化師達は操縦室の方へ去っていった。
「最後尾の扉ねえ」
 そこは確か、双子のどちらかが控え室に使っている部屋のはずだ。おそらく、彼が便乗すると聞いて、空け渡したのだろう。
 さぞ苦々しく思いながら指示を下したのだろうに、使われないのでは釈然としなかっただろうが、あの小物達が何を思おうが彼には痛くも痒くも無かった。
 やがて、がくんと床が持ちあがる感触がして、跳ね返るようにぐっと沈む。彼は、その衝撃を軽く膝で受け流し、事も無げに立ち直した。
 そして船がゆっくりと上昇し始めたが、霧が薄いためか、スピードがなかなか上がらない。
 城まで時間がかかることになりそうだと考えているうちに、船は霧を抜け、快晴の空の下へと姿を現した。そのまま、海岸線に沿ってアレクサンドリアを目指す。
 夏の日差しと、強めの風が心地よかった。よく晴れた空、海岸沿いに走る山脈。船の足元に敷き詰められた霧の下、波がはじけるのが見えた。
 今日は本当に気分の良い日だ。
 眼下を霧がゆっくりと流れていく様子を眺めながら、これから行く城のことを思い起こす。天空を突き刺す巨大な剣を戴いた城は、なかなか彼好みの外観をしていた。その城の主の外観はあの道化師達同様論外の存在ではあるが、その城の姫の方は、彼の眼鏡にかなう美少女だ。
 もっとも、それ以上にあの少女の存在は、彼にとって意味があるものだったが。
 9年前、だったか。
 その頃の彼はまだ、彼を作り出した創造主の管理下にいた。創造主は、彼の行動の全てを掌握していた。そのことに対して反抗心を抱き始めていた彼は、既に創造主をねじ伏せるチャンスを狙っていた。おそらく創造主は、そんな彼の考えに気付いていたはずなのに、何も言ってこないところがさらに癇に障っていた。
 そんな頃の話だ。
 彼が彼の創造主に連れられて行った、外側の大陸の小さな村、マダイン・サリ。その時の創造主の仕事は、その村を打ち壊す事だった。何故、と訊いても、創造主は『邪魔だからだ』としか、答えなかった。
 彼は、興味無さげに『ふうん』と頷いた。しかし内心は、その村に対して並ならぬ興味を抱いていた。何事にも動じない、何事も思い通りに動かせるとすら思える創造主が、『邪魔』という存在。
 壊すのを止める気までは無かった。創造主は、村を完全に消滅させ無ければならないとまでは思っていないらしかったから。後であの村を調べれば、何かあの創造主を煩わせるものが見つかるかもしれない。
 村の炎上を見物しながら、そんなことを考えていた時。
 1艘の小船が、嵐の海に漕ぎ出すのが見えた。幼女と、女性が乗っていた。遠目でも、その二人が親子らしい事と、その二人の美しさは判別がついた。
 おやおや。逃げちゃうけど、いいの?
 思いつつも、口には出さなかった。創造主は、その船の存在に気がついていないようだったから。気に入らない創造主の失敗が、楽しかった。嵐の海で生き延びられるかどうかは分からないが、それでもあの二人が生き残ってしまうかもしれないと思うだけで、無性に楽しかった。
 その時は、それだけの思い出だった。
 ところがだ。その小船に乗っていた幼女が、どう言うわけか生き残ってアレクサンドリア王家の姫に収まっていたのだ。初めてブラネ女王の元を訪れた時は、さすがに己の目を疑った。予想以上に美しく成長してはいたが、この自分が女性の顔を見間違えるわけが無いと言う、絶対の自信があった。
 そして、その時既に彼は、あの村がどうして創造主を煩わせる存在であったのかを知っていた。だから、心の底から笑いがこみ上げてくるのを、堪える事が出来なかった。
 美しい美しいお姫様。君も僕の手駒になってもらうよ。あの創造主とのチェスに勝利する為の手駒にね。
 楽しい想像にふけっていた彼の視界に、奇妙なものが映った。
 彼は思わず視線をその方向に向けた。
 さっき赤い道化師が人形達を連れて降りていった船倉の入り口。その階段を、ゆっくり、ゆっくり、登ってくるものがある。
 一体の、人形だった。
 彼は目をしばたいたが、その人形は消えなかった。確かに、階段を一段、一段、のろのろと登ってくる。
 服装から見るに、さっき6−6号とか呼ばれていた個体だ。
 おそらく船倉で大人しくしているよう命じられていたはずの人形が、命令も無いのに階段を登って、キャビンへ出てこようとしている。
 その事実の異様さに、彼は目をくぎ付けにされた。
 その人形が階段を登りきり、とうとうキャビンの床に立った時、彼の口からこぼれたのは、その製作者に対する嘲りだった。
「…こんなものが規格テストに合格すると思ってるんだ」
 一体あの二人は何をやっていたのだ。
 自分の設計通りに作れば、こんな無駄な動きをするものが出来あがるわけが無いのだ。
 そう言えば、残りの霧を無理やり詰め込んだとか言っていたか。
 それくらいでは狂ったりしないと思っていたから、『いい加減な事をするものだ』位にしか思っていなかったが。吹き込みすぎた霧を発散する為に、無駄な動きをしているのかもしれない。
 内心ぎくりとしたことを押し隠し、彼は当然の事のようにその人形の行方を観察し始めた。船員や道化師達はエンジンルームか操縦室、このキャビンで彼を見るものは、彼が生き物と見なしていない人形だけだと言うのに。
 関係無かった。このポーズは、何より彼が彼自身に見せつけるためのものだから。
 人形は、そんな彼の様子など目にも入っていない様子で、階段を登ってきたのと同じゆっくりゆっくりした動きで、船尾へと向かい始める。その目は、別に目指すところを見つめるわけでもなく空中を見つめ、その動きはただ足を1歩づつを踏み出す事にのみ執着しているように見えた。
 小さい子供のようななりをした人形の動きは、けしてふらつくわけではないのに、その遅さの為にひどくたどたどしく見える。
 そんな人形に、彼はふと悪戯心が湧く。
 人形が、まるで彼などいないもののように通り過ぎようとした時、彼はそのつま先をついと差し出して、人形のつま先の辺りに置いた。
 途端、人形は素直にそれにつまづいて、ぺたんと倒れる。
「あれあれ…『障害物を避けろ』くらいの基礎命令も入力してくれなかったのかい、あの二人は」
 呟きながら様子を伺うが、うつ伏せに倒れたきりの人形は、そのままなかなか起きあがろうとしない。『姿勢を維持せよ』という基礎命令も、入っていないのかもしれなかった。確かに製造方法のレポートに記載しておいた事項のはずなのに。
 まあ、あの二人の無能さは、今に知れたことじゃない。多少動作に不具合があってもおかしくはないだろう。
 そんなことを考えながら、倒れたきり動こうとしない人形に、ためしに命令を与えてみる。
「ほら、起き上がりなよ。そして、船倉へ戻るんだ」
 すると、人形は投げ出したままだった両手を床につき、ぐっと上半身を起こした。続いて不器用に片膝立ちになり、それからのろのろと起き上がる。
 彼は人形の様子に満足げに頷く。
「なんだ、命令はちゃんと聞くんじゃないか。そうだよ、そして、船倉へ戻るんだ」
 しかし。
 人形は、もと来た道を戻って行こうとはしなかった。これまで向かっていた方向、船尾のほうに向けて、これまでとまったく同じ調子で歩き出したのである。
「…!?」
 まさか、方向すらも分かっていないのか。それとも、そもそも命令を解していないのか。
 命令を解していて、それに逆らった、などということだけはないが。
 そんな自我など、持っていないように設計してあるのだから。意思がないからこそ人形なのだから。
 彼は、こんな人形の行動を説明する原因をさらにいくつか思い浮かべながら、再びその行方を目で追い始めた。
 人形は実に緩慢な動きで、まっすぐ船尾へと向かっていく。
 人形の向かう先には、船尾を囲う柵が立っていた。このままで行くと、人形の額と腹の高さに渡された横棒によって、進路が妨げられるはずだ。
 そして、予想通り、人形はその柵の前で立ち止まるということもせずに、その柵にごつんとぶつかって、歩みを止めた。そのまま動きを止めて、しばらく沈黙する。
 彼は、そんな人形の様子を、息を詰めて見守っている。
 そして、頭の中でゆっくり二十幾つほどの数が数えられるほどの時間が経過した後。
 人形がその頭に乗せたとんがり帽子が、かすかに傾いた。その動きで、人形が少しうつむいたのだと知れた。
「……」
 その仕草が、その帽子の角度が、無性に彼の癇に障った。まるで、人が景色を眺める時の動きにそっくりな気がして。
 腹の中でかすかに沸き起こった苛立ちに任せ、彼は人形の背後に歩み寄った。
 人形は、そんな彼の存在に気付きもしないように、柵の横棒の隙間から、眼下に広がる霧の方へ、その顔を向けていた。
 彼は試しに、その人形に話し掛けてみる。
「美しい景色だねえ。青い空、純白の霧、緑の山脈。なかなかいい眺めだ。でもね。君はこの景色を美しいと思うだけの意識など持ち合わせていないだろう?そんな君が景色など眺めて、一体何になるというんだい?」
 人形が、反応を返さないことを確認してから、今度は命令してみる。
「ねえ。こっちを向きなよ」
 しかし、話し掛けたときと同じく、人形は無反応だった。
「こっちを向きなってば」
 やはり、反応はない。彼は、震える声でもう一度命令した。
「こっちを向けといってるんだ」
 まったく動こうとしない人形。そのとんがり帽子が、風にゆれる。
 その動きが、人形が首を振っているかのように、彼には思えた。
 その瞬間、彼は外見を取り繕う事すら忘れて、その美貌が崩れるほどかっと目を見開いた。そして、人形の肩を掴んで強引にこちらを向かせ、続いて人形の襟首を掴んで、無造作に持ち上げた。
 彼の得意は魔法であって格闘ではない。たいした膂力はない彼であったが、それでもこの小さな人形一体持ち上げるのに、さしたる労力は必要なかった。あっさりと人形は持ち上がり、小さなつま先が、船の床から離れた。
 そしてそのまま、人が落ちないようにと設けられている柵の、その外へ、人形の体を突き出す。彼が手を離せば、真っ逆様に霧の中だ。
 しかしそれでも人形はやはり無反応だった。
 とんがり帽子の下に淡くけぶる影の中、二つの金の瞳は、怯えるでなく、怒るでもない。ただ、くもった鏡のようにあいまいな光を、そこに貼り付けているだけだった。
 その様子に、彼は落ち着きを取り戻し、再び自分に見せるためだけの、美麗な笑みを浮かべた。
「ほら。こんなことされても君は『怖い』とも『助けて』とも言えない。言うほどの意識など持ち合わせていないのだものね。そうして大人しくしていてごらん、このまま投げ捨てるのだけは勘弁しておいてあげる。まあ、君みたいな不出来な人形は、どっちにしても廃棄処分だろうけどね」
 囁くように言い聞かせて、楽しそうにクスクスと笑う。
 こんな人形にうろたえた自分と、こんな不出来な人形を作り出した道化師達に対する嘲りを吐き出して。
 彼は人形をゆらゆらと弄んだ。腕の動きに連れて、その足が頼りなく揺れる。
 しかし、そろそろ船の上に戻してやろうかとその腕を持ち上げかけた時だった。
 彼はぎくりと身をすくめた。彼が人形を掴んでいるその手首に、何かが絡みついたためだ。
 それは、人形の、両手だった。
「!?」
 人形はそのまま、軽く、ごく軽くだが、彼の手首を握り締めた。思わずその帽子の中をうかがうと、貼り付けたような光だった金の瞳が、明滅を始めていた。風にさらされる蝋燭の火のように、強くなり、弱くなり、また強くなる。そして、その度に確実に、その瞳は彼に対して焦点を合わせ始めていた。
 彼の顔色が変わった。
「君は…何をしているんだい…?」
 理性は必死にこの現象の原因を探していたが、彼は頭のどこかでこの人形に何が起こっているのか、既に答えを出していた。
 そんな馬鹿な!
 自分で出した答えを自分で否定しながら、それ以外の答えなどありはしないことを彼は確信していた。
 この人形が、自我を持ち始めているのだ。
 人形は、だんだんとその手に力を込めている。瞳の下、淡い影の中、その人形の唇が、何か言葉をつむごうとするかのように、かすかに動かされた。
 彼はその光景を眺めながら、再び顔を作ることを忘れ、歪んだ笑いを刻んでいく。
「君は…本格的に不良品のようだねえ」
 震える声が、低く人形に対して宣告する。
「…自我を持った人形なんて、要らないんだよ」
 その瞬間。自身の言葉に、彼の頭の中で、過去がガタリと音を立てた。
『おまえのような自我を持った器など、本来は要らぬものだ。いつか役に立つかもしれないから生かされているだけだ』
 違う!僕はこの世に必要だから生まれたのだ!
 かつて向けられたことのある創造主の言葉に、反射的に反論する。
『おまえは、不良品だ』
 違う!僕は不良品ではない!
 どれも、創造主に面と向かっては吐き出したことのない台詞だった。
 その時はまだ、あの創造主が恐ろしかったから。
 人形の手に、ぐっと力がこもって、彼は我に返る。
 過去を押し込めて、人形に向き直る。
「君は、要らないんだよ。命令を聞いていればいいだけの人形が、何を逆らっているんだい?」
 自分自身の台詞に、過去はまたもや噴出してくる。
『見よ。ああして健康を保ち、いずれ来る、魂を受け入れるべき時を待つあの姿こそが、本来のジェノムの在るべき姿だ』
 うるさい!僕はあんなやつらとは違う!
 僕は特別なんだ!
『……好きにしろ。生きていられるうちはな』
 ああ、好きにするさ。
 僕は自分で自分がこの世に必要なことを、証明してやる!
 ぶるっと彼は首を振った。
「違う、違うよ、君は要らないんだよ」
『おまえは、要らぬものだ』
 違う!
 いや、そうじゃない。要らないのはこの人形なのだ。
 不良品なのだ。
『お前は、不良品だ』
 違うと言っているんだ!不良品なのは、この人形だ。
 僕とこの人形とは、違うんだ!
 …どこが?
 そんなことを思いそうになった自分を叱咤する。
 要らないのだ、こんなもの。
 早く捨ててしまえ。何を躊躇う?
 ちょっと手を緩めて、放り出してしまえばいい。
 あの時と同じように。
 人形の重みと、硬く握り締めた手と、握り締められた手首によって、痺れ始めた腕の先から、別の過去が這い登ってくる。
 あの時も、こんな風に船の上からぶら下げた。
 創造主の船・インビンシブルから、一人の幼いジェノムを。
 まだ名もない、この人形よりも小さかったジェノム。
 創造主に、『必要だから作った』と認められた、自我を持つジェノム。
 まだ子供のくせに、はっきりと強い瞳で彼を睨んだ。今この人形がしているように、しかしこの人形よりも力いっぱい、彼の腕を握り締めた。
 いつか、彼の地位を奪い取る存在。
 創造主に必要だろうとも、彼には要らなかった。
 だから、捨てた。船の上から、放り出した。懸命にしがみつく腕を、振り解いて。
 躊躇いなど、微塵も感じなかった。
 あの時と同じように、捨ててしまえばいい。
 この人形も、あのジェノムと同じ、彼にとっては要らないものだ。
 この人形と、あのジェノムと、どれほど違うというのだ。
 ただ、この人形は『不良品』であり、あのジェノムは創造主にとって『不良品ではなかった』というだけ。
 いや、それだけでもないか。思いながら彼はもうひとつの違いを、見つけ出していた。
 この人形は、あのジェノムのように、彼を睨んだりはしていない。
 瞳の明滅は、収まりつつあった。くもった鏡のようだった瞳が、滾々と水の湧く、澄んだ泉のように息づき始めていた。
 その目は、ただ静かに彼を見つめていた。
 まだ、怒りも、怯えもない、金の瞳。
 ぞっと体の中が冷たくなった。今の自分の困惑した思考を、すべて読み取られたような気がした。
 カチカチと歯が鳴った。
 捨てろ、早く。
 後のことは、この眼下に広がる、霧と風と波が片付けてくれる。
 なのに何故、自分はこの手を緩めることができない?
 足元が揺れている気がした。
 ここまで動揺している自分が、信じられなかった。
 …否。本当に船が揺れている。
 そう気づくと同時に、彼は船ごと横に揺さぶられた。
 反射的に、姿勢を保つことに意識がそれる。
 ほんの一瞬。しかし、しびれかけた腕が力を失うには、充分だった。
 あっと思う間もなく、その手からするりと人形の体が抜け落ちた。
 手首に絡み付いていた人形の手は、揺り返しが振り解いた。
 思わず差し伸べた手は、空を切った。
 人形の姿は既に、眼下の霧と、さらにその下の波に飲まれて、消えていた。
「………」
 一瞬の出来事だった。
 呆然とその場にたたずむ彼の耳に、操縦室の方からあの甲高いしわがれ声が届いた。
「な、何やってるでおじゃるー!」
「死ぬかと思ったでごじゃるー!」
「一体どこの船でおじゃる!?」
「訴えてやるでごじゃる!」
 首をめぐらすと、彼のいる船尾からも、スピードを上げて飛び去っていく飛空挺が見えた。どうやらあの船と接触しかけて、緊急回避したらしい。
 ひとしきり騒ぎ終わった後で、あの道化師達がばたばたとこちらに駆けて来る気配が近づいてきた。
 ほとんど反射的に冷静な顔を取り繕って振り向くと、赤い方の道化師が立ち止まって、
「おお、クジャ殿!お怪我はなかったでごじゃるか!?」
と声をかけ、青い方はそのまま船倉へと駆け下りていく。
「ああ。何ともないよ」
「そうでごじゃるか、よかったよかった」
 どこまで本気で言っているのか分からないが、道化師はほっとしたように言った。
 しかしその顔も、転げるようにして船倉から戻ってきた相方の報告に凍りついた。
「ろっ、6−6号がいないでごじゃると!?」
「ソーン、おまえ本当にちゃんと大人しくしているように命令したのでおじゃるか!?」
「確かにしたでごじゃる!おとなしくしているのを確認して、扉を閉めたのでごじゃる!」
「それならどうしていなくなっているでおじゃる!?」
 聞き苦しい言い争いに、思わず彼は口を挟んだ。
「あのお人形なら、勝手に船倉から出てきて、船が揺れた時にそこの柵のあたりから落ちたよ」
 適当な辺りを指差して、教えてやる。
 道化師達は目を剥いてそのあたりに駆け寄り、霧の中に目を凝らした。しかし、飛行中の飛空艇から、霧と波の中を探したところで、見つかるわけがない。
「た、た、た、大変でおじゃる〜!」
「ブラネ様にしかられるでごじゃる〜!」
 道化師達は、ばたばたと意味もなくキャビンを走り回った。
 彼は、その見苦しい騒ぎを止める気にもならない。
 そこへ、赤い方の道化師が不意に立ち止まってぽんと手を打つ。
「そうでごじゃる!6−6号は最終ナンバーでごじゃるから、リストと個体表から削ってしまえば分からないでごじゃる!」
「おお、それは名案!初めから5体しかいなかったことにするのでおじゃるな!」
「そうと決まれば急ぐでごじゃる!」
 道化師達は、再びばたばたと走り出した。
 赤い方は船室へ、青い方は操縦室へと向かう。
 そして道化師達の姿が見えなくなると同時に、操縦室の方からこんな声が聞こえて来た。
「いいでおじゃるか、お前達!この船に乗った黒魔道士兵は初めから5体だったでおじゃる!もし6体だったなどと口を滑らせた日には、その口を針と糸とで縫い付けてしまうでおじゃるよ!」
 あの人形が、その存在すら抹殺されていく様子を眺めながら、彼は笑うともなしに笑いをこぼしていた。
 いったい何がおかしいのか。
 道化師達の狼狽振りか、何故人形が勝手に船倉から出てきたのかを疑問にも思わないまぬけさか、人形があの柵をどうやって乗り越えたのかということすら考えず、ブラネに対して体裁を取り繕おうとしているところか。
 それとも、あの人形にここまでうろたえた自分がおかしいのか。どう言うわけか、あの人形を投げ捨ててしまうことができなかったことか。そして今自分が、あの人形の生き残っている確立を無意識に試算してみていることか。
 生き残る?あの人形が生きていたかというのか?
 そんなことは、知らない。
 ただ、霧機関の飛空艇は大した高さでは飛べない。
 しかも霧の薄い今日、飛行速度はあまり上がっていなかった。
 そして、落ちたところは海の上。
「だからどうした?」
 もし、あの人形が助かっていたら、どうだと?
「…壊れてしまったというなら、文句はないさ。でももし助かって、しかもまた会うことがあったなら…」
 何かを言いかけて、止まる。
 あったなら、どうするって?
 …たいしたことじゃない。自分の意思で始末できなかったから、気分が悪いだけさ。
 もし生き残っていたら、何かの手駒に使うこともあるかもね。例えば、あの美しいお姫様のように。
 それだけのこと。
 がん、と柵を殴った。その手首には、人形の握り締めた痕が、くっきりと赤くなっていた。
「ああ!折角いい気分だったのに、台無しだよ!」
 吐き捨てるようにいうと、彼は乱暴に髪を掻き揚げて、自分にあてがわれた船室へと向かった。
 あの人形を飲み込んだ霧と波を、これ以上見ていたくなかった。

山月のはんこ


   こめんと
 まさかここまで黒い話になるとは。全編真っ黒ですね、さすがクジャ視点だけあります。
 ええと、でも山月は結局クジャもゾーン・ソーンも嫌いにはなれませんでした。あれだけ悪役然としていると心地よいです。クジャの気障さには、何度後ろ頭を蹴りつけてやりたくなったことか分かりませんが。
 そもそも、FF9に嫌いなキャラなんていませんけどね。あえてあげるとしたらあの人ですか、存在感薄くて認識がほとんどないボスキャラ、永遠の闇ちゃん。「いやっ、嫌い!」ではなくて、「あんた何?」という状態なもので…。とある事情で、山月には彼はペ○シマンにしか見えません。
 ああっ、本編に引き続きこめんとまで黒くなってる!やめとこう、これ以上書くの…。