大好き。

ビビが初めて『好き』を知ったのは、
ごまむしまんじゅうでした。
「ごまむしまんじゅうアルか?よしよし、すぐ作ってあげるアルよ」
おじいちゃんを手伝いながら、
おまんじゅうの出来ていく様子を見ていると、
ビビは楽しみで胸がわくわくしてきます。
そんなビビの様子を見て、おじいちゃんは言いました。
「ビビは本当にごまむしまんじゅうが好きアルね」
聞いたことのない言葉に、ビビはいつものように尋ねました。
「『好き』ってなあに?おじいちゃん」
「フム。ビビは、ごまむしまんじゅうをおいしいと思ってるアルね?」
「うん」
「今、作りながら、早く食べたい、たくさん食べたいと思ってるアルね?」
「うん」
「そう言う気持ちを、『好き』と言うアルよ」
ビビは、一つ目の『好き』を知りました。
その次の日、おじいちゃんと山菜摘みに出かけた森の中で、
ビビはきれいなお花を見つけました。
小さな黄色いお花は、仲良くたくさん寄り集まって、
楽しそうに風に揺れています。
その様子は、いつまで眺めていても飽きませんでした。
「ビビは、そのお花が好きアルか?」
「え!?」
ビビはびっくりしました。
「ボ、ボク、このお花を食べたいと思ってないよ?」
「フム。それは食べられるお花じゃないアルよ。
ビビ、『好き』は食べ物だけじゃないのコトよ」
「そうなの?」
「そうアル。ビビはこのお花をもっとずっと見ていたいと思ってるアルね?」
「うん。それも『好き』なの?」
「そうアルよ」
ビビは、二つ目の『好き』を知りました。
『好き』、『好き』。
呟きながらお花を眺めているビビに、
おじいちゃんが言いました。
「そんなに好きなら、摘んで持って帰るアルか?」
ビビは、慌ててぶるぶる首を振りました。
摘まれた山菜はしおれてしまいます。お花も同じです。
前に、しおれてしまった山菜を見て、
ビビは泣きそうになったことがありました。
するとおじいちゃんは、こう言いました。
『摘んでしまったら、きちんと食べてあげるのが、山菜に対する礼儀アルよ』
そうしたら、山菜の命も、無駄にはならないのだから、と。
だからおじいちゃんとビビは、
いつも2人で食べられる分だけ山菜を摘みます。
けれど、このお花は別です。
「食べてあげられないから、可哀想だよ」
するとおじいちゃんは、ビビをぽんぽんと撫でて言いました。
「いい子アルね。『好き』なものには、大切に接してあげるものアルよ」
ビビはおじいちゃんに撫でてもらったところを押さえながら、
嬉しくなって、えへへ、と小さく笑いました。
山菜を摘み終わって、手をつないで歩く帰り道。
ビビはおじいちゃんに訊いてみました。
「ねえ、おじいちゃん?」
「何アルか?ビビ」
「おじいちゃんにも、何か『好き』なものはあるの?」
「もちろんアルよ」
「なあに?」
「今おじいちゃんと手をつないでいる、小さな子アルよ」
「…ボク?」
おじいちゃんは頷いて言いました。
「おじいちゃんは、ビビと一緒にいると楽しいアル。
ずっと一緒にいたいアル。そういうのも、『好き』というアルよ」
「ずっと、一緒に?」
おじいちゃんは、もう一度頷きました。
それを見て、ビビは言いました。
「じゃあ、ボクもおじいちゃんが『好き』なんだね」
「…ビビも、おじいちゃんと一緒にいたいアル?」
ビビはこくんと頷いて、おじいちゃんの手をしっかり握り直しました。
おじいちゃんもビビの手をぎゅっと握り返してくれました。
その大きな手はあったかくて優しくて、
ビビは胸の中がぽかぽかするのを感じました。
「おじいちゃんは、ビビに『好き』と言ってもらえて、嬉しいアルよ」
『嬉しい』?
おじいちゃんの胸もぽかぽかしてるのかな?
ビビは三つ目の『好き』と一緒に、
『好き』になってもらうことは、
『嬉しい』ことだと知りました。
でもその夜のご飯の後、おじいちゃんは何だか寂しそうに、
じっと何かを考え込んでいるようでした。
そんなおじいちゃんを見ていると、ビビまで寂しくなってきて、
ビビはおじいちゃんにぴったり寄り添って、ちょんと座りました。
するとおじいちゃんは、そんなビビをそっと撫でてくれながら、
「ビビは優しい子アルね」
と言いました。
「おじいちゃんは、ビビが大好きアルよ」
「『大好き』…?」
「『好き』よりももっと『好き』なことを、『大好き』と言うアルよ」
「『大好き』…」
「そうアル」
おじいちゃんは、顔が見えるようにビビを膝の上に抱き上げました。
「ビビ、覚えておいて欲しいアルよ」
「なあに?」
おじいちゃんの顔を間近で見ながら、
ビビは不思議そうに首を傾げました。
「おじいちゃんはビビが大好きアル。これからもずっとずっと、大好きアル。
だから、ずっとずっとビビの側にいたいアル」
ビビは、おじいちゃんの服をぎゅっと握り締めながら言いました。
「ボクも、おじいちゃんが『大好き』だよ。ずっとおじいちゃんの側にいる!」
「ありがとうアル、ビビ。なら、どうか忘れないで欲しいアルよ。
おじいちゃんはビビが大好きアル。
これから何があっても、必ずビビの側にいるアル。
それをずっと覚えていて欲しいアルよ」
真剣に言うおじいちゃんを見ているうちに、
ビビは何だか不思議で堪らなくなってきました。
どうして、おじいちゃんはこんなことを言うんだろう?
それが分からなくて、ビビは何だか泣きたくなってきました。
けれど、大好きなおじいちゃんのお願いです。
『好き』なら、大切に。『大好き』なら、もっと大切に。
だからビビは、涙を堪えながら、一生懸命言いました。
「うん。ボク、絶対忘れないよ。ずっとずっと覚えてる!」
するとおじいちゃんは、
「ビビは優しい子アルね」
もう一度そう言って、大きな舌でべろんとビビの顔を舐めました。
顔全体を生あったかいものに撫でられて、
くすぐったさにビビの涙はどこかへと消えてしまいました。
その後、寝床に入ったビビを、布団越しに優しく撫でてくれながら、
おじいちゃんが話してくれました。
「きっとこれから、ビビを好きになってくれるヒトが、たくさん現れるアルよ」
「本当?」
「本当アルよ。ちょっと時間はかかるかもしれないアルが、きっと現れるアル」
「どんなヒトかなあ」
「優しいヒトだと、いいアルね。
大好きなビビが、たくさんの優しいヒトに好きになってもらえるよう、
おじいちゃんは祈ってるアルよ」
「ありがとう、おじいちゃん」
ビビは、そう言って目を閉じました。
おじいちゃんの大きな手をおなかに感じながら、
ビビはゆっくり眠りに落ちていきます。
たくさんのヒトが『好き』をくれたら、
きっとたくさん『嬉しい』んだろうな。
ボクも、たくさんのヒトを『好き』になって、
たくさんのヒトを大切にしてあげられたら、
たくさんのヒトに『嬉しい』をあげられるかな?
そんなことを思いながら、
ビビはいつしかたくさんの『好き』なヒトに、
そして、ビビを『好き』と言ってくれる人に、
囲まれている夢を見ていました。
その夢の中には、おじいちゃんも出てきました。
ビビに優しく触れてくれる人達の中、おじいちゃんだけがどうしてか、
少し離れたところからビビを見ていました。
ビビはそれが何だか少し寂しかったのですけれども、
ちゃんと覚えていました。
たとえビビに触れてはくれなくても、
おじいちゃんはビビのことが『大好き』だってことを。
おじいちゃんは確かにビビの側にいると言うことを。
おじいちゃんはビビを大切にしてくれていると言うことを。
だって、『大好き』なおじいちゃんのことですから。

「おはよう、ビビ」
眠そうに言うジタンに、ビビも挨拶を返します。
「おはよう、ジタン」
「他の奴らは?」
「エーコが起こしに行ってる。もうすぐ起きてくるよ」
「そうか」
寝癖だらけの頭をがりがり掻き回しながら、
ふとジタンがビビの顔を覗きこみました。
「どうした、ビビ。元気ないな」
「え?」
覗き込むジタンの空色の瞳に、ビビはぎくりとしてしまいました。
今朝、おじいちゃんと暮らしていた頃の夢を見ました。
ビビが『大好き』を知ってからしばらくして、
いなくなってしまったおじいちゃん。
おじいちゃんのことを思い出して、
胸の中がしんみりと冷たくなってしまったのです。
けれど、ジタンに心配をかけたくなくて、
ビビは慌ててぶるぶると首を振りました。
「そ、そんなことないよ、元気だよ」
するとジタンは、
「そっか、ならいいんだけど」
と呟きながら、いきなりひょいっとビビを持ち上げ、
そのままぎゅうっと抱き締めました。
「ジ、ジタン!?」
びっくりしたビビが身じろぐと、ジタンは、
「う〜ん、やっぱビビってば、抱き心地最高」
と、ビビの肩に顔をうずめます。
そして、ぽんぽんとビビの背中を叩きながら言いました。
「ビビ、もちっと大人しくしててな」
「も〜…ジタンってば」
ぼやくように言いながらも、ビビはちょっぴり寂しくなった胸の中が、
ぽかぽかとあたたかくなってくるのを感じました。
ビビが隠し事をしていても、ジタンはお見通しみたいです。
そして、いつでもこうして、
さりげなくビビの一番欲しいものをくれるのです。
ビビは、それを『嬉しい』と思いました。
「…ありがとう、ジタン」
「ん〜、何が?」
ジタンがとぼけるので、
ビビはジタンの首にぎゅっと掴まって言い替えました。
「ジタン、大好き」
途端、ジタンがギシッと固まってしまいました。
尻尾が何だか苦悶の形で震えています。
「ど、どうしたの、ジタン?」
ビビがうろたえて訊くと、
ジタンは何だかぎこちない動きで、ビビを降ろしながら言いました。
「オ、オレもビビのことが大好きだよ」
引きつった表情の理由がちょっと分かりませんが、
ジタンに『大好き』と言ってもらえて、ビビはにっこり微笑みました。
すると、ジタンも引きつっていた顔がすうっと緩んで、
嬉しそうに笑ってくれます。
その時、後ろの方から声がかかりました。
「おはよう、朝から仲がいいわね」
振り返ると、ダガーが楽しそうに微笑んでいます。
「おはよう!おねえちゃん」
ビビが挨拶を返すと、
「あ、あははは、お、おはよう、ダガー」
ジタンも無意味に笑いながら言いました。
すぐにエーコもやってきました。
「ジタン!ビビ!ダガー!おはよっ」
元気な声に負けないよう、ビビも頑張って挨拶を返しました。
ダガーも、エーコも、ビビの『好き』なヒトです。
そして、ビビを『好き』と言ってくれるヒト達です。
今、ビビの周りには、あの日見た夢の通りに、
ビビの『好き』のヒトや、ビビを『好き』なヒトがたくさんいます。
皆優しいヒト達ばかりで、毎日ビビにたくさんの『嬉しい』をくれます。
時々、ビビの耳元で声がします。
『大好きなビビが、たくさんの優しいヒトに好きになってもらえるよう、
おじいちゃんは祈ってるアルよ』
『おじいちゃんはビビが大好きアル。
これから何があっても、必ずビビの側にいるアル』
おじいちゃんは見えなくなってしまいました。
おじいちゃんは触れなくなってしまいました。
でも、おじいちゃんはちゃんとビビの側にいて、
ビビのために祈ってくれているのです。
だからビビは今、寂しくはなっても悲しくはありません。
『「好き」なものには、大切に接してあげるものアルよ』
おじいちゃんが教えてくれたから、ビビは毎日、頑張ろうと思います。
『好き』と言ってくれる人が、たくさん『嬉しい』をくれるから、
『好き』なヒトに、たくさん『嬉しい』をあげたいと思っています。
そうすれば、見えないところにいるおじいちゃんにも、
『嬉しい』をあげられるような気がするのです。
ビビは今までも、これからも、ずっとずっと、
おじいちゃんが『大好き』です。

山月のはんこ


   こめんと。
 似非童話風のクワンとビビのお話。全く捻りを加えずに書いた話だったので、全体的に物足りない出来だったかな?
 この話の中のクワンときたら、やたらと素直で正直でフツーの子煩悩なおじじですけど、それはビビビジョンだから。本当は山月、クワン爺はもっとヒトクセフタクセあるお方だと睨んでおります。
 ジタンが微妙に報われない話だなあ。まあ、クワンとビビの話で、ジタンとビビの話じゃないんだからいいか。ジタビビなところさえなければ、<上り坂>に入れてもいい話なんですけどね。それじゃこの話、書いた意味まで半減してしまうので(笑)、ここに入れることに相成り申した。