村上義清の軌跡
諏訪町の上下諏訪神社にある石碑で村上義清に纏わる 参考:大塔合戦
神主の伝承文が刻まれている。
天文元年(1532)二月吉日 品野関 重長 甚右衛門重光 甚太勇重俊 頼母重久 丹後守重寛 内記 延常 頼母重常
「そもそもとうしゃすわだいみょうじんは すさのおのみことのおんまご おうなもちのみことのみこ たけみなかたの
おんかみなり ころはだいえいねんちゅうのころは しなののくにはおがさわらとむらかみとりょうしょうにておさむ
そのころかいのくにしんげんとたびたびのかっせんにて りょうたいしょううちまけおがさわらはみかわえさんず
むらかみよしきよこうはえちごえまいる しんげんこうをおたのみあるなり そのごけんしん しんげんとわぼくの
あいだけんしんをおもいきりえちごをおたちろうとう しょうしょうにてかずさのくにいちはらごおりえおつき
このところにございじょう これによりここをながくむらかみともうしつたうること むらかみよしきよこうございじょうなす
のあいだといまここをむらかみともうすなり そのときよしきよこうほんごくのちんじゅすわだいみょうじんを
かんじょうあるべしとして しなのえししゃをたつ すわのかんぬしすなわちまつていをしてみょうじしなのぜきを
あらため すわだいみょうじんのかんじょうあいそいまいる これによりかんぬしはしなのあいつたうるものなり」
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