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2010年10月 コロンボ近郊報告
2010年10月 北部報告
2010年10月 南部報告
2010年05月 代表退任挨拶
2009年08月 スリランカ帰国報告
2009年02月 奨学金報告
2008年10月 スリランカ視察報告
2007年06月 スリランカ視察報告
2007年03月 現地コーディネーターからの手紙
2007年02月 奨学生第一回授与式
2007年01月 経過報告2007度
2007年01月 2007年度支援計画
2006年までの活動は「パウラのあゆみ」を参照
2000年〜2010年 パウラのあゆみ
子供たちの写真等
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あいさつ
日本が世界第2次大戦の終結を迎えたとき、私は小学校1年生でした。
昭和20年5月、疎開先の栃木県日光町の川原で見た、東京最後の爆撃に
赤く染まった空を忘れることができません。
「お家が焼けちゃったよ」「お父さんもお母さんも死んじゃったよ」と言う
いじめっ子の声と共に、未だに脳裏にくっきりと焼きついています。
20年に渡る、激しい民族戦争から抜け出し始めたスリランカの復興の流れは
日本の戦後のそれに重なります。
戦後、日本に賠償金の請求をしなかった国、『スリランカ』。
そして、毎年夥しい数の『角膜』が日本に届けられています。
日本の皆様の優しさを、スリランカの子供達に届ける担い手の1人でありたいと
願っています。
初代パウラ代表
安藤 明美
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