あなた自身の「南無妙法蓮華経」を高めよう!
2002/7/7

 南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・・・
今を生きる生かされる私たちは一心にお題目をお唱えいたします。
南無妙法蓮華経・・・・

 鎌倉時代日蓮聖人は「混乱の世が続くのは邪法がはびこっているからだ!」
「釈迦の本心法華経をよりどころにしないと国は滅びるよ!南無妙法蓮華経!」
と法を説かれました。
日蓮聖人は国家に対しての警鐘をお題目で鳴らし、「法華経」を身体で実践なされたのです。

日蓮聖人の時代と違い、私たちはなぜこの世で「南無妙法蓮華経」とお唱えするのでしょう。
妙法蓮華経はお釈迦様が、諸経の中の究極の教えはこの「妙法蓮華経(法華経)」である、と編纂されたもので、
万物の仕組みを示して行く上で、非常に難信難解ではありますが究極の教えであります。
この世に生きる我々人生の羅針盤として「法華経(妙法蓮華経)」をとらえると
お題目「南無妙法蓮華経」と唱える事とが一番「手っ取り早い」手段のように思います。

ちょっと難しくなってきました。合っているかわかりませんがたとえ話で・・・

ある大企業の経営を父から任された息子。
しかしながら経営が行きづまりだす。
息子はあたふたします。ああどうしよう・・・どうしよう・・・。
いっている間にいよいよ倒産寸前に・・・
ああお父さん!!どうしようお父さん!!あ〜あ、お父さん!
そうこうする間に結局倒産し・・・息子は途方に暮れ怒濤に迷う・・・

これではいけません。

その息子が言った「お父さん!お父さん!助けてください!お父さん」
ここを考えないとだめなように思います。
すなわち、大企業=社会、経営=人生、
息子=衆生(私たち)、お父さん=仏様であり、
倒産寸前の局面になったとき、まず冷静になってそのお父さんが息子に何を教えたか、
息子が何を教わったか、その父の教えを思いだし教訓にせよと言うことであります。
あたふたしてお父さんお父さんと言っていても何の解決にもなりません。

人生を指針をきちっと立てるヒントはその教えにあり、
「あ〜あお父さん・・・」ではなくて、
日蓮聖人は、「南無妙法蓮華経」とお唱えし、その「教え」を大切にしろよ!
と、教えられ、その「妙法蓮華経」(教え)を説いた「釈迦牟尼仏」(父)について
あえて「南無釈迦牟尼仏」(あ〜あお父さん!)としなかったところに大きな意味があると思います。