「資格を有した僧侶」と
「無資格の見習い僧侶」について


令和2年8月某日(住職法務日誌)
「お盆の供養をやり直したい」と言う
ご夫婦が相談に来られました。

質問者
8月15日、日蓮宗のあるお寺をたずねて盆供養を行ってもらったところ、
あのお坊さんは「僧侶ではないのでは?」と、妻に言われ、
家の近くの葬儀社に尋ねたところ、
あの方は「僧侶見習いです」と聞かされ
詳しく聞くと、修行を完了されていない「
資格を持たない
僧侶」といわれました。

「資格を持たない」とはどういう事でしょうか?
「資格を持たない見習い僧侶」は「正式な僧侶」なのでしょうか?
「資格を持たない人」がお寺の仏事を勤めてよいのでしょうか?



答え(私)

お寺の中には「資格を持たない見習いの僧侶」が、導師(法要を執り行う責任者)を勤めするのを
そのお寺の住職が許可して、執り行わさせている場合が現実にあります。

気になる方は
お寺の住職に、「法要をお勤め下さるのは正式な僧侶(そうりょ)ですか?」
事前にお聞きになるのが良いと思います。
お寺の住職、副住職は「宗門が認めた正式な僧侶」であり、そのお寺の責任を負っています。
直接聞く事が困難な場合、気兼ねする場合、疑わしい場合は
宗派の相談室(日蓮宗宗務院)にお尋ねになるのが良いと思います。

大変重要な確認事項ですので何の失礼もありません。
「正式な僧侶」に仏事をお願いしたい場合は
出来れば
事前にお寺様に確認をとっておく事が大切です。

結論
私見ですが、そのお寺の「住職」が「正式な宗門僧侶でない人」に法要を司るこのことを認めている事は、
これは「そのお寺の方針(考え方)」事情なので、
法要を
「やり直さなくてもよい」と思います。とお答えしました。

相談者
8月末、「どうしても納得がいかない」と連絡があり、
興覚寺にて盆供養を「やり直し」ました。




正式な僧侶とは(日蓮宗の場合)


~日蓮宗宗制より~
35日間の日蓮宗信行道場」の修練を修了し、
日蓮宗より「
教師認証書交付」を受けた者(教師=僧侶)
例えば
自動車の運転手は (講習完了後、交付免許が必要)
同様

お寺の法要の導師は(修行完了後、交付認証が必要)


日蓮宗信行道場での修練科目
 一、三宝給仕
 一、正助二行
 一、法要式及び布教法
 一、宗学及び仏教学大意
 一、信行訓話
この五つを三十五日間で会得体得出来た者が
「日蓮宗教師資格者=正式な日蓮宗僧侶」であるといえます。



私的「正式僧侶」考察
たった35日ですが、冷暖房もテレビもスマホもコンビニも無い、「ありがたい社会」から隔絶された修行期間。
未熟故、挫折しそうになるが「信仰と感謝」にて不思議の神仏の加護を受け修行は続行出来る。
鍛錬は失敗を重ねるが、悲しみや苦しみを直に感じ取りながら、
生活上の悩みを社会上でかかえる人たちに寄り添える人格へと自身を生まれ変わらせる尊い35日。

修行を終えてからの社会にとけ込む教師(僧侶)としては、
欲に染まらず、自戒をもって生活を送り、修行期間の『毎朝の勤行』を基本に、
その日一日を懸命に布教精進することによって、意味ある「信行道場35日」が完結する。 

「日蓮宗信行道場35日」は教師(僧侶)としてこの世に生きる「誓いの期間」で、
それを達成できた者が「正式僧侶」であると考えます。