第75話:「人間の証明」
<update/2006/07/02>
「生死を別けた瞬間〜その時何が!」ってな番組が良くあるが、
「ねぇ、かあさん覚えているかい?あの古い麦藁帽子は何処に行ったんだろうね。
そう、あの谷底へ落ちていった、あの麦藁帽子だよ。」(小説:人間の証明より)
この衝撃を、のっけから言わせてもらおう。
おらぁ、生まれて初めて見たね。
人間がダイブするとこ。
先日の会社帰りに、地下鉄の終電に間に合うように会社から出て、
乗り換えのJR「荻窪駅」のホームで電車を待っている時の事であった。
ホーム中央にある地下階段から、団塊のサラリーマンが、
完全無欠の酔っ払い状態でホームに上がってきた。
そのおっちゃん、かなり逝っちゃってて、もう右に行ったり左に行ったりの
フラフラ状態である。
かなり酔った状態の人を見た事のある人なら解るだろうが、
酔うと、千鳥足になった状態で、平衡感覚が無くなるため、
右に行ったり左に行ったりしながら、フラフラ状態になっている。
この状態は経験上、多分こういう事だ。
酔っぱらって平衡感覚が無くなりながら歩くと、
たとえ酔っぱらっていても、
その状態で右に傾くと、真っ直ぐ歩こうとするんだよ。
なので右足に体重かけて、
今度は左に行こうとして真っ直ぐな状態を作ろうとする。
だが、ここが酔っ払いの“性”
そうすると、今度は左に行き過ぎちゃぁ〜んだよな。
なもんで、今度は左に行き過ぎた状態を元に戻そうとして、
今度は、左足に体重かけて右に行こうとする。
すると、また、
当然、右に行き過ぎます。
そんな事を酔っ払いは、自分では修正しているつもりで
何回もダッチロール状態を繰り返しながら歩っていると、
だんだん、その右左の振り幅が、大きくなってきて、
物理的な限界点を超えて、自分の体重で支えきれなくなり、
限界点を超えた時、その方向へ行ったまま戻れなくなり、
何かの障害物にぶつかって、その勢いでぶっ倒れるかなにかして、
その動きと、酔っ払いのダッチロールが終焉を向かえる訳だ。
その限界点を超えた時に、その方向にあった障害物が、
「塀」や「自販機」や「電柱」や「看板」であれば、
まぁ自損みたいなもんで、その勢いで物がぶっ壊れようが、
器物破損で損害賠償請求されようが、自分が傷つこうが、
そらぁ、テメェが悪いので、甘んじて反省しなきゃならない。
だが、その方向にあった障害物が「物」ではなく、
「人」だった場合、相手によっちゃぁ、エライ事となるのは、
安易に想像がつくだろう。
でだ、
ここで話を、
地下階段からホームに上がって来た、完全無欠の酔っ払い状態の
団塊のサラリーマンの話に戻すが、
ダッチロール状態の、そのおっちゃんにも限界点が訪れた。
だが、限界点を超えたその先あった障害物は、
前述の「物」でも「人」でも無かった。
何があったかって?
何もネぇ〜んだよ。
つまり、そのおっちゃんの限界点超えた方向は、
なんと、
ホームの線路側。
えっ!?
マジかよ。
一部始終を、直ぐ目の前で目撃しちまった俺。
その時の事が、スローモーションのように蘇ってくる。
目も虚ろなそのおっちゃん、
多分、自分がヨタッて傾いちゃってる方向が、
「線路側」とは理解できてなかったんだろうね。
勢いついちゃってるので、多分このままだと倒れてしまうので
無意識に何かにつかまろうとうという頭は働いたようだが、
当然、そこには、何も無いので、
虚しく、その両手は「空」を斬るだけ。
「あっ!」と思った瞬間である。
悲劇は起こった。
そのおっちゃん、
足から滑った訳じゃねぇ〜ぞ、
そのおっちゃん、
よくいるだろぉ、水泳の体育の授業の時、
飛び込みの練習で、格好良く頭から飛び込める奴もいるけど、
本人は頭から飛び込んでいるつもりでも、
ビビッちゃって、「手」と「足」だけは突っ張ってるけど
実は「胸」から落ちてて、
「ぱっちぃ〜〜〜〜ん!!!!」
とか、痛そうな音させて「胸」が真っ赤になっちゃう奴って。
そう、あんな格好で、
ホームから線路へ、
死のダイブ。
えっ!
きゃぁ〜〜〜〜〜〜!
あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
うっそ!
マジ?
おっおぉおおおおおおおおおおおおおおお。
その瞬間、それを目撃したホームで電車待ちの人たちから
感嘆詞の嵐。
おらぁ、生まれて初めて見たね、
ホームから線路へダイブした人。
俺にとって、かなり衝撃的だったこの話、
少々、興奮気味に話そう。
その格好で胸からダイブしたおっちゃん、
落ちた瞬間、鈍い音がしたんだよ。
なんか、こう「ベッチャっ」みたいな。
でな、
そのおっちゃん、見事に、
ホント、物の見事に、2本のレールの間に
すっぽり収まった、うつ伏せ状態で、
ピクリとも動かねぇ。
そりゃそうだ、
ホームから線路へあんな格好で
受身をしたような感じも無かったし、
砂利が敷き詰められた、コンクリートの枕木の上に
無防備状態で胸からダイブしちまったんだ。
肋骨折れてるか、頭打って失神して
気を失ってんだろう事は、
容易に想像できたのだが、
いかんせん、ホームの上から見て、
線路のど真ん中に、
人がうつ伏せで倒れているなんて状況、
生まれて初めて見たもんで、
俺も固まっちゃってさ。
何も出来ねぇ〜んだよ。
周りの人間も、そんな感じ。
以前、JR大久保駅で、
線路に落ちた人を助けようとした
韓国人留学生が、亡くなった事があって、
つい数ヶ月前にも、同じJR大久保駅で、
また韓国人留学生の方が、今度は、
線路に落ちた女性を助けたという事が
ありましたが、
無理!
無理です。
これねぇ、
ホームから飛び降りて、
線路にいる人を助けると言う行為、
実際に、遭遇した時には、
気持ちはあるけど、動けねぇって。
だってよ、
「間もなく2番線に・・・・」とか
アナウンス言ってる時だでぇ。
実際にそこにいた人たち全員、
成り行き見守ってるだけで、
誰一人、助けに行かなかったからね。
そんなかんだで、
何秒?何十秒?経ったか判らないけど、
ふと気づくと、ホームに「ビーっ!ビーっ!」ってな
警報音が鳴り響いてるのに気が付いた。
多分、誰かが押したんだろうね。
まだ駅員が駆けつけていないと思った
次の瞬間、信じられない光景が、
飛び込んできたんだよ。
線路で気を失っていたそのおっちゃんが、
足元もおぼつかづに、ダイブしたおっちゃんがだよ、
いきなり、蘇生したんだよ。
枕木から、電車の音が脳に響いたのか、
生きるための危機管理システムが、
一瞬だけスイッチ・オンになったのかは知らないが、
そのおっちゃん、
いきなり我に返って「ヌクッ」と立ち上がり、
これ、ホントだで、マジで、
「生き返ったゾンビが、
線路からホームに這い上がってくるのを、
めちゃめちゃ早回しで見ちゃった」
ぐらいの早業で、
ホント、マジで、
そのおっちゃん、
気が付いてから、ホームに這い上がってくるまでに
3秒とかからなかったね。
あんだけ、完全無欠の酔っ払いだったのに、
意外に線路からホームまで高さがあるのに、
ゴキブリのような速さで這い上がってきたね。
ありゃぁ、生への本能が成し得た事なんだろうな。
だってよ、ホームに這い上がって来たと同時位に、
非常ブザーに気付いた駅員と警備員が
スっ飛んで来たんだけど、
這い上がってきたおっちゃん、
ホームになだれ込むように倒れこんだ後、
またまた、ピクリとも動かず、意識不明状態に。
その、多分1分後くらいかな、
あんま事象の時系列は良く覚えてねぇけど、
ホームに電車が入ってきた。
あまりにも衝撃的なひと時だったもんで、
まだ、ホームに倒れこんで動かない、
そのおっちゃんを見ながら、
安全確認後、発車した電車に俺は乗り込んで
帰ってきたのだが、
あの後、あのおっちゃんは、どうなったんでしょう。
そう、あの線路にダイブしたおっちゃんです。
翌日の新聞の社会面にも、その後も特に載っていなかったので、
怪我はしただろうけど、
大事には至らなかったんだろうなと勝手に解釈していますが、
それにしても、人間って、すげぇな。
何かを感じ取れば、生きるために
「一瞬」だけ復活して、スゲェ、ちからを発揮するんだな。
それが人間である証明なのかもしれないけど。
ただ呆然と見ていただけで、
助けに行きもしなかった野郎が、何言ってんだとお叱りを受けそうだが、
普段、プラットホームと線路を何気なく見ていても、
例えば、「ここに電車が来て飛び込んだら、そりゃぁ死んじゃうよなぁ」とか、
無機質に思ってるだけで、何も感じてないけど、
実際、そこに生身の人間が「倒れている」という事象が現実に加わると、
ホームを一歩蹴って、線路に下りる勇気も無い、
自分は何も出来なかった、小ささを思い知る事となる。
自分の命をかけてまで、、掛けたつもりでもなかったかもしれないが、
多分、その瞬間は、そんな事さえ思わず、
瞬間的に、発作的に、「助けよう!」と思い、
線路に下りる勇気があるひとは、かなりリスペクト出来る人格の人だと
思ってしまった今日この頃。
おらぁ、1.5秒くらい悩んで、ビビッた。
じゃぁよ、おっちゃんが落ちたらそのままだけど、
めちゃめちゃ俺のタイプな、綺麗なオネェチャンが足滑らして、
線路に落ちちゃった時には、実は助けに行っちゃうんじゃねぇ〜のぉ?
とか。自分に自問自答してみたんだけど、
おの状況じゃ、
無理だね。
だって、人間だもの。
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