第73話:「俺の後ろに立つんじゃねぇ」

<update/2005/09/11>

 

 

何気に、こそこそやってる訳ですが何か?

 

 まぁ俺もバツイチなのは周知の事実なのだが、

 そんな俺に気を使ってくれる友人・知人達が、たまに一席もうけたりしてくれ、

暇な俺としては、そんな好意に甘えてノコノコ&コソコソ行ってる訳ですわ。

 

でもって、半年くらい前にそんな一席が決行された。

 

まぁ俺も、見合いなんて堅っ苦しいのは好きじゃないのである意味、

彼女がいない若い時、良く交わされた「誰か女、紹介してくんねぇ?」

ってな非常にフランクな感覚じゃないと嫌なのだが、

ただ目的は「結果」なので、まぁどのみち見合いだわな。

 

 

でだ、その日、別に事前に相手の写真とか見てる訳じゃないので、

紹介してくれる知人と相手との待ち合わせ場所に向かった。

 

 

「どぉも」

 

 

時間通りに合流。

 

まぁお互い目的は同じなので、知人も適当に紹介を終えてそそくさ退散。

 

ほんじゃ、飯食い(飲み)にでも行きましょうか。

ってな事で、店に向かったのだが、

俺は待ち合わせ場所で初めてお会いした瞬間にこう思ったね。

 

 

 

間違いなく俺は、あんたとは話が合わネェ。

 

別に「美人」とか「不細工」とかの事を言ってんじゃねぇ。

今となっちゃぁ俺もストライク・ゾーンもかなり肥大化させなきゃ

後がねぇなんて事は百も承知のだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故、着物?

貴女、随分気合入ってネェかぁ。

 

 

っつうか、思いっきり浮いてるぜ俺達。

 

ただ事前情報ではこの方、かなりの「お嬢様」らしく

親父は幾つか会社を持ってて、弟もその中の1つの会社の社長やってて

別荘持ってるなんて当たり前の資産家の娘さんなのだという。

 

まぁ俺も、その情報に喰いついちゃったんですがね

 

喰いついちゃた俺が間違いでしたぁ。

 

一応は予約していた店に入り落ち着いて話をする事となるのだが、

その彼女が見た目どんな女性なのか読者の皆様に、

 

「完璧」

に、イメージさせてあげよう。

 

断っておくが、俺ごときが他人様の容姿の事を「良い」とか「悪い」とか「美人」とか「不細工」とか

言えるほどの男じゃないので、そういう意味で言っている訳じゃないので悪しからず。

 

いいかぁ、間違いなく読者の皆様に、

完璧にイメージさせてあげよう。

 

脳裏に一気に記憶が蘇ってくるからな。

 

着物姿で、推定身長153cm位、

少々ぽっちゃり目のその彼女、“これ”にそっくり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お菊人形」

そうあの、「髪の毛が伸びる」という人形の。

 

マジで。

 

 

 

流石に髪の毛は綺麗に整髪されているものの、

真っ黒な、長いおかっぱの黒髪に着物。

 

今時、珍しいくらいの「純和風」な女性。

有る意味、感動すら覚えたね。

 

 

んでもって、

「吸ってる空気の色まで違うんじゃねぇのかぁ」位に場違いな

その“お嬢様なお菊人形”と会話をする事となるのだが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねぇ。

ねぇよ、話題が。

 

 

間違いなく共通の話題なんて有り得ネェだろうし、

大体において、何なんだよ、その馬鹿っ丁寧な喋り方と

背筋を伸ばして妙に落ち着いた座り方はよぉ。

 

でも、会話しなきゃ場がもたねぇ。

 

俺も営業職の端くれ。

話題がなきゃ、話題を引き出さなきゃいけねぇ。

 

一見、控えめで大人しそうな彼女(後に俺の判断ミス)に

どう話を振ろうか考えていた時に、やはり得ていた事前情報を思い出した。

 

「琴をやっているらしい」

 

よしっ、この話から行こう。(そもそも、この振りが間違い)

 

 

「“琴”を習ってるって聞いたんですが珍しいですね」

 

「いえ、習っているのではなく、わたくしそれでお給料を戴いているのです。」

 

「はえっ?」

 

「はい、わたくし、“弟子”が20人程いまして・・・・」

 

「でっ、弟子?それじゃ趣味じゃなくて“師範”とか“師匠”とかなんですか?」

 

「いえいえ、そんな偉くはございませんが、教えております。」

「着物を着ていてビックリされたでしょうが、わたくし、そんな事情で、

普段から着物を着ていたほうが楽なんです。」

 

なるほど、着物を着てきた理由は、なんとなく、俺、納得。

 

で、次に放った俺の質問がどうも彼女を刺激したらしい。

 

「僕も以前ギターをやってたんですが、琴って弾くの難しそうですよね」

 

明らかに「待ってました!」バリに顔に活気が出て、

「えぇ、ちょっとご説明してもよろしいですか。」

と言い、

「音大に入って雅楽を専攻した」経緯から説明しだして、

「琴は爪で弾く」とか「正月に良く聞くあの琴の曲はどうとか」

 

俺、相槌のみで延々30分、彼女しゃべりまくり。

 

 

「はぁはぁはぁ。」

いい加減もう止めてくれと思ったので、話が途切れた瞬間に、

話題を変えようと思い、こう俺は言った。

 

「琴っていうと、能楽とか想像しちゃうんですよ。

以前仕事の延長で“観阿弥”“世阿弥”とか勉強したんですよ」

 

 

しまった!

やべぇ、言った先から振り先間違って、

火に油、注いじまった。

 

さらに彼女に活気。

 

 

「そもそも、能というのは・・・」

「琴は、もともと中国から・・・・」

「そんな流れから、能楽と言うのは・・・・」

 

 

 

またまた延々30分。

 

 

もう勘弁してください。振ったわたしが悪かったです。

 

そんなかんだで、無理やり方向性を変えようと思い、

「でも琴は何処で教えてるんですか?」と聞くと、

 

「はい、自宅で教えておりますのよ。」

 

「じゃぁ、琴とか結構大きな音とか出るじゃないですか、

近隣とか大丈夫なんですか?」

 

「はい、ご近所の皆様方へはご迷惑の掛からないような

お部屋を父に作っていただき、そちらで教えておりますものですから、

心置きなくお仕事をさせていただいております。」

 

そりゃぁ、よござんしたね。

 

「職場が自宅なものですから、わたくし“通勤ラッシュ”なるものも

経験がございませんの。

ですから、“世の殿方に申し訳なくて”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ?

 

あんた、今、何んつった?

 

「世の殿方ぁ」

って言ったよな。

 

あぁ、確かに言った、

「“よ”の、“とのがた”」ってな。

 

今のご時世、

男の事を表現する時に「男性」とは言うけど、

 

「世」も「殿方」も、ねぇだろ。

 

 

あんたは、いつの時代の人間なんだぁ。

あんたは、「紫式部」かぁ。

 

あんた、「百人一首」得意?

 

 

っつうか、普段「殿方」なんて言われた事なんてないので、

着物来た女性に、「殿方」なんて言われた日にゃぁ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと、Hっぽくて、

グッと来ちまったじゃねぇか。

 

 

またまた、そんなかんだで、1時間以上聞き役になってる俺に、

彼女が質問してきた。

 

「健地蔵さんって、どんな科目がお好きですか?」

 

あぃ?

 

この年齢で、突然「お好きな科目」とか言われてもとか思いつつ、

「えぇーーーー、小学校の時には、家庭科がす・・・・・・」

 

「・・・・・き、でした」とかボケて言おうと思ったのに、俺が答えてる最中に、

俺の台詞をぶった切るように、

 

「私は“歴史”が好きなんです。」

 

俺の話なんて、聞いちゃいネェ。

 

「わたくし、両親から

“日本人ってなんでもっとグローバルな視野を持てないのかしら。”

ってよく言われておりまして、海外の文化に触れたくて良く海外には

行くのですが、歴史が好きなものですから、良く京都に行くのですわ。」

 

ふぅ〜ん、お嬢様。

 

 

でも、なんとなくやっと会話に入れそうだぜ。

 

「京都へは、修学旅行で行きましたよ。

いいっすよね、京都。

社会人になってからも、出張でたまに行きました。

京都駅前にある「京都タワーホテル」でしたっけ、

あそこにも出張で泊まりましたよ」

 

 

 

どうも、この何気ない一言が、お嬢様のお気に召したらしい。

 

 

「おーほっほっほっ」

何こいつ、気品高く笑ってやがんだ。

 

 

 

「京都タワーホテルなどというホテルに、

本当に泊まってらっしゃる方がいらっしゃるのですね。

お聞きする所に、あのホテルの上層階には温泉があって、

そういう処にお入りになったりされてるのでしょうか?」

 

「いやいや、僕は出張で、経費も抑えなきゃいけないので、

たまたま、あくまでも、経費を抑えて、仕事に便利だったので、

利用しただけで・・・・」

(おいおい、なに弁解してんだ、俺)

 

「おーほっほっほっ、おーほっほっほっ」

 

おい、お嬢様(テメェ)、笑いすぎ。

 

「ごめんあそばせ。

わたくし、母と京都に旅行に行来ました時に、京都駅近くの、

△△△△△ホテル(いわずと知れた高グレードのホテル)に泊まったのですが、

△△△△△ホテルって“ご存知”?

 

 

 

 

 

 

 

はぁ?

 

あんた、出会ってからこの短い間の、

“いつ”から、上から物を見るような言い方になったんだぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ご存知?”

 

じゃねぇだろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ですか?”

が抜けてるぜ。

 

とか思いながら、

「△△△△△ホテルって“ご存知”?」

って言った彼女がこう続けていった。

 

 

 

「ご存知なわけございませんこと。

だって所詮、

京都タワーホテルとかに

お泊りになっている方ですものね」

 

 

はぁ?

 

あぁ、そうさ。

おぉ、そうさ。

 

 

俺は、あんたみたいな世界観で生きてはいないさ。

でもな、しがないサラリーマンとして、

それなりのサラリー貰って生きてんだよ。

 

でもよ、

金持で7歳も年下の女性に、こんな小馬鹿にされて、

ブチぎれるのも大人げないし、

 

とにかく、この場から逃れるように、駅まで送っていくことにした。

 

 

駅までの道中、着物を着ている彼女を気遣って、

会話しながら俺も、ゆっくり歩っているものの、

どおしても、彼女の方が若干遅れ気味となる。

 

しかし、

交差点で、信号待ちになったのにもかかわらず、

俺の横に、その女性がいない。

 

気になったので、後ろを振り返ると、彼女がいた。

「大丈夫?」と気遣う俺。

 

 

 

彼女は、こう言った。

「はい。

女性というのは、殿方の“半歩”以上後ろを歩き。。。。」

 

もう、そんな事ぁ、聞きたくねぇ。

 

とにかくよ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の後ろに立つんじゃネェ。

お菊人形。

 

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