第13話 :「深夜のタクシー」

<update/2001/8/31>

 

まぁ昼夜・場所を問わず、愛想の悪い運転手さんは、

いるもんである。

 

車に乗り込んで、

「何処そこまでお願いします。」

 

と、とりあえず言うじゃないですか。

そう言っても、黙って何も言わず、メーター倒して

走り始める運転手。

 

思わず、あんた

「場所わかってんのかよ?」

 

と、突っ込みたくなり、

「場所わかりますぅ?」

 

と、一応確認したらしたで、

 

 

「あいぃっ?わかってますよぉ。」

と、

もうフテキされたような、「はぁ」だか「あぁ」だか

わからない発音での受け答え。

 

まぁ疲れてるのは、わかるけど

それにしても、愛想の良い運転手とそうでない運転手とは、

ハッキリと分かれているもんである。

 

そうでない運転手のタクシーに運悪く乗った日にゃぁ、

もう、俺は・・・、

 

 

「積荷かい?!」

 

てな具合に、無機質に目的地へ運ばれていくだけである。

 

まぁいろんなタクシードライバーがいる中で、

一度だけ「やられた!」と思った事がある。

 

 

あれは、もうバブルも終焉に向かい、

銀座の夜の街も閑古鳥が鳴き始めた頃の事である。

 

深夜のタクシー乗り場には、タクシーだけが並び、

乗車する客もいない。

タクシードライバーは、1日の売上が低いため、

酔客で遠距離の客を拾うのに、

必死になっていた時代である。

 

 

そして

「乗車拒否」

をするタクシーが問題となっており、

 

乗車拒否をお客からタクシー会社に通報されたら、

そりゃ大変なペナルティを

運転手は、受けさせられた時代でもある。

 

 

「銀座の夜」と言っても

 

「庄屋」もあれば「焼き鳥屋」もある。

勿論、座って何万の「クラブ」もある。

 

私の会社は銀座にあるが、

もちろん、サラリーマン健地蔵は、

前者の方で飲んで、もう電車も無くなり

「タクシーで帰ろうかな」と思い、

 

友人とも別れ、空車待ちのランプが連なる道を歩き、

適当なタクシーに声を掛け、そのタクシーに乗り込んだ。

 

 

「えぇ〜神楽坂みゃでお願いしまひゅ。」

(当然、私も酔客。)

 

当時私は、東京の「神楽坂」という場所で

一人暮らしをしており、「銀座」から「神楽坂」まで

深夜で混んでても、2千円ちょっと。

空いてりゃ、2千円かからないという場所でした。

 

 

運転手は、

「はい。神楽坂ですね、かしこまりました。

ドアを閉めますがお気をつけ下さい。

閉めてよろしいですか?」

 

と言うではありませんか。

 

 

 

おぉ、なんて良い運転手さんなんだ。

酔客としては、気分いいぞぉ。

 

 

 

そして、タクシーはドアを閉め走り始めた。

 

乗った場所が交差点のすぐ手前で、

信号を左折しようとした時、

赤信号に変わってしまったのである。

 

勿論、信号待ちで停車した。

 

しばし待つ事、1〜2分。

まさに発車しようとした時、

 

 

「カックン」

となり、

酔客である私の身体は、助手席の背もたれに

頭から突っ込んでしまった。

 

どうやら車がエンストしたようだったのである。

 

「キュイイイイ〜ン、キュイイイイ〜ン」

 

運転手は、必死に再発進しようと、エンジンキーを

廻している。

 

しかし、セルは廻るものの、一向に

エンジンが掛かる様子は無いのである。

 

「あれぇ、どうしたんだろう?

参ったなぁ・・・・・。」

と運転手。

 

「どうしたんですかぁ?」と心配する私。

 

「ちょっと車の調子が急に悪くなっちゃって・・・」

 

「大丈夫っすかぁ?」

 

「ちょっとまずいかも知れないです。

お客さん、迷惑かけちゃうと申し訳ないんで、

後ろの違うタクシーを

ご利用になっていただけません?」

 

仕方ないよなぁ、エンストしてエンジン掛からないんじゃ。

 

「イイッスヨ」

 

と私は快く、そのタクシーを降り

後ろのタクシーに乗り込みました。

 

目的地を告げ、順調に走り出した時の事です。

運転手が、こう問うてきたのです。

 

 

 

「そう言えばお客さん、

さっきのタクシー何で降りたんですか?」

 

 

私がタクシーを降りた経緯を話した所、

その運転手から意外な言葉が帰ってきたのである。

 

 

 

 

「お客さん、

やられましたね!」

 

 

 

えっ?どう言う事。

 

「お客さんが近場だったから

降ろされたんですよ。」

 

はぁ?

 

 

 

 

 

「あのね、お客さん。

今じゃタクシーも殆んどが

オートマなんですよ。

オートマって、

 

パーキング(P)にギアが

入ってないと、エンジン

掛けられないんですよ。

 

ニュートラル(N)に

ギアが入ってると

いくらエンジンセルを廻しても

エンジン、

 

掛かんないんですよ。

 

だから、あの運転手は

わざとニュートラルにギアをいれて

エンジンセル廻して

エンジンが掛かんない

振りをしたんですよ。

 

故障したように見せかけるため。

 

最近、お客さん少ないもんだから

長距離狙いで、あの手が増えてんですよ。」

 

 

 

 

 

そうだよ、そうだ。

そんな事、俺も知ってるよ。

 

 

 

 

 

 

 

やられた。

 

完璧に騙された。

 

 

 

 

あの運転手、

 

俺が

「神楽坂」まで

って言った時から

絵、書いて

やがったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんた、アカデミー賞もんだよ。

 

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