「私本 太平記」
著 者 : 吉川 英治 出版社 : 講談社 全 8巻
主人公 : 足利尊氏、後醍醐天皇、楠木正成
物  語

  茫洋とした風貌から ゙ぶらり駒" と異称される足利高氏は、時代の流れを
 見て、北条氏に反旗を翻し、京都の六波羅探題を陥落させ、その功績から
 後醍醐天皇より諱を賜り、尊氏と名乗るようになります。
  やがて、後醍醐天皇による建武の新政が開始されますが、その内容は
 武家を軽視したもののため、北条残党による反乱を契機に尊氏と一部の
 武家は後醍醐天皇と袂を分かってしまいます。
  後醍醐天皇の軍との戦いに敗れ九州へ逃れた尊氏は、別系の皇統で
 ある光厳上皇より院宣を拝領し、官軍となることで勢力を挽回し、多々良浜、
 湊川の戦いで、楠木正成、新田義貞を破り入京しますが、吉野へ逃れた
 後醍醐天皇は、南朝を開きます。
  やがて、後醍醐天皇の崩御を機に南朝方の勢力は衰えますが、足利方
 北朝も内訌が相次ぎ安定しません。
  その最中、尊氏は世を去り、盛大に行われた尊氏の法要には彼を古く
 から知る人たちで溢れていました。

感  想

  「権力の持つ魅力・魔力」 をテーマに描かれた作品ですが、吉川作品に
 共通している ゙民衆の目" は健在で、読んでいて優しい気持ちになります。
  余談になりますが、本作品は吉川さんが最後に完成させた長編小説です。

お薦めランク : ★★★★★



「悪党の裔」
著 者 : 北方 謙三 出版社 : 中公文庫 全 2巻
主人公 : 赤松円心
物  語

  播磨国佐用庄の「悪党」赤松円心は、後醍醐天皇の皇子で鎌倉幕府打倒
 に燃える尊雲法親王の元へ息子の則祐を仕えさせ、河内国の「悪党」楠木
 正成と出会う中で、天下を決する戦をすることを夢に見ます。
  大塔宮と名を変えた尊雲法親王が、吉野で倒幕の挙兵をすると、正成は
 金剛山に籠城して幕府軍を釘付けにするのに対し、円心は疾風の如く京都
 六波羅を攻撃する中、足利高氏と会談し倒幕を決意させ、その高氏の寝返り
 により、六波羅探題は陥落し、時を置かず鎌倉幕府も滅亡します。
  後醍醐天皇の新政下、武家の台頭を快く思わない大塔宮と、武家の棟梁
 たる尊氏の確執は頂点に達し、大塔宮は暗殺されてしまいます。
  大塔宮の死に複雑な思いを抱く円心ですが、尊氏は円心を味方にすること
 に心を砕き、円心も武家の棟梁たる尊氏に魅かれます。
  やがて、後醍醐天皇に反旗を翻した尊氏に、円心は様々な献策を施し、
 後醍醐天皇方の新田義貞と白旗城を舞台に死力を尽くした戦いをする等、
 尊氏の天下取りに多大な貢献をしますが、同じ「悪党」でありながら、正成
 は尊氏と戦い、後醍醐天皇に殉じます。

感  想

  赤松円心の「悪党」としての生き様と誇りに、北方氏の男の美学が凝縮
 されているような気がします。
  赤松円心、楠木正成、この二人の「悪党」の生き方の対比も際立ち、また
 二人のように生きたいと思いつつ、武家の棟梁という出自に縛られる尊氏の
 高貴な存在感など、多彩な人物が魅力的に描かれています。

お薦めランク : ★★★★★



「新田義貞」
著 者 : 新田 次郎 出版社 : 新潮社 全 2巻
主人公 : 新田義貞
物  語

  新田氏は、源氏の嫡流ながら先祖の行いが北条氏の意にそぐわなかった
 ことから、無位無官で逼塞しており、同じ源氏の嫡流で絶大な権勢を誇る
 足利氏とは格段の差があり、祖父の基氏、父の朝氏は新田氏再興の望み
 を義貞に託します。
  やがて、逞しい若者に成長した義貞は、足利高氏、楠正成、赤松則村ら
 と出会い、時代の激流に飲み込まれて行きます。
  後醍醐天皇の綸旨を拝領し、鎌倉幕府を攻略した義貞は多大な恩賞を
 賜りますが、それは義貞に武力を与え、尊氏を牽制しようという考えによる
 ものでした。
  源氏の嫡流として互いを認め合う義貞と尊氏でしたが、公卿の陰謀により、
 敵味方に分かれて、幾度となく刃を交えます。
  湊川の敗戦により唯一の理解者であった楠正成を失い、比叡山へ逃れ
 た義貞は、後醍醐天皇の意を帯びて、二人の親王とともに北陸の地へ
 下向します。
  北陸の地を転戦し、平定も間近と見えた盛夏の青空の下、物見に出た
 義貞は敵の急襲に遭い、命を落としてしまいます。

感  想

  新田さんが史料の新解釈、丹念な現地取材を行い、新たな新田義貞像を
 作り上げています。
  本作品で強く感じるのは、天皇・公卿を中心とした旧勢力から、武士・庶民
 を中心とした新勢力への 「転換期」 です。
  また、本作品は各章末に新田さんの取材ノートと呼べるものが掲載されて
 おり、参考になると同時に新田さんの小説執筆における真摯な姿勢が伺えて
 とても好感が持てます。

お薦めランク : ★★★★★



「道誉なり」
著 者 : 北方 謙三 出版社 : 中公文庫 全 2巻
主人公 : 佐々木道誉
物  語

  近江に本拠を構える佐々木道誉は、京都の六波羅探題の攻略において、
 足利高氏に不思議な魅力を感じ、中先代の乱、箱根竹下の戦い、都を巡る
 攻防などに独自の動きをして、尊氏を勝利に導きます。
  一方、尊氏も道誉に対して愛憎入り交じる複雑な感情を抱き、道誉と尊氏
 は互いの実力を認めるも、牽制し合うといった屈折した関係となります。
  楠木正成、新田義貞、後醍醐天皇が亡くなり、尊氏のいる京の朝廷(北朝
 側)が優勢になると、足利直義と高師直による足利家内部の抗争が表面化
 しますが、道誉はどちらにも与せず、連歌の会を催したり、猿楽一座を養う
 などの゙ばさらぶり"を通します。
  直義、師直が死んだ後も足利家の内紛は続き、戦火が全国へと拡がる中、
 道誉は尊氏の嫡子の義詮と距離を空けつつも、戦いや政事を補佐すること
 で、義詮から全幅の信頼を寄せられるようになります。
  戦いの中での死を願う尊氏でしたが、九州攻略の準備中に病没してしまい
 義詮の初めての子供を見ることは出来ませんでしたが、その子の顔を見た
 道誉は、尊氏の生まれ変わりと感じたのでした。

感  想

  誰に対しても変わらない゙ばさらぶり"と卓越した先見性で難局を乗り切って
 行く佐々木道誉、真面目一徹の足利直義、尊氏の意を汲んで憎まれ役を
 黙々と演じる足利家執事の高師直、優柔不断と積極果敢の間を行き来する
 足利尊氏、闇夜に生きる忍びの者などの゙男たち"が、ハードボイルド作家と
 呼ばれる北方氏によって、とても魅力的に描かれています。
  尊氏さえも手玉に取る道誉のふてぶてしさ、将軍と呼ぶに相応しい尊氏の
 圧倒的な存在感、この二人のやりとりは秀逸です。 

お薦めランク : ★★★★★