戦国の写真
          関ヶ原の戦い  大谷吉継 陣跡


西  軍
大谷吉継 陣跡
大谷吉継 陣跡

 山中(やまなか)にある 「大谷吉継 陣跡」 です。

 大谷吉継 は、盟友 石田三成 に殉ずる覚悟で、西軍に
 与しますが、かねてより裏切りの風評が高い 小早川
 秀秋 に備えて、小早川隊のいる松尾山に面し、東山道
 (中山道)を見下ろせるここ山中の地に布陣します。

 この地は、古来から 山中城 と呼ばれるほどの要害で
 あり、戦いに先立つ 9月 3日に到着した 吉継 は、地元
 郷士の協力を得て、空堀を縦横に掘るなどして陣地を
 構築すると、三成ら主力の着陣を待ち、運命の慶長 5年
 (1600年) 9月15日の朝を迎えます。
 このときの吉継は、負け戦を悟っていたのが死に装束"
 を身にまとっていたと伝えられています。


〜 ken-you史跡巡り記 〜

   大谷吉継の墓 から、さらに奥深く歩いたところに
   陣跡があるのですが、ここから道沿いに歩いて
   行くと、遮断機の無い線路を横断することになって
   しまうので注意をして下さい。

   平成20年(2008年) 8月 撮影。



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