戦国の写真
          関ヶ原の戦い  島津義弘 陣跡


西  軍
島津義弘 陣跡 島津義弘 陣跡

 薩摩国の猛将 島津義弘 は、石田三成 の陣地 
 である笹尾山の南、小池村に布陣します。

 義弘 は総勢 1,500の手勢を、甥の 豊久 や家臣
 団に配した四段の備えで敵を迎え撃つ構えを見せ
 ますが、その軍勢は攻め寄せてくる敵には反撃す
 るものの終始傍観の姿勢を取り続けました。

 やがて、小早川隊の背反を契機に西軍は総崩れ
 の様相を呈し始め、島津隊は敵中に孤立する形
 となってしまいます。
 このとき、島津隊が採った行動は敵中突破による
 撤退という意表をついたもので、殿軍をつとめた
 豊久 が戦死するなど多大な犠牲を払いましたが、
 見事に国に帰り着くことが出来たそうです。



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