新田一族の写真
             新田荘の発展


冠稲荷神社
甲大鳥居 御神水井戸
甲大鳥居 御神水井戸
新田義貞手植えの金木犀 冠稲荷神社 拝殿
新田義貞手植えの金木犀 冠稲荷神社 拝殿
 群馬県太田市にある 「冠稲荷神社(かんむりいなりじんじゃ)」 です。

 冠稲荷神社 は、天治 2年(1125年)に 源義国 が居館である 岩松館 の鬼門(北東方向)に当るこの地に、
 源氏一門の守り神として創建したと伝えられています。
 承安 4年(1174年)、幼名を ゙牛若丸" と名乗っていた 源義経 は京の 鞍馬寺 から奥州平泉への下向の折、
 ここへ仮泊し深更に社殿の深奥に瑞光を見たことから、当社が源氏ゆかりの社であることを知り、元服のとき
 に冠(烏帽子)の中に勧請してきた京の 伏見稲荷大社 の御分霊を鎮祭したと云われ、境内にある 「御神水
 井戸」 は、奥州下向の無事を祈願した 義経 がその水で斎戒沐浴(さいかいもくよく:心を清め身を洗うこと)
 したと伝えられています。
 それから時を経て、元弘 3年(1333年)に 新田義貞 が鎌倉幕府攻撃の兵を挙げるに当り、神前にて兜の中
 に神霊の来臨を請い、戦勝を祈願したと伝えられ、境内にある 「金木犀」 の大樹はそのときに自ら手植えし
 たものと伝えられています。
 なお、当神社は往古は単に 稲荷大明神 と呼ばれていましたが、源義経、新田義貞 の故事を尊び、江戸時代
 中期以降に 冠稲荷 と呼び習わし、明治維新において正式に 「冠稲荷神社」 に改めたと云うことです。
 
この 冠稲荷神社 は、゙縁結び" で有名で隣に結婚式場を併設しており、史跡巡りには向かないかも・・・ (^^;

   駐車場あり     地図はこちらから → 地図(Map)

矢太神水源
矢太神水源 矢太神水源の自噴現象
矢太神水源 矢太神水源の自噴現象
 群馬県新田郡新田町にある 「矢太神水源(やだいじんすいげん)」 です。

 新田荘 は、標高 60mの地点に湧水線があり、この 矢太神水源 も、周囲に縄文時代の遺跡が発見さ
 れていることから、数千年前より存在する湧水地のひとつとして、新田荘の開発に利用されたと云われ
 ています。
 北側にある湧水点では、湧水が砂を舞い上げる 自噴現象(じふんげんしょう) を見ることができます。
 湧水が砂を舞い上げる 自噴現象 を見て、自然の不思議さに素直に感動しました!
 (写真では少し分かりづらいかも知れませんが、砂がポコポコ吹き上げられているところです)
 また、周囲を 「ホタルの里公園」 として整備しており、夏には蛍が飛ぶ姿を見ることができるそうです。
 (今度見ようと思っています)

   駐車場あり     地図はこちらから → 地図(Map)

薗田の名号角塔婆
薗田の名号角塔婆
 群馬県太田市にある 「薗田の名号角塔婆(そのだのみょうごうかくとうば)」 です。

 名号角塔婆 は、頭部が方錘形をした角柱で、四面に ゙南無阿弥陀仏" の六字名号が刻まれた石造物で、
 藤原秀郷(ふじわらのひでさと) の流れを汲み、足利氏 とも深い関係にある 薗田氏 が荘官を務める御厨
 (みくりや:伊勢神宮の荘園) 内に、一門の供養塔として建てたものと伝えられています。
 薗田御厨 は、太田市北部から桐生市南部にかけて存在したと推定されており、承安 2年(1172年)には
 新田義重 と 薗田氏との間に、境界争いがあったことが記録されています。
 新田次郎さんの小説 「新田義貞」 では、薗田氏との水争いの場面から物語は始まります。
 そのため、薗田氏に関する史跡として前から行きたかった場所でしたが、非常に分かりづらいところにあり、
 また、一歩間違えると車一台分の幅しかない道に入ってしまう恐れがあるので、訪れたい方は少し遠くに
 車を停めて、歩いて行くことをオススメします。

   駐車場なし     地図はこちらから → 地図(Map)

新田義重夫妻の墓
新田義重夫妻の墓
 群馬県新田郡尾島町にある 「新田義重夫妻の墓(にったよししげふさいのはか)」 です。

 新田義重 の次男とも四男とも伝えられる 義季(よしすえ) は、新田荘 の内、徳河(徳川・得川)、世良田、
 上・下江田、青根(大根) の地を譲り受けて、徳河の地に居館を設けて 徳河氏を称します。
 義重 は、この 義季 を特に可愛がり、夫人とともにこの地で晩年を送り、没後邸内に葬られたと伝えられ
 ています。
 故に、この一郭は 義重夫妻の墓所 として、徳川幕府により特別な保護を受けて来たと云うことです。
 この 徳河氏 が、かの 徳川家康 の先祖と云うことですが、残念ながら現在では否定されています。
 個人的には、家康 は好きなほうなので、゙源氏の末裔" を称するところに微笑ましさを感じます。
 「 わしは源氏の末裔じゃ。 間違いない! 」 って感じでしょうか。(ファンの人、怒らないで)
 それにしても、このお墓、徳川幕府に保護されてきた割に、時が経ったせいか、ちょっと・・・ です。

  駐車場なし ( 満徳寺 の駐車場から歩いて 5分ほどの場所 )  地図はこちらから → 地図(Map)


新井八幡宮
新井八幡宮
 群馬県太田市にある 「新井八幡宮(あらいはちまんぐう)」 です。

 新井八幡宮 は、寿永年間(1182〜1184年)に新田本宗家の第三代 新田義房(にったよしふさ) が、
 京の 岩清水八幡宮 の御分霊を奉斎し、創建したと伝えられます。
 なお、この 義房 は早世してしまい、子の 政義(まさよし) の代に新田氏が凋落するきっかけとなる
 大事件が勃発することになります。
 少し迷ってようやく探し当てたのですが、普通の史跡でした・・・(期待のし過ぎ!) ^^

   駐車場なし     地図はこちらから → 地図(Map)

〜 ken-you史跡巡り記 〜

    ゙新田荘散策記録" の第二弾は、新田義貞 に至るまでの新田荘の発展に関係する史跡となりました。
    私は、元々方向オンチなため、薗田名号角塔婆 と 新井八幡宮 は探すのに苦労しましたが、見つけ
    たときはとても嬉しかったです。
    また、「史跡」 という面は弱いかも知れませんが、湧水点を間近で見られる 矢太神水源 はオススメで、
    公園として綺麗に整備されているので、家族で楽しめると思います。
    ( ただし、周囲には池や沼があるので、小さな子供を連れての散策は十分に気を付けて下さい! )



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