源平の写真
             戦乱の都 京都


忠盛灯篭  八坂神社 がある 円山公園内 の 「忠盛灯篭」
 です。

 平忠盛 は、清盛 の父に当たり、白河上皇の絶
 大な信任を得、また各国の ゙守" を歴任し財力を
 高めたことから、平氏興隆の礎を築いた人と云わ
 れています。
 白河上皇 が愛妾 祇園の女御 を訪れる際に、奇
 怪なものが現れるという話を聞き、忠盛 に護衛を
 命じます。
 果たしてそれは現れましたが、忠盛 が調べたと
 ころ、編み笠を被り蓑を着た寺の者が灯篭に明か
 りを灯す姿が、灯篭の光に反射して奇怪に映って
 いるものでした。

 忠盛 の思慮深さに感銘を受けた 白河上皇 は、
 祇園の女御 を忠盛に与え、二人の間に産まれ
 たのが 清盛 だと云うことです。
 京都御所内の 紫宸殿(ししんでん) の正面西側
 にある 「右近の橘(たちばな)」 です。
 正面東側には、「左近の桜」 を配し、宮中の行事
 に重みを加えていたことを窺わせています。
 (広大な敷地のため、片方ずつしか写せません
 でした)

 平治元年(1159年) に勃発した、「平治の乱」
 において、ここを舞台に 平清盛 の子 重盛 と
 源義朝の子 悪源太 義平 が一騎打ちをしたと
 云うことです。
 二人の戦いは決着が着きませんでしたが、こ
 の乱に勝利した平氏は、以後20年余に渡り権
 力の中枢に君臨します。
紫宸殿と右近の橘
扇の芝  宇治の平等院 にある、源頼政 自刃の地
 「扇の芝」です。写真では分かりづらいかも知れ
 ませんが、その名のとおり、扇の形(三角形)を
 しています。

 源頼政 は 「平治の乱」 において、平清盛 側に
 ついたことから、平氏全盛の世において、源氏
 で唯一昇殿を許されるという待遇を得ていました。

 しかし、平氏の暴挙を見かねて後白河法皇の子
 以仁王(もちひとおう) を語らい、反平氏の狼煙
 を上げますが志半ばで自刃して果てます...
 しかし、この挙兵が全国的な源氏の蜂起につな
 がることになります。
 鞍馬寺 の奥地にある 「奥の院魔王殿」 です。
 ここに祀られている魔王尊は、650万年前に金星
 からやって来た 「破壊と創造」 をつかさどる神だ
 そうです。(不思議な言い伝えですね...)
 鞍馬寺 からここまでの地面は、硬質の岩石の
 ため、根が地表を縫うように走っており、鬱蒼と
 した樹木と相まって独特の雰囲気を醸し出して
 います。

 この山道で、牛若丸(源義経の幼名) が修行を
 したという伝説は有名で、「義経公息つぎの水」
 や 「背くらべ石」 という所縁の跡を見ることが
 できます。
奥の院 魔王殿
寂光院  「平家物語」 の最後を締めくくる大原の 「寂光
 院」 です。

 壇ノ浦の戦いの終局、敗北を認めた平氏一門
 は次々と海中に身を投じます。
 母親の 二位の尼 と最愛の子 安徳天皇 の入
 水を目の当たりに見た、建礼門院徳子 も入水
 を試みますが、心ならず、助け上げられてしまい
 ます...

 その後、出家した 建礼門院徳子 は、ここ 「寂光
 院」 で平氏一門の冥福を祈りながら、残りの生涯
 をひっそりと過ごしたということです。



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