10. 他にもいた日本人留学生
 ラーホールに着いて一週間程の間は駅前の安宿に泊まっていましたが、安宿とはいえ一泊150ルピー(当時のレートで約1000円)ですから、月額3万円以上かかります。文部省から支給される滞在費は月額10万円で、そのお金から地質調査にかかる費用を捻出しなければなりません。ですから、宿代は極力節約する必要がありました。シャムス教授から、学生寮に入居できるという話を聞いていましたが、入寮手続きには時間がかかりそうでした。

 そこで、ガイドブック「地球の歩き方」をたよりに、格安の宿を探し、4月5日に一泊20ルピーのYMCAを訪れました。パキスタンは人口の9割以上がイスラム教徒ですが、少数のキリスト教徒も住んでいます。ラーホールのYMCAは、キリスト教の教会と教徒のための学校を兼ねていて、さらに、建物の一部を宿泊施設にして営業していました。寮に入れるまではここに滞在することに決め、4月8日に引っ越しました。

 あとでわかったことですが、YMCAには、当時ラーホールにいた日本人留学生がよく出入りしていました。最初にここを訪れた時に、偶然日本語で話している若者の集団に出くわしました。彼らのうちの一人は私と同じ奨学金を得てパンジャーブ大学に留学しているYさんで、あとの数人はYさんの後輩の大阪外語大学の学生たちでした。彼らはパキスタンの国語である「ウルドゥー語」を専攻していて、Yさんは「ウルドゥー語文学」の研究のための留学、学生たちは春休みを利用して勉強を兼ねてパキスタンを旅行しているとのことでした。この町に自分以外に日本人留学生がいることは驚きでしたが、留学生は他にもいました。「インド中世史」を研究しているTさんは、日本ではなく、パキスタン政府の奨学生として在学していました。さらに、YMCAの屋上の部屋には日本のT外語大学のH先生が滞在していました。当時のラーホールに日本人留学生が居たおかげて、ウルドゥー語ができない私は生活面でとてもお世話になり、大変助かりました。


11. 入寮手続
 YさんとTさんは学生寮に入居していました。Yさんから入寮手続きについて詳細な情報が得られたので、寮に入居できそうだという見通しが立ちました。手続きの流れは、まず、学生寮の事務所で入居申請書の用紙をもらいます。次に学生寮委員長(Chairman of Hall Council) に入居申請書とパスポートのコピーを提出し、入居許可書に委員長の署名をもらいます。許可書を事務所に提出し、入居申込書と寮費の銀行振込用紙をもらいます。所定の銀行口座に料金を振込んで、振込用紙の控と所属学科の教授の署名入りの入居申込書を学生寮の事務所に提出すると部屋の鍵を渡してもらえるという仕組でした。

 4月5日に学生寮委員長のシェイク氏の執務室を訪れた時には彼は不在で、部屋の入口付近にいた人から、「明後日に再度出頭するよう」に言われました。4月7日に出直すと面会できて、「博士課程の学生は原則として入居できない。大学副総長(副総長が事実上のトップであって、総長は名誉職)と相談してみるので2日後に来るように。」とのことでした。私はパンジャーブ大学の正規課程に入学するわけではなかったのですが、このときすでに日本の大学の「修士」を取得していたので、博士課程の学生とみなされたようです。2日後の4月9日には、9時40分から11時ごろまで待ったのですが、彼は執務室には現れません。翌日には面会できましたが、「博士課程の学生はだめだが、君は外国人で特別なケースだから入居できるよう検討する。あと一週間待ちなさい。」ということで、問題は先送りされていました。一週間後にシェイク氏の執務室を訪れると、またしても不在でした。それでも、しつこく何度も出向いていると5月3日にようやく面会できて、その場で許可書に署名してもらえました。

 シェイク氏の署名を得るために右往左往しているうちに一か月もかかってしまいました。これで入居できることは決まりましたが、事務の窓口は12時で閉まるし、開いている時はいつも込み合っているので、事務手続は一日に一段階ずつしか進みません。5月5日に許可書を提出して入居申込書を発行してもらい、6日にシャムス教授の署名をもらって、所定の銀行口座に2115ルピーを入金し、翌7日にこれらの書類を寮の管理人に提出すると2号棟322号室の鍵が渡されました。


建物の様子。左端の柱から二つ目が322号室。



 部屋は思っていたよりも快適でした。広さは四畳半くらいで、二畳分くらいのベランダがついています。部屋の備品はベッドとスチール机、および天井から釣り下げられた扇風機です。シャワーは各階ごとに一つ共用のものがあって、お湯も出ます。棟ごとに、専属の洗濯屋さんと仕立屋さんがいて、安い料金で洗濯や服の仕立をしてくれます。棟と棟の間にはカフェテリア(といっても露天にイスとテーブルを並べただけのものですが)と雑貨を売る店があります。日常生活には全く困らないようになっているわけです。


室内の状態。扉側からベランダ向きに撮影。



 学生寮の各棟は三階建で、各階に40から50の部屋がありますから、2号棟には少なく見積っても120名が入居できるはずです。2号棟は外国人向けで特別に個室になっているけれども、他の棟は原則として一室二人だそうです。正確に覚えているわけではありませんが、寮は9号棟まであったと思います。全部同じような作りだとすると、2000人以上が入居できることになります。これに比べると、日本の大学の寮などの学生向け施設は、はるかに貧弱で情けなくなります。

...つづく

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