68. Sirikartへの道
 8月7日 カンディア川の支流を遡って峠を越えてスワート側のSirikart村まで行くという探検的な試みを実行します。このルートの調査は研究遂行上重要なものですが、「どうしてもやらねばならぬ」というほどのものでもありません。正直に言うと単純に「やってみたかった」というのが主な動機です。7:10にガイド・ポーター4人と自分のミニ調査隊がZambilのベースキャンプを出発しました。




 下の写真は出発直後にすれ違った上流部の集落の若者(右端)です。実弾を装着したガンベルトを纏ってAK-47(もしくはその複製)を肩に掛けた姿で現れたときは少々緊張しました。映画とかではない現実の世界でこれほどの武装をした人を目の当たりにしたのは初めてでしたが、その後はすぐに「見慣れた光景」になります。写真で銃を持っているのはポーターのザマーン(左端)、中央はポーターのヤーサイヤドです。 背景に5日に訪れたKarangのトウモロコシ畑が映っています。




 肝腎の調査のほうは、歩いている道沿いに露頭があれば隊全体を停めて観察してサンプルを採ってポーターに渡すという作業の繰り返しです。あちこち寄り道する余裕はありませんから、道から遠く離れたところに露頭を見つけても「行かない」ことに決めています。ガイドのシラージには「不用意に家に近づくな。」と注意されているので、人家のそばの露頭を見たいときは先にガイドを行かせて住人と交渉させます。昼食は持参してきたストーブ(携帯コンロ)と鍋で「サミア」というビーフンのような細い麺を茹でて食べます。サミアはベシャムのバザールでザマーンの指示で買ったものです。どういう味付けをするのか眺めていると、茹でている途中で大量の砂糖を投入してお菓子のように甘くしてしまいました。下界で準備してきた食糧はサミアの他に米、小麦粉、ビスケット、砂糖、塩、香辛料、紅茶です。
 午後遅くに予定していたParaiという集落に着きました。シラージが何やら村人と交渉して、村の礼拝所(モスク)に案内されました。今夜はそこの庭で寝ることになります。夕食にはサブジー(野菜のカレー)とロティが運ばれてきました。小麦はこの谷では穫れないので、こちらが持参したものを村人にロティに焼いてもらいました。

 8月8日 ビスケットで朝食を済ませて6:45に出発。昨日と同じように行動しながら谷を遡り、11:20にBarkleyという集落に到着します。村人に昼食を呼ばれることになり、ありがたくいただきます。サブジーとロティなのですが、このロティが予想外のものでした。見た目から砂っぽくて食感も硬くてぼそぼそしています。普通のロティはもっともっちりしています。これはトウモロコシを挽いた粉を練って焼いたものだそうです。よく噛んでいると甘味を感じますが、食べ慣れない硬さなので顎が疲れます。Barkleyより上流側には定住者の集落はないらしいく、雨も降ってきたのでここに泊まることにします。前日と同様にモスクに案内されました。外来者はモスクに泊めるのが習慣なのかもしれません。
 雨が上がった時点でまだ日没までに時間があったので、ここの周辺の調査に出動します。集落の中に建築中の家を見かけました。本体はほぼ完成していて老人が手斧で塀を作っています。様子を見せてもらうと壁の構造かがわかりました。壁は木材で枠を組んで、その中に石を詰め、石の重さで安定させているようです。壁の下の基礎がどうなっているかはわかりません。壁の表側に石の平らな面が揃うように積んでいます。老人は周辺に散らばっている使い残しの木材を集め、それらを手斧で板状に削り出して塀の枠にはめ込んでいます。電動工具などはありませんので全て手作業です。
 夕食は、サブジー、ロティ、ご飯(バーレーンから持参してきた米を炊いた)、ダヒー(ヨーグルト)です。ご飯にヨーグルトをかけて食べたのはこれが初めてです。




69. Sirikart峠
 8月9日 プラタ(ロティの生地に油をつけて焼いたもの)とチャイの朝食後、6:45に出発。今日はSirikart Kandao(シリカート峠:およそ4300 m)を越えてスワート側のSirikart 村まで行く予定。腕時計についている高度計が3000 mを越えたあたりから樹木が見あたらなくなります。道はモレーン(氷河が運んで来て残した石の山)の間を縫うようについています。左右の山の尾根筋は所々雪で覆われています。モレーンの斜面を登っていくと、石を積んで作った小屋があり、そこから男性が二人現れました。彼らは放牧のために夏の間だけここに来て石の間に生える草を羊や山羊に食べさせているようです。



 11:00に標高4000mを越え、高度計の表示が「FULL」になって振り切れました。12:00過ぎにモレーンの山を登りきると、その先はなだらかになって氷河の痕跡が現れます。下の写真の中央より少し左下の岩の表面が光って見えるのは、氷河の氷の底面と岩の摩擦で磨かれた跡です。この日はずっと晴れていたのですが、ここで急に雨が降ってきました。隠れる場所がないので大きめの岩の間に5人並んで座り、テントのフライシートをかぶって雨をやり過ごしました。



 ここから先はどちらを向いても同じような岩と雪だらけです。峠に至るルートはガイドのシラージだけが知っています。当時持っていた地形図は縮尺が小さすぎて、どのような経路を辿ったのか正確にはわかりません。メモに頼って記述すると、カンディア側の氷河の最上部は左岸のモレーンを巻いて大きく迂回しました。モレーンの山を越えると別の氷河の上に降ります。ザマーンは氷河の上に出てもサンダル履きのまま歩いていて、しきりに「冷たい」と言っています。どうやら、カミラで買い与えた靴をベースキャンプに置いてきたようです。新品のまま持ち帰るつもりなのでしょう。その氷河を渡って右岸に沿ってクレバスを避けながら登っていくと14:20にSirikart峠に到着しました。下の写真は峠で撮影したものです(左からザマーン、ヤーサイヤド、シラージ、ワドゥド)。



 峠から先は、スワートの領域です。氷河を右に見ながら(下の写真)岩だらけの斜面をひたすら降りていくと、18:00にSirikartに到着しました。この集落はU字谷の底にあるので、すでに日が暮れて薄暗くなっていました。例によってモスクに案内され、そこに泊まります。




70. Sirikart滞在
 8月10日 「無理はしない」のが基本方針なのですが、昨日は氷河を越えるために「途中でのキャンプ不可」という悪条件があって、やむを得ず11時間以上行動して体力を消耗しました。今日は基本方針に戻って「完全休養」にします。スワート側は、氷河のすぐそばなのに緑が豊かで実にのどかな雰囲気です。暇なのでポーター達が作る料理の手順をじっと眺めてメモしました。「コーヒスタン風バターライス」です。残念ながらどんな味だったかは覚えていません。
1. 塩味をつけた水に米を入れて火にかける。
2. 沸騰したらギーを入れてさらに煮る。
3. スパイスで適当に味付けする。

 ついでに「サミア」の調理法も紹介します(たぶん日本では入手できません)。
1. 湯を沸かして砂糖を溶かす。
2. サミアを投入して茹でる。
3. ギーを加えて水気がなくなるまで煮詰める。

 パキスタンとインドでほとんどの料理に使われる「ギー」は、本来は水牛や山羊のミルクから作る「バターオイル」の一種なのですが、市中に出回っている安価なものは植物油を原料に工業的に作られたもののようです。容器のブリキ缶にひまわり等の絵がプリントされているので、要するに植物性の油脂から作る「マーガリン」の類いなのでしょう。持参した食糧は帰りの行程を考えても充分に足りているのですが、一つだけ誤算がありました。ワドゥドらポーター達は紅茶に砂糖を大量に投入するので、出発時に2 kgあったものが3泊でなくなってしまいました。Zambilに戻るまでは紅茶も料理も砂糖なしです。




...つづく

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