“マレーシアのロングステイライフ”

ビジター  棚村 信了   

 2005年8月下旬にマレーシアで「ロングステイ」を始めて、3年10ヶ月 が過ぎました。それに基づいて下記体験記を書いてみました。ご笑覧下さい。

<なぜ「ロングステイ」なのか?>

  私は仕事柄海外に良く出かけており、仕事、観光を含めて50カ国近くをまわ りました。業務で駐在しておりますと、東京、Orientedになり、中々自分の時間 が取れません。Retireしたら、自分の時間、自分のお金で海外生活をしてみたい という希望をもっておりました。それの実現が今回のマレーシア滞在です。こち らでは、日本人仲間の間では、長期滞在許可を取得して、ロングステイをしてい る人を、「マレーシア・マイセカンド・ホーマー・プログラム」の名前からセカ ンドホーマーと造語して呼んでおります。セカンドホーマーで、こちらに滞在し ている人は、色々な理由・動機から滞在を始めております。

 A)現役時代は、海外と縁がなかったので、定年後は海外で生活をしてみたかった。

 B)生活防衛上、生活費が安い国で生活したかった。

 C)日本の暑い時、寒い時に出かけてくる。

 D)寒い北海道の家を売却してもいいから、暖かい国で生活したかった。などなど、個々人によってその理由は異なります。

 E)海外に出ると、しがらみが薄くなるとの理由から、バツイチ組も多いです。

<なぜ「マレーシア」か?>

 ロングステイには、どこの国がいいか、家内と、ハワイ、オーストラリア、 ニュージランド、タイ、マレーシア等を調査にまわりました。ニュージランン ド、オーストラリアは日本と同じく四季があり、過ごしやすいと思いましたが、 滞在許可を取得するための費用として数千万円が必要でした。一方、東南アジア のタイ、フィリピン、マレーシアは、滞在許可取得費が500万円以下の定期預 金をすることで、利息も年3〜4%つくから、これくらいならまあ出せるかと考 え、東南アジアにしぼり、3カ国の比較の中で英語、インドネシア語が通じ、多 民族、多文化の国家のマレーシアに決めました。決してマレーシアがベストとい うことではありません。さわやかで、涼しくて、アフリカのように青空の多い国 もあれば、もっといいのですが。青空が少ないです。

<セカンドホーマーの人数>

 マレーシア政府が、このプログラムをはじめて20年が経過しており、政府発 表の数字では、今まで10,500人の外国人が滞在許可を取得しており、その 中で日本人は約700人とのことです。最近では2005年87組、2006年 157組、2007年1〜7月で123組で、日本人の取得者も年々増えてお り、マレーシア観光省の宣伝効果も効を奏しているようです。特に、団塊の世代 が定年を迎え、マレーシアに長期滞在してもらうことを期待しております。マ レーシアでは、首都のクアラルンプールとペナン島に日本人が多く住んでおりま す。私は、首都に住んでおり、ここでの生活を下記します。

<クアラルンプールでの生活>

 私は、こちらに来て、3年を過ぎましたが、住んでいるところは町の中心より 10Km位離れた住宅地です。20階建てのマンションで、築10年、約40坪 弱、家具付き、3LDK、家賃は月5万5千円、2年ごとに賃貸契約更新、近く に日本人会、JUSCOがあり、買い物や趣味を歩いていける所ということで選 びました。一般的に余裕のある方は、家賃10万円以上の物件に住んでおります し、また生活費防衛のために、家賃3万円台の郊外に移って行かれる方もおりま す。各人の生活パターンに合わせて、住居を選定しております。例えば、ゴルフ のお好きな方はゴルフ場の中にあるマンションに住んでおり、歩くことの好きな 方は、マンションの周りに遊歩道が用意されたマンションに住んでおります。マ ンションは全体的に見て余り気味であるように見受けられます。しかし、日本人 向けには、家賃が中々安くならないのが残念です。

 こちらでは、一般的に外食する人が多く、家で料理する習慣がないようで、台 所には排気口がありません。形ばかりのそれらしきものがありますが、魚を焼い た時など煙が外に出ないで、部屋の中に入ってくるので困ります。我が家では外 食もありますが、食材を購入して日本食をベースにしております。中華は油を 使った料理が多いので、連日というわけにはいきません。JUSCOに行けば、 日本食材が入手でき助かっております。最近は日本人会から離れたところに住宅 地が開発され、新しいコンドミニアムが建設されております。そちらに移る方 が、増えております。また最初からその新しいコンドミニアムに入る傾向があり ます。現役時代は、接待費の恩恵にあづかり、一流のレストランで食事をするこ とも多かったのですが、年金生活者になってからは、こちらの大衆食堂に行っ て、安くておいしい料理を楽しんでおります。但し、ビール代は日本とあまり変 わらず、食事代の半分または以上がビール代で占めることがあります。

<趣味を楽しむ>

 日本人会には、趣味の会、同好会、勉強会等が合わせて60もあり、自分に あった趣味や健康のために入会し、楽しんでおります。その後が昼ならランチを 共にし、また夕方なら一杯飲みながら情報交換しております。また、日本人会に 登録していない同好会もあり活発です。私は男性コーラス、カラオケの会、山歩 きの会、マレー語などに参加しております。家内も女性コーラス、ピンポン、 マージャン、山歩きの会などに参加。やはり一番の楽しみはゴルフです。一ヶ月 に8〜10回プレーをします。自宅から30〜40分の所に10数か所あり、会 員権も30万円から300万円の間にあります。私は、日本の会社が開発した Temple Park GCという所のメンバーになりました。会員権は70万円でした。 日本と違うところはここでは一名義人の下に家族もメンバーになれるということ です。プレー後ここでは日本のゴルフ場のような大きな風呂があり、のんびりと つかれ、その後のビールは日本料理のつまみと共になんともいえない美味しさで す。プレー費は、週日で4千円です。週末は8千円となります。昨年6月28日 に2回目のホールインワンをやりました。保険から15万円もらいました。うれ しかったです。

<困っていること>

 このところ、日本からメディアが沢山来ては、現地情報を取材して行きます。 とかくメディアが流す情報は甘口で、すばらしい世界が待っているような情報を 流しておりますが、決してそうではありません。私は、日本は生活するには、便 利な国だと思っておりますし、いずれ帰るつもりでおります。こちらでは、水が きれいではなく、料理や飲み水はペットボトル入りの水を買っております。地震 がない国といわれ、マンションは補強が無く、この間のスマトラ島沖地震でも、 建物が少し揺れました。レンガが積んで簡単につくっているせいか、騒音対策が なにもされておりません。上下、左右と近隣から騒音が入ってきます。車も車検 がなく、30年前のボロ車も走っており、街の中はいつも渋滞です。通勤時、雨の 後など動けないこともあります。その上、運転マナーが悪いです。譲ることがあ りません。ウインカーも出しません。公共の交通機関が発達しておりませんの で、車がないと思うように活動できません。タクシーは初乗り70〜80円と安いの ですが、日本人とみるとメーターを使わず、ボル運転手もおり困ったことです。

 病気になった場合も、日本語を話せるお医者さんは数が少なく、東京医科歯科 大学卒業一名、歯科は名古屋大学卒業一名、大阪大学卒業の歯医者さんが一名お ります。また、大きな病院では、日本の看護婦さんをやっていた方を雇用し、日 本語通訳として、お医者さんとの間を取り持っておりますが、日本で日本語で日 本のお医者さんに診てもらうように、微にいり細にわたり、聞いて納得するよう になるまでには時間がかかります。今年の4月に私はデング熱にかかり、10日ほ ど入院しました。日本ではほとんどない病気ですが、こちらでは死亡者まで出て いる感染症です。「蚊」が媒体となり高熱が4〜5日続き、血小板が規定値の5 分の一まで下がり、皮下出血がはじまり、もうだめかと思いました。医者も加齢 でしかも重い病気と診断し、ただ静養のみでした。なんとか平熱に戻り元の体調 になるまであと2ヶ月かかりました。どこで、「蚊」に刺されたかわかりませ ん。ゴルフをプレーする時は「蚊」除けを塗ってスタートします。

<公租公課のこと>

 日本を出るときに、役所に「海外転出届」や「租税条約に関する届出書」を提 出してくると、個人所得税、県民税、国民健康保険料、介護保険料など日本での 支払はなくなります。マレーシアは、日本と二重課税防止条約を結んでおります ので、徴税権はマレーシアにあります。この手続きをやってくると、日本での株 の売買が出来なくなります。インターネットで、日本との間で、株の売買をやっ ている方は、この手続きはやっておりません。

<最近のこちらでの動き>

 最近、こちらでは、中国人のお医者さんが、日本人専門老人ホーム「ナースロッ ジ日本」を開設しました。日本人の「要介護1から5」までの老人を収容し、介 護・治療することを目的にしており、専門のヘルパーが常駐し、日本食の提供、 日本語による心のケア、日本人の話し相手、日本語のテレビ、新聞など日本人の 環境にあうよう整備がすすめられており、日本の老人ホームのように、入会金何 千万円、月費何十万円というものではなく、一般の日本人長期滞在者が支払い得 る範囲内に設定する予定とのことで、有料老人ホームの紹介がありますた。私は そこまで考えておりませんでしたので、今後の推移をみまもることにします。最 後に住めば都で、なんだかんだといいながら、創意工夫しながら、生活しやすい ように努力をしながら過ごしております。体調が順調な限り、海外生活を続けた いと考えております。

完