幸
〜オトリの場合〜
白粋翼
『あの向こうを抜けるとね、きれいなお花畑が見えるの』
トンネル。真っ暗なトンネルを抜けると、色とりどり
の花が咲き乱れた場所に出る。そして、三途の川があっ
てあの世の使者が川岸から手をこまねいている。白い経
帷子を着た、青白い顔をしているけれども、幾分か優し
い目をした者が。
きれいな、きれいなはなばな
いちめんのはな、いちめんのはなばな…
この世では見られない、幻想的な世界―――
少女も、そんな愚かな想像を抱いていたうちの一人だ
った。今、彼女の目の前にあるのは怪しげな雰囲気の灰
色のビル群。空を仰ぐと、一面曇り空…のはずが、雲で
あったはずのものがスライム状になって浮いている。う
ねうねと蠢く異物。これは…一体何なのか。
少女は頭が真っ白になり、焦点の合わない目で前を見
た。酒でつぶれたように足元がおぼつかない男がよたよ
たと歩いてくる。はっと少女は我に返り、藁もつかむ勢
いで男の腕をつかんだ。
「すみませんっ」
男は不快そうに眉をひそめ、その手を払った。よく観察
してみると、男は少し血色が悪い。
「なんだい? また自殺者が増えやがったのか?」
「自殺者…?」
「知らなかったのか? ここはそういう場所だぜ?」
そう言うと、男は辛そうに咳き込んだ。少女はおろおろ
していたが、男の横について背中をさすってやった。ど
うやら、肺をやられているらしい。血の混じった痰。男
は短く礼を言い、真剣な面持ちで言った。
「もうすぐ…奴がやってくる…。嬢さん、とっとと逃げ
ろ」
「え…?」
「ここにいる奴は、死んでもなおゲームをしているんだ。
一方的に押し付けられた、変則的鬼ごっこ…。向こうは
…俺達を殺すことを目的にし…こっちは…永眠を望んで
いる…。ある意味で利害は一致しているが…決して…そ
うじゃない……」
言葉が途切れ途切れで、息も絶え絶えだ。少女いつ男
が死んでもおかしくない状態に、泣き叫びたくなった。
そんな少女を見ていた男が視線をはずし…視界に入った
姿を認めると、狂ったように笑い出した。
少女が不審気に顔を上げると、男の身体は前方から何
らかの衝撃が加わったのか、後方に弾き飛ばされた。あ
っという間の出来事だった。少女は、スローモーション
に動く男を見ていた。血が噴きだし、絶命していく姿を。
ドサリッと男の身体が地に落ちた瞬間、少女は悲鳴を上
げた。金切り声を上げ、流れる涙を止めることなく、つ
い先ほどまで話していた男の元に近寄った。「死」は望ん
でいたものだった。しかし、これでは狩りと同じではな
いか…。
すすり泣く少女を一瞥し、殺人鬼「オトリ」はその場
を去った。
* * *
「只今、Eエリア十番地で?の土屋信仁様がお亡くな
りになりました」
無情に淡々とその言葉は繰り返される。こうしてこの世
界の住民は、焦りや不安にさいなまれるのだ。一度死ん
でなお、「死」の恐怖を植え付ける……
「よくやってくれたな、オトリ」
暗闇に包まれた一室で、頭のてっぺんが禿げた、中年太
りにしては太りすぎている男が言った。この世界のすべ
ての権利を牛耳る者が、この男だった。そして同時に、
オトリの雇い主でもあった。世界の様子がモニターに映
し出されており、住民の行動が監視できる。もっとも、
この男が優越感に浸りたいがためにモニターを見ている
ことは、火を見るより明らかだった。
A〜Fエリアまであるこの世界の中に設置されたこの
屋敷は、周囲を高い堤防で囲んでいて、Dエリアと呼ば
れている。住民はそのことに気づいていない。
「次に狙う相手はな…」
写真を見せられ、ターゲットを頭に叩き込む。そうして
弾を銃にこめ、仕事に出かけた。
この世界を操作する人間もまた、一度は死んだ身であ
る。息を引き取り、この世界にやってきた彼は、真っ先
にDエリアの存在に気づき、そこへ続く地下通路を発見
した。地下通路を発見したのは、ただの偶然である。入
らずの森と呼ばれる所で道に迷い、足を滑らせて転落し
たら、それを見つけた…ということである。まさに強運、
転んでもただでは起きない。
Fエリアに辿り着いた時には、もう夜になっていた。
ビルの明かりがぽつぽつとついており、人影が見える。
朝と比べてだいぶ「空」が暗くなっており、一日の終わ
りを告げていた。
草地に足を踏み入れた時、ターゲットを発見した。生
前はやくざで、罪のない女、子供を八つ裂きにしたと履
歴書に書いてあった。そんな男が死を望むとは到底想像
できないことだったが、オトリは相手に気取られぬよう
に慎重に近づいた。あと数mというところで、相手が後
ろを振り返った。みるみるうちに顔がこわばる相手に、
オトリはチッと舌打ちをした。
「その長い白髪に…銃…。お前、オトリか?」
男は後ずさりしながら、大声を出した。助けを呼ぼうと
しているのか。あいにく、この世界には警察なんて存在
しない。
「どうした? お前は死を望んだのではないのか?」
オトリは純粋にそう思って聞いてみた。この世界の者は、
常日頃「死」を受け入れる準備をしているはず…。住民
と違う空間で暮らすオトリは、そう思い込んでいた。答
えるのに逡巡している相手に、オトリは不機嫌になって
入った。
「そ、そうだけどさ…やっぱりちょっと…」
「思い残すことなどないだろう? お前はたくさんの罪
を犯したのだから」
「そうかもしれねーけど…」
この様子をじっと観察するもう一人の人物がいることに、
オトリは気づいていた。この職業柄で、視線と気配には
敏感である。しかし、知らない振りをして相手と向き直
った。
「で、でもさ…やっぱり…」
「もう御託は聞き飽きた。あの世に逝くんだな」
慣れた手つきで照準をあわせ、引き金をひいた。心臓を
撃ちぬかれた死体をよそに、オトリは部外者のいる方向
へ声をかけた。
「人の死に様を見ているだけとは、お前の趣味は最高だ
な」
相手は驚いて逃げ出すだろうと思っていた。しかし、相
手はゆっくりと姿を現した。黒褐色の髪と瞳、そして身
を包む白衣。色彩の対照と、目が鋭いことが印象的だっ
た。いくつもの写真を見せられているオトリは、その顔
に見覚えがあった。
「お前の名は…風露か?」
「ああ、そうさ。あんたが噂のオトリさんかい? でき
ればさっきの奴より手早く楽に殺してくれ。あんなのは
見苦しくて情けなくなるからな…」
オトリは拍子抜けして声も出なくなっていた。さっき自
分が手にかけた男とギャップが激しすぎて、感嘆するよ
り呆れていた。
「痛みを感じないほど、一瞬でな」
そう言って目を閉じた風露は、これまで殺してきた誰よ
りも潔く、そして興味を覚えた。殺すにはとても惜しい
逸材だ。そう思う前に、口を開いていた。
「…それは無理な話だ」
風露は驚いて目を見開いた。
「痛みを感じさせないで殺すには…麻痺作用のある薬物
が必要になる」
反応は、ごく自然に行われた。オトリは無表情のまま、
身を翻した。
「どこへ行く!?」
「もうここには用なしだ。先を急ぐ」
殺せという命令が出ていないのならば、別に殺したって
仕方がない。
「もはやお前を殺しても意味がない、ということだ」
支離滅裂な言い訳だと自覚していたが、あえてそれ以上
は何も言わなかった。
風露もまた、そんなオトリに興味を抱いた。その謙遜
ぶらない堂々とした態度、凛々しい瞳、腰まである白い
髪。そして、特徴あるバリトンで残酷な言葉を吐く唇。
「…絶対お前を暴いてやる」
小さく口にした言葉は、オトリの耳にも届いていた。
殺気立った視線を感じつつ、悠然としてオトリは風露
に後ろをとらせていた。
いつでも相手を殺せるように
いつでも相手に殺されるように
結局、二人はどちらとも行動をとることはなかった。
Fエリアの近くに、大樹がそびえ立つ丘がある。オト
リはその大樹の下から見上げ、あることが起きるのを待
っていた。
しばらくして、なっていた実がもげ、落ちてきた。オ
トリは小ぶりのスイカのような大きさのそれを受け、目
の高さまで持ってきた。先ほど殺した男の顔をしたそれ
は、上の空といったように何もない空間を見つめている。
オトリはそっとそのまぶたを閉ざしてやり、手を放した。
ぐしゃりという音がして、その実はどろどろと赤い液体
を流し始めた。この樹はこの世界の住民の顔がなる…い
わゆる、人面樹だった。
仕事を終え、オトリはいそいそと帰り道を急いでいる
と、少女の姿が目に入った。少女はぼうっとしていて、
オトリの存在に気づいていない。だらしなく足をくずし、
無気力のように生気がない。その少女は、葉をかじって
いた。この世界には当たり前のようにあるコカの葉…つ
まりコカインだ。中枢神経に作用し、快感・陶酔感をひ
き起こすもの。今ある現実を逃避するにはもってこいの
ものだ。オトリは何も言わず、銃で少女を撃った。少女
はオトリに向かって寂しそうに笑い、息絶えた。
なぜ、俺は彼女を殺したのだろう。オトリはそう思い、
少女の遺骸を見つめた。仕事以外では人を殺さないよう
にしているはずなのに。
ああ、そうだ。俺は彼女を解放してやりたかったんだ。
こんな現実から、彼女を救い出してやりたかったんだ。
そうすれば、すべてが納得いく…。オトリはまだ残る雑
念を振り払うかのように、足早にその場を去った。
* * *
一週間後、仕事を終えたオトリは、久々に屋敷にある
庭の中に入っていった。単調な緑色で埋め尽くされた中
で、一際目立つ木があった。ほとんど散ってしまったが、
桜の花はちらほら見える。オトリはふうと息をついて、
桜の木の下に座った。
『オトリさんは、どうして人を殺すんだい?』
殺してくれとせがむばあさんは、オトリに向かってこう
言った。
『好きで人殺しをやっているようには見えなくてね。な
あに、年寄りの戯言さ』
その質問には答えなかった。否、答えることができなか
った。自分でも無意識のうちに、人殺しという大罪をや
ってのける。オトリはそのばあさんを殺すことができな
いまま、こうして帰ってきたのだった。ばあさんもばあ
さんで、悲しそうに笑っていた。
『風露に…《ふきみよゆひ》に鍵があると伝えてくれな
いか?』
意外な言葉にばあさんはきょとんとしていた。
『ふきみ…なんとかってなんだい?』
『…暗号だ』
ばあさんはオトリをじっと見つめていたが、いきなり腹
を抱えて笑い出した。
『あんたも変わり者だねえ。謎好きで頭のキレる坊ちゃ
んに、そんなことを教えていいのかい?』
おかしそうに笑うばあさんを見て、オトリは複雑な気持
ちになった。確かに…これを風露がとくのは簡単だろう。
だが、おそらく時間がかかるに違いない。ひねくれてい
る性格であるがために、暗号を見当違いの方向に考えて
いくだろう。それに、ばあさんが風露に会う確率が低い
のだ。
物思いにふけりながら、ふと彼らが羨ましく思えた。
オトリには生前の記憶がない。彼らの苦悩している姿、
無邪気に微笑む顔…それらが全て新鮮で、オトリは幸福
感を味わうことができた。彼らに憧れを抱き、独立心が
芽生えるようになったのはそれからまもなくもことだっ
た…
* * *
しみ一つない白く長い髪を、オトリは切り落とした。
ばさり、と腰まであった髪が弧を描いて落ちていく。鏡
の前に立って、左手に手鏡を持ち、右手ではさみを持っ
て器用に襟足をそろえていく。生まれ変わった自分。少
しでもきれいにしようと、丁寧に慎重にはさみを動かし
た。切り終わって、そっと切り落とした髪の毛を持ち上
げた。目を細め、瞳の奥に隠れた炎が垣間見えた。が、
すぐに視線を落として表情が隠れてしまう。しばらくそ
うしていたが、軽く握り、手を放した。ぱらぱらと落ち
る白い髪が床につくまでに、オトリは扉を閉めて行って
しまった。吹き込む優しい風が、落ちていた髪を宙に浮
かべ、そして奈落のそこに突き落とした。
「失礼します」
そう言って、オトリは標的の後ろに立った。彼は隙だら
けだ。それだけオトリのことを信頼しているのだろう…
殺人鬼と一緒に暮らしているのだから。イスを回転させ、
彼はオトリと向き直る。オトリは直不動でそこにいた。
彼が手をこまねくと、オトリは一礼して彼の元に行く。
彼は満足そうに従順なオトリを見て笑った。オトリは彼
の数歩前で止まり、彼をじっと見つめた。モニターには
若い女性が映っている。
「この女を殺せ」
ぴくりと眉を動かすことなく、オトリはそれを受諾した
…ように見えた。何気ない仕草で、ポケットから手を出
した。ざっと彼の血の気がひく。
「俺はもう、お前の手駒ではない」
そう言って愛銃のトカレフを彼に向けた。彼はその様を
見て、冷や汗を流しながら、叫んだ。
「まっ…待ってくれ! なぜお前が俺を殺す必要がある
んだ?!」
間抜けな質問だ。彼はオトリの殺気を肌で感じ、がたが
た震えていた。オトリは臆することなく、ただ主人をま
っすぐ見つめた。
「自由を手に入れるため…」
それだけ言い、カチリッと銃に指をかけた。彼は内心に
恐怖を抱えながらも、精一杯の虚勢を張るために不敵に
微笑んで見せた。そして馬鹿にしたように、言ってのけ
た。
「お前は一生逃げられないさ…。死ぬことでさえ、呪縛
から解き放たれることもないんだ…」
挑発するかのように口元に笑みを浮かべながら、彼は絶
命した。
独りになったオトリは、真っ先に洗面所に行った。蛇
口をひねり、勢いよく流れ出た水に手をのばす。みるみ
るうちに水が手の中であふれ返り、オトリはしばしそれ
を目にとめていた。水底に映る、歪んだ己の姿を。沸々
と湧き上がる何かが、オトリの中を蝕んで行った。
――お前は一生逃げられないさ…
あの男の言葉が頭の中でガンガン響く。
――「死」ヌコトデサエ…トキハナタレルコトモ…
バシャッ
オトリは顔めがけて水をかけた。前髪がしっとり濡れ
て、水がたれてくる。無音の世界。オトリはすぐに、何
度も何度も顔を潤した。タオルに手をのばすと、鏡の中
の自分と目が合った。彼の顔にこびりついた滴は、水道
水なのか、はたまた涙なのか…その答えを知るまでもな
く、オトリは出て行った。
無法地帯
無秩序な世界
そうして何かが狂い始めた……
* * *
月日が流れた。オトリは一人も殺さない毎日が続いて
いた。平穏な生活に慣れることはできなかった。人を殺
したいと、疼き出すことがよくあるのだ。歩いていて、
人を見かけると「こいつは殺さなくていい」「こいつは早
く殺さなければ」と頭の中で瞬時に悟ってしまう。向こ
うは自分のことを見ると、逃げるような足取りでどこか
遠くへ行ってしまうので、話しかけようと思ってもでき
なかった。
食料保管庫の側で、オトリはふと足を止めた。目の前
にはスイカが忘れ去られたようにあった。それを目にし、
オトリは今まで忘れていた重大なことを思い出し、踵を
返して走り出した。
なぜ、俺はこの世界にいる? この世界は自殺した人
間の巣窟だぞ? なぜ俺は殺し道具を持っている? な
ぜ……。
その答えは、人面樹にあるにちがいない。オトリは息
を切らし、人面樹になる実を見つめた。どこかにあるは
ずだ、自分の顔をした実が。オトリは樹によじ登り、何
時間も探しつづけた。
しかし、どこにもないのである。くまなく探したが、
自分の顔に該当するものは、一つとしてなかった。
じゃあ、俺は一体何者なんだ…!?
この世界にやって来た時期も曖昧なら、自分の年齢さ
えも覚えていない。あるものとすれば、オトリという名
と、所有するトカレフだけだ。オトリはふらりと頭を抱
えて立ち上がり、屋敷へと重い足を引きずった。
モニター室の扉が閉まる。オトリは銃に弾を込め、自
分のこめかみにつきつけた。目を閉じて、深呼吸をする。
そうして、引き金をひいた。
……次に目を開ければ、地獄だと思っていたのに。
「無駄だ、オトリ」
背後から声がして、反射的にそちらに銃を向けた。そこ
には、以前会った時と変わらない風露が立ってこちらを
睨んでいた。
「あんたは死ねない」
そう言ってオトリの手から難なく銃を奪い取り、絶句し
ているオトリに向かって意地悪そうに笑った。
「あんたがくれた暗号は、解くのに半日かかったよ。最
初はアナグラムかと思って考えたが、そんな難しいこと
じゃない。実に簡単だ。キーボードの並び方の問題だ」
風露は銃をくるくる回しながら、至極のんびりした口調
で言う。
「ふは『F』、きは『O』、みは『R』、ゆは『E』、よは
『S』、ひは『T』…。全てつないでしまえば、『FOR
EST』。つまり入らずの森ってわけだ。そこから入り口
を探すには少々手間がかかったがな…」
そう言って、回転イスにどかりと座り、カチャカチャと
パソコンをいじった。オトリはその様子を見つめること
しかできなかった。エンターキーを押した風露は、振り
返ってオトリに言った。
「あんたを絶対暴くと誓った。これが答えだ」
モニターにオトリの顔と詳細が現れた。しかし…詳細と
呼ばれるものは、殺した雇い主の下についてからのこと
ばかりである。オトリはそれを読み終えると、風露に向
かって言った。
「俺は…何者なんだ?」
オトリののどは渇いて、掠れ声になっていた。風露はそ
の言葉を無視し、言った。
「俺は、昔から考えていたことがある。人間は、なぜこ
の世に生まれてきたのだろうと。俺はずっと知りたかっ
た。どんなに頭がよくても…聡明で『賢い』という二文
字しかつけられなくとも…生と死について結論を導くこ
とはできない。科学的に証明しろと言えば、味気なく、
何のロマンも語れない。哲学的に見れば想像のみで終わ
ってしまい、宗教的に考えればただの逃避にすぎない。
だから俺は…人間は死ぬために生まれてきたのだと分か
った」
「それがなんなんだ!」
オトリは頭がおかしくなりそうだった。風露の話は核心
をついているような気がしたが、今のオトリには、一番
辛い何かを宣告されているのと同じだった。
「俺は、俺は…今までずっと何も考えずに人を殺すこと
だけしかできなかった。だが、お前達を見ていると…」
「聞けっ!」
風露の一喝ではっと正気に戻った。
「あんたは死なない…。人としての原理を逸脱している
…なぜなら、あんたは死神だからだ」
オトリの表情が全て消えた。風露は息をついて続けた。
「人面樹に自分の顔が実らない…そしてこの世界の人間
の中で唯一凶器を持っている者…。この世界は、審判の
間なんだよ」
「あ…ああ…っ」
「自殺者が天国か地獄に行くか、あんたがそれを決めて
いたんだ」
「ああ…っ」
頭が割れるように痛い。そうだ…。地獄へ行かせる者は、
人面樹のもとに行って落ちてきた実を受け取り、目を閉
じさせて落とした。天国へ行かせる者は、何もしない。
オトリがその人を殺した後、その人の実は自然に消える
ようになっていた。
「殺すのには順番がある。昔のあんたの雇い主は、この
パソコンを通じて順番を聞かされてたんだろうな。あん
たが死神という自覚がなかったから」
「ああああっ!」
目から次から次へと涙があふれてくる。自分が何者かと
いう答えの代償に課されたのは、逃れられない現実だっ
た。オトリはその場に泣き崩れた。もう、自由を手に入
れることはないのだと知って。
足音を極力消して、獲物に近寄る。そうして一定の射
程距離に入った瞬間、引き金をひいた。俺の存在に気づ
いた奴は、驚いたように目を見張る。
「お前はっ…!」
最後まで言葉を紡ぐことなく、奴は死んだ。俺は死体の
横を素通りし、次の獲物を探した。俺の分身とも言える
『黒星』…トカレフを握っている。
「只今、Eエリアの十四番地で?の寺島司様がお亡く
なりになりました。繰り返します…」
悪夢はまだ、終わらない。
(END or …)