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黎明
津月凍夜
全く奇妙なことになってしまった。何故俺はこんな所 にいるのだろう。 そんなことを考えながら、俺、クレイ・レヴァールは 洞穴の外の雨を眺めていた。灰色の空と景色を切り裂く 激しい雨は、地面を容赦なく打ち付ける。 もう一人のあいつはどうなったのだろうか。この豪雨 に打たれて泣いているのかもしれない。 俺は横に置いてある剣に手を伸ばした。冷たい感触、 ずしりとした重量感。この、大陸から離れた無人島で、 俺を支えてくれる唯一の相棒だ。 この剣で俺は人を殺す。殺さなければならない。祖国 のために。 『戦争の代わりに、十五歳になった子供を戦わせる。勝 者の祖国が勝利を得たことになる。』 俺がこの無人島にいる、最大にして絶対の理由。大陸 に存在する、二つの大国の間で取り決められた条約だ。 双国が武力行使をすれば、周りの小国は大きな被害を受 けてしまうという理由で締結された。 確かに大きな戦争にはならないが、代表の子供の親族 にはどう感じられるのだろう。大きかろうが小さかろう があまり関係ないのではないのだろうか。まあ、俺には 家族なんてものはないから、今回の『戦争』は誰にとっ ても小さいものの筈だが。 いっそ、戦争なんて無くなってしまえば良いのだが、 人間は争いを繰り返す。 とにかくそういう訳で、俺は国の代表として選ばれ、 もう一国の代表者と戦うことになってしまった。 戦争のルールは単純。それぞれの代表者は十字架のペ ンダントを持ち、孤島で戦う。相手の十字架を奪い、一 週間後に迎えに来る船で帰れた方が勝者となる。相手を 殺すのも自由。 現在、戦争六日目。お互い十字架を奪えないまま膠着 状態が続いている。おまけに、三日前から降り出した雨 も所為で、動くに動けない。 正直、俺は戦争なんてどうでも良い。面倒臭いだけだ。 もう一人の代表者がどう思っているのかは知らないが、 俺はこの若さで人殺しにはなりたくないと思う。 しかし、十五歳の子供の手に国の運命を委ねることを 承諾した両国の首相には呆れたものだが。 俺は深くため息をついた。三日前から代わり映えしな い景色と雨音。 何も変化しない景色…。何も…。 「!」 ヒュン、という鋭利な音が宙を切り、俺の顔の真横に 一本の矢が突き刺さった。 来た。 薄い霧の中から、雨に濡れた少女が現れる。彼女こそ がもう一人の代表者、ヘルゼ・オストレイル。 ヘルゼは左手に弓矢を携えて、右手で湿った前髪を掻 き揚げた。 「……貴方を探してたら雨に降られちゃったわ。タオル か何か無い?」 あまり抑揚の無い声でヘルゼは言った。俺が首を縦に 振ると、彼女は無防備にも俺の隣に座り込み、弓矢を地 面に置いた。 「…無防備だな。そっちは弓矢、こっちは剣だぞ?こん なに近くにいて良いのか?」 「別にいいのよ。わたしは貴方を殺す気は無いし。」 髪から滴る雨の雫を絞り、ヘルゼは俺に笑いかけた。 つられて俺も笑う。 「俺もだ、ヘルゼ。」 俺は自分の鞄の中を探り、彼女にタオルを差し出した。 ヘルゼは素直にタオルを受け取り、頭から被る。 「ありがと。…雨、止まないわね。」 彼女は遠い目で洞穴の外の激しい雨を見つめる。どこ か寂しげな表情だった。 「…この雨は戦争みたいなものだよ。」 「戦争?」 俺の言葉に、ヘルゼは首を傾げる。ザァァ……という 雨の音が沈黙に響く。 「…激しくなったり、時々止んだり。でも絶対に無くな ることは無いんだ。そういうことだよ。」 苦笑しながら言うと、彼女はため息をついた。 「確かにね。ついでに、気分を憂鬱にさせるわ。」 「ヘルゼは今憂鬱か?」 「思いっきり。生きて故郷に帰るためには、貴方から十 字架を奪わなければならない。でもそれだと、奪われた 貴方はどうなるの?…後味悪すぎよ。」 しばらく沈黙が続いた。 俺も彼女の意見に賛成だ。俺は国の代表になりたかっ たからなった訳じゃない。話を聞く限り、ヘルゼもその ようだ。大体、やる気があったらお互い戦う相手と話し をしたりはしないだろう。 「でも…わたし達、明日は戦うのね。最終日だもの。」 膝を抱え込んでヘルゼは言った。心なしか沈んだ声だ。 洞穴の外に広がる曇り空のような悲しい声。 「戦って、奪い合って、勝って。そして故郷に帰る、か。 戦争以外に、俺のいる意味なんて無いけどな。」 「あら、偶然ね。わたしもよ。」 自嘲のような笑みを浮かべ、ヘルゼは頷いた。俺と彼 女はどこか似ている。自分の存在意義、戦争への考え方。 戦争以外に居場所が無いからかもしれない。 「…なぁ、ヘルゼ…」 雨が止み、千切れた雲の間から夕闇が顔を覗かせる。 「雨も止んだし、わたしは自分の洞穴に戻るわ。…そう そう、借りたタオル、どうすれば良い?」 「気にしなくて良いよ。俺からのプレゼントっていうこ とで。」 「そう。ありがたく頂いておくわね。それじゃ…」 ヘルゼは弓矢を片手に、俺に背を向けて歩き出した。 が、突然その足を止め、長い髪を揺らして振り返った。 「明日は晴れると良いわね、クレイ。」 「ああ。お互い、良い戦いを。」 「やれやれ、ヘルゼ・オストレイルの死体を片付けねば ならんのか。全く、面倒臭い。」 「なんだと!片付けることになるのはクレイ・レヴァー ルの死体だ!」 砂浜に寄せた船上で、二国の兵士達は激しく口論して いた。彼らは戦争の勝敗の確認と、勝者の迎え、そして 敗者の死体処理に来たのだ。 「何がヘルゼだ!女のくせに、クレイに敵う筈無いんだ よ!」 「何だと?」 二人の言い合いは延々と続いた。睨み合い、遂には砂 浜での殴り合いにまで発展してしまった。二人とも、目 の前の敵に気を取られていて、背後で砂を踏む音がした のに気がつかなかった。 「クレイの勝ちだ!」 「ヘルゼの勝ちだ!」 二人の兵士の後頭部を、クレイとヘルゼは同時に殴っ た。 「残念だけど…」 「どっちの勝ちでもないんだよ!」 俺とヘルゼは、迎えに来たそれぞれの国の兵士を、背 後から殴り倒した。二人はあっけなく気を失い、砂の上 に転がった。 「ヘルゼ、船の動かし方とか知ってるか?」 「ええ、軍学校で習ったわ。任せて。」 ヘルゼは船に乗り込むと、機関室へと入り込んだ。 「大丈夫、この船は一度動かしたことがあるわ。クレイ、 乗って。島を離れましょう。」 迎えに来た船を奪い、俺達は島を後にした。 「…あの二人、少し可哀そうね。」 「大丈夫だよ、死んだ訳じゃないし、戻らなかったら海 軍が探しに来るさ。」 船を運転するヘルゼは俺と顔を見合わせて笑った。し かし、彼女はすぐに顔を伏せてしまった。 「クレイ……わたしね、クローン人間なの。ただ、戦う ために、戦争の道具として生まれた…。」 ヘルゼはゆっくりと、言葉を噛み締めるように言った。 きっと、様々な覚悟をして明かしてくれたであろう秘密 なのだろう。彼女はそれだけ、俺を信頼してくれたのだ。 なら、俺も… 「ヘルゼ、俺もそうなんだ。だから、故郷へ帰っても仕 方が無い。最悪、クローン技術の証拠隠滅として殺され る。」 故郷へ帰ることも恐ろしい。人を殺す覚悟も無い。殺 される覚悟も無い。祖国のために戦う覚悟も無い。これ だけ揃ってしまえば…。 「国なんてもうどうでもいいって思うよ。」 「そうね。こんなにも青くて綺麗な空なんだもの。」 俺は甲板に出て、空を見上げた。昨日の雨が嘘のよう な見事な青空だ。 掌の二つの十字架を握り締めると、冷たい鉄の感触が 肌に伝わる。 この十字架は俺とヘルゼを戦争に縛る枷。なら…。 「これは…もういらない!」 俺は自分とヘルゼの十字架を海に放り投げた。 これでもう、枷は無い。 ここから自由が始まる。 |