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人形の帰る場所
鳳光天花
〜第二章〜 崩壊の音が聞こえる。目の前の洞窟が崩れていく音。 その中で、声を聞いた。子供の悲痛な叫び声。 私は反射的に立ち上がろうとした。しかし、その場所だけ 重力が増加しているかのような感覚に襲われ、再び地面に 崩れ落ちる。歩けないとわかったら、今度はありったけの 力で地面を這おうとする。辺りに広がる岩石の海を、掻き 分けて、乗り越えて。 落盤で塞がってしまった洞窟の入り口の前に倒れ伏し、も う動かない子供。ついさっきまでは、泣きながら両親の名 を叫んでいたというのに。 子供の負った大きな傷から流れる血が赤くて、紅くて、… 気が狂いそうになる。 私はなんとか理性を保とうとして、かすれた声でその子の 名を呟く。自分の弟の名を。 それから… …それから、私はどうしたのだろうか…? 気がつくと、トートの視界全体に柔らかな緑色が飛びこん できた。それが森の木々だと認知し、自分が夢から覚めた のだと知る。 嫌な記憶を振り払いたくて起きあがると、木の枝を重ねて 作られた焚き火が目に付いた。それは別に良い。しかし、 よく見るとその火で焼いているのは食べ物ではなく、少し 大きめの石だ。しかも焚き火の傍には薪がご丁寧に立てて 置かれている。予備の薪なんてその辺に転がしておけばい いのに、とトートは思った。 「あ、起きてたんだ。おはよー」 「……、あぁ…おはよう」 突然響いた、青い髪の少年…ウェインの声に、トートは 少々戸惑った。 今、トートはウェインと共に、朝露のような透明な木の実 …『朝露の実』を探すためアトラス国の北の森の中にいる。 しかし、森で迎える朝は、トートにとっては今日が初めて だ。 今までは、目が覚めたら外に出掛けるまでは自分の時間 が続くものだと思っていた。朝の挨拶する相手なんて居な いと思っていた。もう、孤独な静寂が破られることなど無い と、思っていた。 暫くぼんやりしていると、ウェインが焼いていた石を取り 出した。 「…滑稽だな」 トートが言った。今まで考えていたことを打ち消すように。 「え、何が?」 「…石を焼いている光景が」 「ああ、これね。見てればわかるよ」 ウェインは慣れた手つきで魚をさばき、焼いたばかりの石 の上に置いた。近くの川で魚をとってきたのだろうが、そ の料理法はかなり奇抜だ。 高温の石の上に置かれた魚がジュッと音を立てる。どうや ら、石がフライパンの役目を果たしているようだ。 先ほどの焚き火を見ると、傍に立てていた薪が放りこまれ て強火になっていた。 「薪は火に当てて乾かした方が燃えやすいんだよ」 言いつつウェインはその火でお湯を沸かし、それと平行し て、余った魚を干物にした。 「…お前、何者だ…?」 トートはそう言わずにはいられなかった。ウェインの行動 は随分と野外に慣れているように見受けられるからだ。こ んな場合、義務教育である程度の魔導学を学ぶアトラス国 民のトートなら、魔法に頼ってしまうだろう。 「うーん…自分でもよくわからないなぁ」 そういえば、ウェインは記憶喪失で、過去のことは何も覚 えていないのだと聞いたことがある。だったら、このような 野外生活の知識も忘れてしまうはずなのではないだろうか、 とトートは思案した。 「そういえば、トートが探してる『朝露の実』って、見付け たらどうなるの?」 「ああ…死者を甦らせることができるらしい」 「へぇ…すごい木の実だね」 むやみに聞くべきではなかったなと、ウェインは自分の無 神経さを悔やんだ。あくまでも、相手に悟られないように、 いつもの調子で。ここで気を使うのは、かえって失礼だと 思ったのだ。 「所詮御伽噺だと…笑われそうなものなんだがな」 自分でもわかっている。そのような、自然の摂理を捻じ曲 げてしまうような物など存在するはずがない。それでも、縋 らずにはいられなかった。 「それじゃ、今日はもう少し北の方を探そうよ」 野営の後片付けを終わらせると、二人は森の奥に入って いった。 その頃、北の国コーデリアの郊外。 朽葉色の髪の青年が、十字架の墓の前で静かに祈ってい た。その墓の前には、故人が好きだったのであろう、おに ぎりと漬物が置かれており、十字架にはあまりに不釣合い であった。 ふと背後に誰かの気配を感じて、青年は立ち上がると同 時に気配の方へと振り向く。その動きは、まるで長年軍隊 にでも所属していたかのように素早く、隙が無かった。 しかし、そうして青年が目にした光景は、ある意味彼の想 像の範疇を超越していた。 背後に居たのは、青年と同じくらいの年齢と思われる男だ。 彼は振り返った青年にも気付かず、墓を眺めて…正確に言 えば、墓の前のお供え物をじっと見つめて、涎をたらして いる。 「………」 暫く呆気にとられていた青年は、男が敵ではなさそうなこ とに安堵したのか、それとも単に呆れたのか、軽くため息 をついた。警戒を解き、笑顔を見せる。 「これからお昼ご飯なんですけど…よろしかったら、うちで 食べませんか?」 身なりから推測して、男は貧民街の者だろう。ただでさえ 近年は生活が苦しくなっているのだ、この男がお腹を空か せているのは当然だろう。 「え…いいのかっ?」 男は目を輝かせた。 「ええ、どうぞお入りください。あぁ、僕はリラといいます。 よろしく」 「あ、俺はファクト。ファクト・エクレウスだ。よろしくな」 リラと名乗った青年がすぐ傍にあるドアを開けた時初めて、 ファクトは身元も知らない自分を突然昼食に招待してくれ た青年の家の存在に気付いた。 自分の住処とはかけ離れた、大きな一軒家。それくらいに しか思わなかった。あまり世間に詳しくないファクトには、 それがこの国では有名な研究者、リベル・アルファルド博 士の研究所だということを知らなかったのだ。それどころか、 アルファルド博士が、人造人間―この世界では『人形』と 呼ばれている―の開発を完全な形にしたことで有名だとい うことすら、知らなかったのかもしれない。 そして夕方、アトラスの北の森では… 「ウェイン、質問があるのだが…」 「僕もちょうど今聞こうと思ってたんだけど…」 四方どころか頭上も木々で覆われて、日光もほとんど差さ ない深い森の中で、二人は目を見合わせた。そして同時に 口を開く。 「「ここは何処だ?」」 (続く) |