卒業記念


鳳光天花


  いま 流れつづけてゆく 時の中で

  変わらない光探してる

  ただ 遠すぎる空だけが澄みわたっている

  届かない場所で 輝いて

 

 

 今日は、卒業式だった。

 あまり実感は無いが、どうやら俺、輝寂は中学校を卒業し、九年間

の義務教育を終えたらしい。しかし、それで具体的に、何が変わるとい

うんだろうか。

「…卒業って、どんなことなんだろうな」

 さっきまで…卒業式の間には、卒業生がお別れの歌を歌う時にしか

言葉を発することなどなかった俺が、今、4月から通うことになった高校

の校庭では随分と饒舌になっている。その理由は既にわかっている。

「卒業…? そう言えば、考えたことなかったよ」

「人生におけるいくつかの区切りの内の一つか?」

 理由とはもちろん、こんなくだらない質問をしたって答えてくれる仲間

がここに居るからだ。まだ幼さの残る高校生の優悲と、長身で最年長

の凛離。俺はいつの間にやらこの年上の二人と親しくなっていた。全

ての発端はおそらく、二年近く前の葉桜の頃。

「うーん…、とりあえず、卒業の前と後とでは、環境が違うね」

「環境が変われば、おのずと自分も変わっていくものだ」

「僕、中学生の頃と何か変わったかな…?」

 まあ、深く考えさせるつもりではなかったんだが…、表情から察するに、

優悲は一生懸命記憶を掘り返しているようだ。あまり優悲に頭を使

わせるとショートしそうなので、話題を変えたほうが良さそうだな。

 それにしても、俺はこれから、何か変わるのだろうか? 変わるとしたら

何だろうな。変えるべきなのは何だろう。やっぱり、この投げやりで反抗

的な性格か?

 しかし、性格なんて誰にどう言われたって、すぐに変えることなんてでき

ないと思うんだがな。

 例えば、学校で習ったりどこかで聞いた歌の歌詞を、偽善だとか空

想だとか、俺はそんな風に思ってしまう。そして、そういったものの考え

方が性格に繋がってると思う。でも、考え方は個人の自由ではないか。

「卒業式って、なんで全員で同じ歌を歌うんだろうな?」

 また突拍子もない質問をしてしまった。でも、歌というのは心を込めて

歌うもので、本音を歌わなければ意味がないのではないか。だったら、

全員同じ歌が歌えるはずが無い。考え方は人によって違うのだから。

「違うのを一人ずつ歌ってたら日が暮れるからじゃない?」

「最後だから、同じ事をして何かを分かち合いたいんじゃないか?」

 最後、か。俺はその最後の時間さえ共有しようとしなかったな。

「卒業式の歌って、理想論が多い気がするんだ。もちろん、卒業のに

限ったことではないけど。現実って、そんなに綺麗事ばっかりじゃないだ

ろ?」

 現実は理不尽だ。勧善懲悪なんて通用するのはテレビの中だけで、

世間では善悪が曲解されていて、正直者が馬鹿を見ることが多々あ

って…

「そして俺は…、そこから逃げてたんだ」

 俺は周囲の現実から目をそむけていた。外の世界の渦に巻きこまれ

て傷ついたりしないように、自分の世界に閉じこもっていた。そのうち目

の前に突きつけられるであろう現実が、ひどく恐ろしいものに思えた。

「気がついたんだな、輝寂」

 見ると、凛離が微笑んでいる。しかし、何故だか微かに哀愁が混じ

っているようにも見えた。

「どうしたんだよ、凛離。何となくいつもと雰囲気違うぞ?」

 理由はわからないが、それが俺の思い過ごしであって欲しいと思った。

 凛離は黙った。いや、何かを言うべきかどうか逡巡している。

 静かな時の流れの中に、一枚の小さな花びらが舞う。この季節なら、

梅だろうか。桜にはまだ早いだろうな。そのうち花びらは地に落ち、それ

と同時に、まわりの空気が揺れた。

「つまり輝寂は、歌はきちんと、綺麗事ばかりではない現実を見据えて

作って欲しいんだね」

 …まあ、いつもの事なんだが…

 言語理解力の乏しい優悲は、人が少し難しいことを言うと、その意

味を理解するために全神経を総動員でもしているのだろうか、暫くの

間、優悲だけ時間が止まってしまう。だいたい五分ほどで理解して通

常モードに切り替わるのだが、その頃には既に周りが他の話題に移り

変わっていることが多い。そういう訳で今、暫く前に俺が言ったことにつ

いて突然言ってきたのだ。それにしても、タイミングの悪いことこの上ない。

「俺にもよくわからんが…、現実ってもっと辛いものだと思うんだよ。たと

え歌詞でも、美化して欲しくはないんだと思う」

 自分のことなのに、随分曖昧な言い方しかできない。自分のことって、

案外とよくわからないものだから。いや、寧ろ俺は、『自分』こそが一番

謎に包まれているんだと思う。

「うん、現実は時に理不尽で、辛いことばかりだって思うこともあるよ。で

も、だからこそ、普通の生活の中にある、小さな幸せに気づくことが出

来るんじゃないかな」

 あぁ、それは例えば、優悲と凛離が居てくれること。当たり前過ぎて

気付かなかった幸せ。

「そう思ってくれると嬉しいよ。でも、それは決して永遠じゃないんだ」

 突然優悲が、俺の思考を読んだかのような事を言う。しかしそれより

も、永遠じゃないと言ったことの方が気になった。

「どういう意味だよ…」

「お別れだよ、輝寂」

 優悲の言葉が最後の衝撃となって襲いかかってきた。同時に全て

を理解する。優悲と凛離が、俺が創ってしまった自分の世界の内側

の住人であることも。これから俺は、その小さな世界の殻を破って出て

いかなければならないこと、…そのために彼らと別れなければならないこと。

「僕達は、本来ここに存在するはずのない人間なんだよ」

 彼らの姿は、俺の孤独な心が生み出した幻影。彼らの心は、自分

の一部分。自分が内包している、もう一人の自分。そして、無限の可

能性。…だったら、彼らの還る場所はあまりに近い。近すぎて、見えな

くなってしまう。そんな彼らを今まで見ていて、俺は自分の事が少しわ

かったような気がした。

「そういうことで、今から小さな卒業式だね」

 おいおい、まさか一日のうちに二回も卒業式に出席することになると

は思っていなかったぞ。

「輝寂、君は学校なんかを卒業したんじゃない。今までの自分を卒業

したんだ。新しい世界を見付けるために。卒業というのは決してゴール

じゃない。寧ろ、ここがスタート地点なんだ」

 俺がまだ送辞の言葉も言ってないというのに、凛離はさっさと答辞を

始めている。

「この先も、沢山の出会いがあるでしょ。僕達以外にも、沢山友達見

付けなよ。あ、少なくても良いんだけどね。気を張る必要はないからさ」

 優悲もそれに続く。二人の姿は段々透明になっていく。いや、俺がこ

の夢から覚めようとしているんだ。

「安心しなよ。輝寂はからかい甲斐があるから、他の友人とも上手くや

っていけるさ」

 …凛離はやっぱり凛離だな。

 友達か…。こんな俺にでも、友達はできるのかな。まだ不安はあるけど、

今まで彼らと一緒に過ごしてきたのは良い経験になっているだろう。彼

らと出会う前の、何を喋ればいいのか全くわからずに静寂の中で過ご

していた以前よりは、今はきっと進歩している。

「君の本当の旅は、ここから始まるんだよ」

 顔を上げると、もう二人はもう見えなくなっていた。その先には何処ま

で続くのやらわからない、深い深い青空。そこから、微かな声だけが降

ってきた。

――卒業おめでとう、輝寂――

 

 …なんだよ、言いたいことばかり言った挙句にさっさと消えていくなんて。

俺の言葉も待たずにさ。

 …ありがとう、言えなかったな…

 今でも、聞こえるだろうか。まあ、聞こえてるとしても言わないけどな。で

も、その代わりに、…歌いたくなってきたな。よし、小さな卒業式の締め

くくりに、一曲歌ってやるよ。この誰もいない広い舞台で、それでも堂々

と、あの空のむこう側に…これから自分が立ち向かっていく何かに向か

って。

 

 

  いつか 旅立つ時が来る でもいつまでも

  忘れないでなんて言わないよ

  ただ 今までみんなが教えてくれた

  温かい心 忘れない

 

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