十七周年記念


鳳光天花


 


「一体いつの間にこんな物を作ったんだか…」

 内心の驚きを無視して、俺は呆れ顔で呟いてしまった。

 とりあえず状況を説明しておくと、ここは俺が通う高校の校庭だ。日

本では比較的寒い地方なので、二学期の終業式ともなればすぐに

雪が積もってしまう。故に、俺は雪原の上に立っている。

 しかし、いくら雪原と化していても、校庭は校庭だ。例えば、今俺の

目の前にそびえたっている大きなかまくらなど、あって然るべきではない。

「凛離(りんり)、早く入れば? お雑煮冷めちゃうよ〜」

 世間の常識を完全無視した雪の建物の中から、一年生の友人で

ある優悲(ゆうひ)の声がする。それにしてもお雑煮とは、少し気が早く

ないだろうか。

 …まあ良いか。校庭にかまくらが出現しようが、クリスマスイブにお雑

煮を食べていようが、そんな事でいちいち驚いていては身がもたない。

俺の思考回路は一年ほど前からこんな考え方をするようになってしま

っていた。全く、慣れというものは恐ろしい。しかし、俺はこの事を悲しい

と思ったことは一度も無い。

 かまくらの中には、キャンプ用らしき折りたたみの机と椅子があり、机

の上にお雑煮の入った茶碗がおいてある。これを見て、俺のかまくらに

対するイメージが、少なくとも半壊はした。

 さて、ここに優悲が居るって事は…

「遅いぞ、凛離」

 いつも通りに少し反抗的な目をした友人、輝寂(きせき)が居た。

「あれ、受験勉強はどうしたのかな、輝寂君?」

 ちょっとからかってみる。まあ、受験勉強をして欲しいのは本音でもあ

ったりするが。

「会って最初の一言がそれかよ。…明日からだ、受験勉強なんて」

「それで、明日も同じ事言うんだよね?」

 今度は優悲が突っ込む。

「…先輩達が寄ってたかっていじめるー」

 輝寂はいつもの表情のままそう言った。これでは全くいじめられてるよ

うには見えないと思う。まあ、こっちもいじめている訳ではないが。

「そういう台詞は俺達を一度でも先輩扱いしてから言おうね」

 輝寂は中学生だが、年上の俺達に敬語を使った事はほとんどない。

まあ、使って欲しいとも思わないが。

「折角俺がお雑煮作ってやったっていうのによ」

「ごめんなさい!」

 輝寂が言うやいなや、打てば響くように謝った。今お雑煮を没収さ

れては困る。

「凛離って食べ物に弱いよね」

 優悲にしては鋭いところを突いてくるな。

「まあそうだな。それに、今は寒いからお雑煮はありがたいよ」

「もう冷めてんだけどな」

 皮肉げに言う輝寂だが、がっかりしている様にも見えて、俺は自分の

失敗に気付いた。記憶を辿ってみれば、俺がこのかまくらに入ってきた

時、お雑煮は湯気を立てていた。そして、この高校にとっては部外者

である輝寂が、ここの調理室を借りられるわけがない。つまり輝寂は、

自分の家で作ったお雑煮を、冷めないように配慮しながらここまで持

ってきたのだろう。もっと早く食べれば良かったと後悔する。おそらく、表

情の乏しい俺の顔には、後悔の色なんて一片も現れてはいないだろう

けど。

「まだ暖かそうだって。じゃ、いただきます」

 輝寂にありがとうと言ってから、既に湯気も立たなくなったお雑煮を

食べ始める。

 向かい合って座っている優悲が、凛離は素直だねーと言いながら、

自分の分のお雑煮を食べ始める。

 輝寂は照れくさいのか、そっぽを向いている。

 そしてかまくらの中は静かになる。そういえば輝寂は、食事中には滅

多に喋らないようだ。俺と優悲は普段なら食事中でも喋るが、今は輝

寂の作ってくれたお雑煮を味わって食べたいので一言も喋らない。

 …それにしても、お雑煮を食べているとどうしても、今が正月のように

思えてしまう。去年の正月といえば、俺は自分が受験する時でさえや

った事のない合格祈願とやらのために、初詣に行ったな。他人の合

格祈願をする気になるなんてと、自分で吃驚したが。

 その対象者は一年前学校見学会にきていた当時の中学生で、

見学者への説明が終わってから少し話し込んだ、ただそれだけの間

柄だ。だが、彼は何故か印象に残っていた。別れ際に、いつか一緒に

お昼ご飯食べようね、と言われたからだろうか?

 その時口頭で聞いた名前を絵馬に書いた。こんな時だけ神様を信

じるなんて愚かだということは分かっていた。神様は、こんな俺の望みな

んて叶えてくれないだろう。でも俺には願う事しか出来なかった。

 所定の位置に掛けられた絵馬の中で、俺の絵馬はある意味目立

っていたかもしれない。漢字が分からなくて片仮名で書かれた「ユウヒ」

という名。

 

 

「凛離、何ぼーっとしてるの?」

 呼ばれてやっと気がついた。いくら見回しても真っ白な場所。目の前

にはキャンプで使うような折りたたみの机、そして、食べ終えたお雑煮。

先程まで、うっかり懐古にふけっていたようだ。

「ああ…今日ってさ、クリスマスイブなんだよな?」

「そうだろうな」

 映画でも見終わった後のような呆けた気分が抜けないまま喋ると、

何を今更、とでも言いたそうな輝寂の視線が飛びこんできた。

 クリスマスか。子供の頃、俺はサンタさんとやらに疑問を持った。両親

に、サンタさんは一年にひとつだけ、お願いした物を何でもくれるのだと、

夏の間には子供達にあげるためのおもちゃを買い込んでいるのだと教

えられていた。

 俺には納得がいかなかった。何故、サンタさんは形ある物しかくれな

いのかと。クリスマスの日に用意した靴下の中に入っているのは、お菓

子やおもちゃばかり。何故、形の無いもの…例えば優しさや友情、夢

などを与えてはくれないのかと。

「お前達は、サンタに願いを叶えてもらえるなら、何を願う?」

 二人に問うと、近くでお椀が落ちる音がした。輝寂が片付けていたも

のだろう。陶器ではなかったので割れてはいないようだ。輝寂はそれを

拾おうともせずに立っている。固まっている、と言った方が良いかもしれ

ない。優悲はというと、頭に疑問符を飛ばしている。頭の回転の速度

が遅い優悲は、この状態になると五分ほどかけて考える。何故俺がこ

のような事を言ったのかと。そして五分後、周りが他の話題に移り変わ

った頃になってようやく答える事が出来るのだ。それにしても、俺はそん

なに変な事を言ったのだろうか?

「…お前サンタなんか信じる年齢か?」

「例え話だって」

 他の人達がどんな事を願うのかに興味がわいた。おもちゃをねだるほ

ど子供ではなく、かと言って何にも縋らずに生きていけるほど大人でも

ない、そんな彼らの願いを。

「欲しいものってあまり思い付かないんだがな。強いて言うなら、場所だ。

居場所が欲しい」

 自分の居場所。そこに居て幸せだと思える所。帰ることのできる場

所。輝寂が生活のほとんどの時間を過ごす中学校に、彼の居場所

はあるのだろうか。

「まあ、叶えてもらうような事ではないよな。自分で勝ち取るものだろうか

ら」

 輝寂は、他人に頼ることのないいつもの輝寂らしく、不敵に笑ってい

た。

「凛離がそんなこと聞くなんて意外だね」

「凛離はしばらく何も言ってないだろうが!」

 ようやく考えが纏まった優悲が、五分ほど前の俺の質問に対する返

答をして、いつも通りに輝寂に突っ込まれている。

「まあいいや。僕は、お願いできるなら空を飛びたいって言うかもしれな

いな。で、そういう凛離は何をお願いするのさ?」

 そうきたか。俺は今も昔のままなのかも知れないな。ただ、俺の願いも

輝寂と同じで、自力で手に入れるものなんだろうけど。

「…さあな。決めてないからお前達の意見を聞いたんだって」

「ええっ、それじゃあ凛離だけ言わないの?」

「ああ、言わない」

「それじゃあしょうがないね。凛離の分のケーキは無しってことで…」

「すみませんでした!」

 再び食べ物の為に謝ってしまった。しかしケーキが出るなんて聞いて

なかったぞ。まあ、クリスマスなんだから出てもおかしくはないだろうが。

 優悲が机の上にケーキを置いた。ケーキはシンプルな形だが、チョコレ

ートの線で装飾されている。その線は多分文字であり、メリークリスマス

とでも書いているのだろう。俺は、明らかに素人がチョコペンとやらで書

いた雑なチョコレートの文字を読みかけて、初めて気付いた。

 クリスマスなんて、何処にも書いていないではないか。

「ハッピーバースデー…?」

「誕生日おめでとうって意味だ」

「今日は十七周年記念だね、凛離」

 ああ、そうか。今日は俺の十七歳の誕生日だったんだ。

 チョコレートの文字は雑ではあったが、ケーキからはみ出さんばかりの

勢いで書かれており、ケーキの中心には、漢字で「凛離」と書かれてい

る。画数が多くてテストで不利だとばかり言われるこの名前をチョコレー

トで書くのは、どれほど大変だっただろうか。

 サンタを信じているわけではないけど、それでも俺の願いは叶えられて

いる。夢も優しさも友情も、今ここにあるのだから。

 

 

「さて…帰ったらちゃんと勉強しようか」

「おお、やっとやる気になったんだね、受験生」

「頑張れ。来年は初詣に行って輝寂の合格祈願してあげるから」

「言っておくけど、俺は今までにもちゃんと勉強していたぞ」

「ほお、それは感心だな」

「…また今日みたいにこのメンツで昼飯食べるためにな」

 

 

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